チェコ・プラハ市内にある「レノン・ウォール(レノンの壁)」。上描きに上描きが繰り返されるので、描かれている絵?はその時々で違うらしい チェコ・プラハ市内にある「レノン・ウォール(レノンの壁)」。上描きに上描きが繰り返されるので、描かれている絵?はその時々で違うらしい

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第41話

新型コロナパンデミックが終わった後の感染症研究をどうするのか? 今回の海外ツアーの目的は、その課題を本気で一緒に考えてくれる仲間を探すためでもある。

※前編はこちらから

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■2023年6月、プラハ(続き)

イリと合流したわれわれは、一緒にカレル橋を渡り、プラハ城を望むカフェで、ピルスナーで乾杯をした。チェコは実はビールの消費量が世界一で、樽のような形のジョッキでビールをがぶがぶと飲む。

私は基本的になににつけても薀蓄がない(すぐ忘れる)ので、ちょっとネットで調べてみると、「ピルスナー」というビールは、日本でよく飲まれているタイプのビールのことらしい。そして「ピルスナー」の語源は、「ピルゼン(Plzen)」というチェコの町に由来するということである。

ピルスナー。どの店でもだいたいこんなジョッキで出てきた ピルスナー。どの店でもだいたいこんなジョッキで出てきた

その後、夕食までの間、プラハ市内を練り歩いていると、落書きだらけの、「レノン・ウォール(レノンの壁)」と呼ばれる壁があった。「レノン」とはもちろん、ビートルズのジョン・レノンのことであるが、ジョンはプラハを訪れたことがないらしい。それなのになぜそのように呼ばれているのかまではわからなかったが、とにかくここは、プラハ市民にとっての自由の象徴のような場所だということらしい。

そこでイリが解説してくれたところによると、これまでの歴史的な文脈から、チェコは嫌ロシアの姿勢がきわめて際立った国なのだという。そういう経緯から、親ウクライナというよりも嫌ロシアの延長から、ウクライナを支援する感情が強く、ウクライナから多数の難民を受け入れているとのことだった(たしかにプラハ市内には、至るところにウクライナの国旗が掲げられていた)。

ひとつ驚きだったのは、新型コロナパンデミック最初期のチェコの動静についてである。チェコ政府は当初、ほかの欧米諸国で実施されたように、「ロックダウン(都市封鎖)」によって国民の行動を制限することで、感染の収束に努めようとしたらしい。

しかし、そういうトップダウンでの統制は、過去の旧ソ連による統治時代を思い出させるものであるということで、大多数の国民はロックダウンを受け入れなかったのだという。

「自由と統制」にはそういう歴史的な文脈もあるのかと、目からウロコの思いがした。「頼んでも応じてくれない」背景には、「聞く耳を持たない」という自我だけではなくて、「歴史的な背景から、それを拒絶する」という文脈もあるのだ。

プラハ城のほとりで、イリのラボメンバーも交えて夕食をとる。初めての東ヨーロッパの料理。ドイツとつながりが強い国でもあるし、食に関しては正直あまり期待していなかったのだが、初めて食べるチェコ料理はどれもとてもおいしかった。やはり肉が多めだったが、重すぎることもなく、また淡白すぎることもなかった。そして、旬だというアスパラのソテーは特においしかった。

チェコのコース料理。どれもとてもおいしかった チェコのコース料理。どれもとてもおいしかった

翌日、イリが所属するカレル大学(Charles University)のBIOCEVという研究所に訪問し、われわれを中心とするミニシンポジウムに参加した。発表は好感触。これからも実りある共同研究を継続することを期して、BIOCEVを後にした。

ミニシンポジウムを終えて。左から宮崎大学のS、イリ、私、熊本大学のI ミニシンポジウムを終えて。左から宮崎大学のS、イリ、私、熊本大学のI

■旅路を終えて

ホテルに戻って、G2P-Japanの面々と3人で夕食をとりながら、今回のツアーの総括をしたりした。こうやって一緒に海外に突撃ツアーを組むことによって、海外の研究者たちとのつながりを深めることができる。しかし、これまで対面で話す機会がなかったのは、イリやギデオン、イギリス・ケンブリッジ大学のラヴィ(第15話第17話に登場)のような、海外の共同研究者たちだけではない。

コロナ禍ということもあり、また全国の大学に散らばっていることもあり、G2P-Japanの複数のメンバーが集まって、対面で語らう機会も実はこれまでにほとんどなかったのだ。こうやって旅路をともにすることで、その旅すがらにくだらない話をして笑い合うだけでも楽しいし、そんな些細なことの積み重ねが、G2P-Japanの結束を高める意味でも大切なのだな、と、ピルスナーを飲みながら思ったりもした。

最後に、帰りのプラハの空港でのこと。第21話でもちょっと紹介した、万国共通、どこでも安全安心の鉄板料理だと信じてやまなかった、私の旅の心の友でもあるベトナム料理のフォーであるが、これがなんと、チェコではまったく通用しなかったのである。コンソメのようなぬるいスープ、硬く冷たい牛肉片、ひやむぎのような細い小麦粉麺、添えられたバジル...。

プラハの空港で食べた「フォー・ボー」。こ、これがフォーだと...!? プラハの空港で食べた「フォー・ボー」。こ、これがフォーだと...!?

■未来のウイルス学のために

このような海外ツアーを実行した理由はすべて、「新型コロナパンデミックが終わった後の感染症研究をどうするか?」という、現在の世界の感染症学に通底する課題に一緒に取り組んでくれる仲間を探すことにある。

思い返せば、2002年のSARSウイルス、2012年のMERSウイルス、そして、2019年の新型コロナウイルスと、21世紀に入って以降、コロナウイルスによるアウトブレイク・パンデミックは、約10年の周期で発生している。単純に周期だけから考えると、次は2020年代後半から2030年代前半になる。

アウトブレイクのリスクは、コロナウイルスにかぎったものではなく、インフルエンザウイルスやほかのウイルス、さらには未知のウイルスなど、さまざまなウイルスがその潜在的リスクになっているのは明白である。つまり、「次のパンデミック」が起こるのは時間の問題ともいえる。

それまでの間、私たちウイルス学者はなにをすべきか? 今すぐにその最適解を見出すのは難しいが、それについては継続的に考えていく必要がある。そして、それについて考えるには、それを本気で一緒に考えてくれる仲間が要る。

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佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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