AIエンジニアの安野貴博氏 AIエンジニアの安野貴博氏

東京都知事選で主要4候補には及ばなかったものの、日に日に存在感を高めているAIエンジニアの安野貴博氏。彼の掲げる「デジタル民主主義」「政治のアップデート」とはなんなのか? とにかく、わかりやすく解説してもらった!

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■長髪にしている理由は物理的な問題のため?

東京都知事選で〝主要4候補〟に続く5位と大健闘。もしテレビや新聞などのマスメディアで主要候補として取り上げられていたら、もっと上位に食い込んでいたかもしれないといわれているのが、AIエンジニアの安野貴博氏だ。

――安野さんはAIエンジニアのほかにSF作家という肩書も持っていますよね。作家ってアナログ的なイメージがあって、両極端な気がするんですが?

安野 両極端に見えますが、自分としてはやっていることは同じで、どちらも「テクノロジーを使って未来がどうなるかを考える仕事」です。

AIエンジニアは、AIなどで新しい技術を作って「この技術があると将来、便利になりますよ」と伝える職業です。SF作家は「その新しい技術ができたことで生まれる問題をどう考えるか」「今はまだできていないけれど、将来的にできる技術についてどう考えるか」を提案する職業です。

――じゃあ、安野さんの中では同じ仕事なんですね。ちなみに、都知事選のときの応援演説で奥さんが「安野貴博から他人の悪口を聞いたことがない」と言っていましたし、都知事選でも人の批判をしませんでしたが、それは安野さんのポリシーなんですか?

安野 私は人の悪いところにはあまり興味がなくて、技術や仕組みのほうに興味があるからなのかもしれません(笑)。

都知事選の話でいえば、候補者の方々が、あまりにも相手の揚げ足を取ることに終始していることに違和感があったんです。そうじゃなくて、しっかりと政策の中身を議論したほうが都民のためになると思ったんです。

それに、その政策の議論の中でも、相手の言うことが正しかったら「ああ、そうですね」って直したほうがいいじゃないですか。そういう建設的な議論をしたいと思ったからです。

――普段の生活でも、あまり人の悪口は言わないんですか?

安野 そうですね。私はスタートアップ(起業)をやってきたんですけど、スタートアップって常に人手が足りないんです。少ない人数で大きなことをやらなければいけない状況がずっと続いていく中で、人の悪口を言ったり、揚げ足を取っていたら、組織ごと潰れちゃいます。

だから議論をするにしても、その人に対する批判ではなく、内容に関しての問題点を明確にする。そういう生活が長かったので、そうなったのかもしれません。

――ちなみに、なんでポニーテールなんですか?

安野 やっぱり、人生で一度は長髪にしなきゃいけないと思っていまして、そうすると次に「じゃあ、いつやるのか?」という問題になります。20代だとリスクを取りすぎているし、40代以降になると頭髪の物理的な問題(薄毛)が出てくる可能性があります。そうすると、30代しかないので、30代で長髪にしました。

――でも、なんで長髪にしなきゃいけないと思ったんですか?

安野 私、丸刈りにしたこともあるんですけど、いろいろな髪型を経験しておくことは、人生においてプラスだと思っているからです。

――じゃあ、30代の間はずっと長髪に?

安野 10年間ずっと長髪にはしないと思います。とりあえず、ヘアドネーション(病気などで頭髪に悩みを抱えた子供たちが使う医療用ウィッグを作るために髪の毛を提供すること)ができる長さ(31㎝以上)まで伸ばそうと思っていて、そろそろその長さになるので、あともう少しだけ伸ばしてみようかなと思っています。

――40代になったらどんな髪型にするんですか?

安野 どうしましょう(笑)。

■「AIあんの」は、都の職員になれる?

――ところで、なんで都知事選に出ようと思ったんですか?

安野 今年の4月に衆議院議員東京15区補欠選挙があったじゃないですか。その頃に妻と散歩をしていて、私がいつものように「公職選挙法の仕組みには問題がある」とか、「今の国政はテクノロジーを過小評価している」とか、いろいろ話をしていたんですよ。

それを聞いていた妻が「そんなに言うなら、自分が選挙に出たらいいじゃない」と言ったんです。で、最初は「何言ってんだ」みたいな感じだったんですけど、ひと晩寝て冷静に考えたら「いいアイデアだな」と思い直したんです。

――どのへんがいいアイデアだと思ったんですか?

安野 2024年のこの時期にある技術を使えば、今まで候補者が有権者に一方的に「私はこう考える」と伝えるだけだったものが、逆に「みんなが何を言っているのかを聞く」選挙に変えられると思ったからです。それって、今までやっていなかったし、私は将来の政治はそっちの方向に行くべきだと考えているからです。

難しい言葉を使わずに、わかりやすく「デジタル民主主義」や「ブロードリスニング型の選挙」について教えてくれる安野氏 難しい言葉を使わずに、わかりやすく「デジタル民主主義」や「ブロードリスニング型の選挙」について教えてくれる安野氏

――今までの選挙は、有権者の声をあまり聞いていなかった?

安野 そうです。われわれは「ブロードキャスト型選挙」と呼んでいるんですが、ラジオやテレビが生まれて以降、一方向的な選挙がずっと行なわれてきました。

インターネットが出てきて変わるかなと思ったんですが、誰もがなんでも言えるようにはなったけれども、その大量の情報をうまく処理できなかったので、あんまり変わりませんでした。

でも現在は、AIが人間の言葉をある程度理解して処理できるようになったので、ブロードキャストの逆の「ブロードリスニング型の選挙」ができると思ったんです。一方向から双方向に変わる。選挙期間中にみんなで「東京の未来はどうすれば良くなるか」という議論ができるのではないかと思ったんです。

――そのために何をしたんですか?

安野 大きく3つの仕組みを作りました。「みんなの意見を聞く仕組み」「聞いた意見を磨く仕組み」「磨いた意見を伝える仕組み」です。

聞く仕組みは「X」や「ユーチューブ」「ヤフーニュース」などネット上にあるさまざまなコメントや投稿をAIに読み込ませて、どういう意見がどれくらいあるのかを可視化する仕組みです。

磨く仕組みは、可視化した意見から、例えば、「私のマニフェストのこの部分はこうしたほうがいい」と議論して提案できる場を作りました。ただ、議論の場を作るだけだと荒れることがあるので、誹謗中傷やヘイトスピーチが書き込まれるとAIがその投稿を拒否します。

また、同じ議論が何度も繰り返されることがあるので「その話はこっちのスレッドでやってるよ」などとAIが教えてくれる仕組みを作りました。

――AIが管理人みたいなことをやっているわけですね。

安野 そうですね。この仕組みを作ることで、かなり建設的な議論空間ができました。実際に私のマニフェストも選挙期間中に80回くらいは更新したんです。

――へー。

安野 今の政治家の方は、一度マニフェストを出すと、それが完璧なものであるという前提で話さなくてはいけないゲームをしていると思うんです。

そうすると異論が来たときに「これは間違っていない。私は正しい」と主張しなければいけなくなる。でも、マニフェストを途中で改善できるならば、「どこが悪かったか」を聞いて良いものにできるわけです。

〝民主主義〟ということを考えると、人の意見を聞きながら、自分の意見に磨きをかけるほうが望ましいと思います。

――でも、それだと安野さんが思っていたのと違う方向に行くこともありますよね?

安野 変更提案を受け入れるべきかどうかという最終的な意思決定は私が行なっているので、私が意図しない方向に行くことはないです。

――なるほど。

安野 そして、マニフェストをアップデートしていると、それを伝えるのも難しくなります。ですから「磨いた意見を伝える仕組み」も必要になります。そのために「AIあんの」を作りました。

AIあんのが更新されたマニフェストをどんどん取り込んでいって、皆さんの聞きたいことについて最新の状態で答えられるようにしています。

また「AIあんのにこんな質問が多かったよ」などというデータも取ってあるので、もう一度「みんなの意見を聞く仕組み」に戻ることになります。

――ぐるぐる回っているわけですね。

安野 そうなんです。「聞く・磨く・伝える」のサイクルをぐるぐる回し続けることが「みんなで議論すること」だと私は思っていますので。

パソコンのデータを示しながら「AIあんの」の仕組みについて説明する安野氏。かなり複雑な内容だった パソコンのデータを示しながら「AIあんの」の仕組みについて説明する安野氏。かなり複雑な内容だった

――AIあんのって、やっぱりAIを普及させるために作ったんですか?

安野 いえいえ。AIを普及させたいというより、それによって何がしたいのかのほうが重要だと思っています。

都知事選の場合でいうと「選挙において候補者がどんなことを考えているのか」を聞ける場所を用意することは大切で、AIあんのは選挙期間中に約8600の回答をしているんです。これと同じだけのコミュニケーションを人間がやろうとしたら、それだけで17日間の選挙期間は終わってしまいます。

でも、それがほかの活動と同時並行でできるというのは、技術によって私のコミュニケーションが拡張したということです。実際に「AIあんのと話せたから、安野さんに票を入れました」という声もありました。

――じゃあ、AIあんのがいることで、安野さんひとりで活動するよりも、コミュニケーションが2倍、3倍になったということですね。

安野 時間的にはそうですね。それに彼は疲れないということも大きいです。

あと、AIあんのは選挙のマーケティングとして使うという側面だけでなく、実際に「あるべき行政のプロトタイプ(試作モデル)」だと思っているんです。

「こういう助成金はあるのか?」「この行政サービスについて知りたい」とか、常日頃から東京都知事や東京都に聞きたいことってあるじゃないですか。そういうことを都がAIあんのみたいな形で提供することは意味があると思うんです。

――それって、例えば都庁に電話すると、いろいろたらい回しにされて、「もういいや」みたいになっちゃうのをなくすということですか?

安野 そういうことを減らすことができると思います。もちろん人間じゃないと答えられないこともあると思いますが、全部がそうではないと思いますし、午後5時以降に知りたいなと思ったら、24時間質問ができる窓口を用意しておくのは都民のためになると思います。

――AIあんのが都の職員になるということですね。

安野 そういうイメージです。

■日本は世界の中でもAIが普及しやすい国

――安野さんは、都知事選で使ったこうした技術を、オープンにして無料で提供すると言っていますよね。

安野 はい。私は選挙期間中ずっと「テクノロジーによって政治をアップデートしたい」ということを言ってきたつもりです。そういう意味では、私が作ったものをオープンにしていくというのは、まさにデジタル民主主義を実現するための一番効果的な一歩だと思っているんです。

「テクノロジーを使えば、こういうことができます。皆さんぜひ使ってください!」と言って、実際に使う人がたくさんいたら、私は今回の選挙で負けたとはいえ、実際に世の中は変わっていくと思っていますから。

――今後はどうするんですか? また選挙に出るんですか?

安野 「新しい政治システムを作る」という意味で、なんらかの政治活動には関わりたいと思っています。

それにはたくさんの選択肢があって、選挙に出るのか、出ないのか。出るなら国政なのか、都政なのか、区政なのか。出ないのであれば、自治体を外からサポートするのか、中からサポートするのか。これはいろんな人の意見を聞きながら考えようと思っています。今は本当にわかんないです。言えないとかじゃなくて(笑)。

――最後に10年後の日本ってどうなっていると思いますか?

安野 それは日本がAI社会に対して、いち早く適応できるかどうかによって違うと思います。よく「AIに仕事が奪われる」と心配している人がいますが、日本全体で考えると労働人口が足りなくなる懸念のほうが大きいんです。

すると、今のレベルのサービスを企業がそのまま維持することが無理になってきます。これはAIに関係なく、ほぼ確定した未来です。

では、その不足した労働力をどうするかというと「移民を受け入れる」か「AIを活用する」かの2択くらいしかないんです。だから、いち早くAIに対応したほうがいい。

実は日本は欧米に比べてAIに対して前向きな人がすごく多いんです。技術ではアメリカや中国に負けていますが、AIを使いこなす社会をつくるという意味では、先行できる可能性があります。

今回「都知事選でAIをフル活用する」とアメリカにいるグーグルのエンジニアの友人に言ったら、最初ジョークだと思われました。アメリカでは「そんなことが社会的に許されるはずないだろう」というくらいの雰囲気なんです。

――それはなぜなんですか?

安野 AIと聞くと日本人はドラえもんを想像するけれども欧米人はターミネーターを思い出すということ。それから宗教的な問題もあると思います。キリスト教は人間中心主義の価値観があるので葛藤が起きてしまう。やはり、仏教的な共生思想のほうが抵抗感がないんだと思います。

――だから、日本のほうがAIが普及しやすい?

安野 そうだと思います。もし、AIが普及しないで変化がないままだと、予想されたように人口が減り、サービスのレベルや治安が悪くなって、経済が落ち込み、日本は財政的に破綻するでしょう。

そうならないために、私はまず、今回の都知事選で「未来の選挙の当たり前」を提案したかったんです。

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安野貴博氏が都知事選で示した価値観や問題点は、今後、どう評価されていくのだろうか......。

●安野貴博(あんの・たかひろ) 
1990年生まれ、東京都出身。AIエンジニア、SF作家、起業家。東京大学工学部卒業後、ボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業。デジタル庁デジタル法制ワーキンググループ構成員。2021年に『サーキット・スイッチャー』(ハヤカワ文庫)で「第9回ハヤカワSFコンテスト」優秀賞を受賞し、小説家デビュー。7月18日に最新作『松岡まどか、起業します―AIスタートアップ戦記』(早川書房)が発売された。