空港からホテルに向かうUberの車窓から見つけた、中東っぽい建築物 空港からホテルに向かうUberの車窓から見つけた、中東っぽい建築物

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第71話

サウジアラビアへの出張を一週間後に控える中、持病ともいえる副鼻腔炎を発症してしまった。出張を無事遂行するには、とにかく副鼻腔炎を悪化させることなく、目的地に到着することにある。

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■副鼻腔炎を発症

2023年11月。新型コロナの第9波(これはほとんど報道されなかったので、知らなかった人の方が多そうだけど)がようやく落ち着いてきたと思ったら、間髪入れずにインフルエンザウイルスやRSウイルス、アデノウイルス(プール熱)などの流行が急拡大。学級閉鎖、学校閉鎖が頻発する事態となった。

そしてその煽りを受ける形で、チェコから来日したイリ(70話)が帰国する間際に、私もこれらのうちのどれかに感染。そしてそれをこじらせ、しまいには副鼻腔炎を発症してしまった。ここのところいろいろと忙しくしていたので、無理がたたったのだろうか。それとも急に寒くなって、乾燥したからだろうか。

実は副鼻腔炎は、ここ10年くらいの私の持病みたいなもので、コロナ禍前には年に数回は発症していた。鼻のちょっとした違和感が鼻詰まりになり、炎症をおこして副鼻腔炎になり、咳が出る。その期間は1~2週間。鼻に違和感があっても頑なにやめなかった喫煙が毎度の発症の一因であったことは否めないが、それにしてもよく発症していた。それがなぜか、コロナ禍の間はピタッと止まっていた。しかしそれが、タバコは2022年にやめたにもかかわらず、ここにきて再び、である。

しかも間の悪いことに、このときの私は、1週間後にサウジアラビアへの出張を控えていた。「副鼻腔炎で飛行機に乗るとえらいことになる」と聞いたことがある。離着陸の気圧変化でものすごい頭痛がするらしい。あるいは、副鼻腔の炎症の元になっている細菌が、やはり気圧変化のせいで耳に入り、中耳炎になってしまうリスクもあるらしい。恐ろしくなった私は、勤務先にほど近い耳鼻咽喉科に通院し、事情を説明して、しこたま薬をもらった。

一度に飲まなければならない薬の量 一度に飲まなければならない薬の量

ちなみに私は、これまでの習慣で、出張には「青いアライアンス」系列の航空会社を利用することが多い。しかし、今回の目的地は中東。「青いアライアンス」だとヨーロッパ経由で無駄に遠回りになってしまうので、「青いアライアンス」系列ではないカタール航空で向かうことにした。

機内サービスが世界一との呼び声の高いカタール航空。しかし以前、副鼻腔炎をおして飲酒をしたら、鼻腔の血管が拡張して鼻詰まりが悪化し、鼻呼吸ができなくなり、症状がめちゃくちゃに悪化したことがある。通院したお医者さんにも、「飲酒はNG。ついでに、辛い食べ物のような刺激の強いものもNG」と通告されていた。

今回の出張を無事遂行するにあたってまずなによりも大事なのは、とにかく副鼻腔炎を悪化させることなく、無事に目的地に到着することにある。そういうわけで、スパイシーフードはさておき、機内でのアルコールは自粛することにした。せっかくの世界一のサービスを誇る航空会社のフライトにもかかわらず、なんともパッとしない幕開けである。

■中東の国・サウジアラビア王国へ

今回の目的地は、サウジアラビアのリヤドという都市。同国の首都で、アラビア半島のど真ん中に位置している。サウジアラビアといえば砂漠のイメージがある。乾燥していて、砂吹雪が吹き荒れる街であることは想像に難くない。飛行機をうまく乗り切って無事に辿り着けたとしても、副鼻腔炎の症状改善が見込めそうな気配はない。

羽田から中継地のカタール・ドーハまで12時間。お医者さんにもらった点鼻薬などを駆使し、無事離陸に成功。副鼻腔炎という制約がある以上、機内でできることもかぎられている。前月のエクアドル出張で野口英世のエピソードに触れていたこともあり(59話)、野口の史実をつまびらかに描いた『遠き落日』(渡辺淳一・著)を旅のお供に選んでいた。カモミールティーを飲みながらそれを読み、薬を飲み、眠くなったらひたすら寝た。

ドーハのハマド国際空港では、なんと8時間強の乗り継ぎ待ち。めぼしい仕事はこの出張前にあらかた片付けていたので、幸いにして私のTo Doリストにはほとんどなにも記載がなかった。日本からのメールを処理しようとも思ったが、この日はちょうど日曜で、メールもほとんど届いていない。仕方がないので、やはりバカのひとつ覚えのようにがぶがぶとハーブティーを飲みながら、読書をしたり、コラムを書いたりして比較的ゆったりと過ごした。

ドーハからサウジアラビアのリヤドまでのフライトは1時間半ほど。たったそれだけの距離のために8時間も待たされたのはなんとも不条理な気もするが、ともあれ無事、リヤドのキング・ハーリド国際空港に到着。幸いにして、副鼻腔炎の症状も大きく悪化することはなかった。

サウジアラビアは、2019年にようやく観光ビザが解禁になった国ということで、観光やグルメについての情報がほとんどない。ネットやYouTubeで調べても、よくわからない。「中東料理」と聞くとなんとなくのイメージは湧くが、「サウジアラビア料理」まで絞って検索すると、数えるほどの情報しか出てこない。

ちなみに、食が合わなくて困るリスクのありそうな国に行く場合には、非常食でカップラーメンを持参することがある。念のため、と思ってカップラーメンをいくつか買い揃えていたのだが、出発の前日。サウジアラビアの日本大使館のウェブサイトに掲載された訪問ガイドを見てみると、「豚肉はもちろん、『豚の成分』が含まれるものも持ち込みNG」とのこと。そして買ったカップラーメンを見てみると、そのすべてに豚肉エキスが入っていた......。

この豚のエピソード然り、サウジアラビアは、イスラム教の戒律にきわめて厳しい国ということである。サウジアラビアの日本大使館のウェブサイトを見ても、おどろおどろしい文言が並ぶ。たとえば、現地女性を撮影するのはNG。意図せずに映り込んでしまうのもNG。仮に本人がOKでも、後日家族がNGと言えばNG。また、王宮・政府関連の建物の撮影もNG。しかし、どれがNGの建物なのかは必ずしも明示されていない、とのこと。

観光OKになったとはいえ、サウジアラビア関係の観光情報やYouTubeが少ないのは、おそらくこの辺が理由なのだろう。そしてもしこれらを破った場合には、「身柄を拘束される恐れがあります」。さらには、「窃盗は手首切断、殺人は斬首刑」とものものしい説明文が続く......。

それよりなにより、イスラム教の戒律上、サウジアラビアでは一切の飲酒ができないとのこと(もちろん持ち込みもNG)。普段は毎日晩酌する私にとって、これはなかなかに苦しい......。

――と思っていたのだが、今回は副鼻腔炎を患っての訪問である。これはある意味、事前に禁酒の備えができた、とポジティブに捉えることができるのかもしれない、と思ったりもした。

※中編はこちらから

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佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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