デーツ(なつめやし)とアラビックコーヒー デーツ(なつめやし)とアラビックコーヒー

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第72話

今回の出張でいちばん驚いたのは、会議の合間に提供されるランチも、ホテルの朝食も、中東料理しかないことだった。これだけ中東料理ばかりが続くと、たまには違うテイストの食べ物がほしくなる。そこに手を差し伸べてくれたのが......。

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■WHOの会議に参加

さて、今回のサウジアラビア・リヤド出張であるが、目的をまだ述べていなかった。今回の目的は、世界保健機関(WHO)が主催する、「中東呼吸器症候群(MERS)」に関する会議に参加することである。この連載コラムでも紹介したことがあるが、MERSとは、MERSコロナウイルスの感染によって引き起こされる感染症である。そしてこのMERSコロナウイルスは、新型コロナウイルスの遠い親戚みたいなものである。

この年(2023年)の9月に韓国を訪問した際(50話)、MERSの研究をしている、ソウル国立大学のチョ・ナムヒョク(Cho Nam-Hyuk、ナム)教授と仲良くなった。そのときのやりとりの中で、11月にサウジアラビアで、MERSに関するWHOの会議が開催されることを知った。ナムは「誘われてるけど、行かない」と言っていたが、私がこれから新型コロナ以外の感染症にも目を向けていくことを考えたとき、このようなチャンスは、私にとってとても魅力的に思えた。MERSについてきちんと勉強する、またとない機会である。

これはおそらくクローズドな(一般参加はできない)会議だったのだと思うが、奇しくもWHOとは、新型コロナに関するG2P-Japanの研究成果をオンラインで何度か報告・発表していたつながりがあった。それをダシに、私も参加させてもらえないだろうか、と打診してみたのだ。しばらくはなしのつぶてだったので半ば諦めていたところ、急に招待メールが届き、慌ててビザを取得し、旅程を組んだ。

観光ビザを取得したからなのか、WHOの会議に参加するからなのか、サウジアラビア大使館から来沙(サウジアラビアは漢字で「沙」と記すらしい)を歓迎するファックス(!)まで届いた。

■会議初日の出来事

さて、到着翌日の会議初日。さすがWHOが選抜した面々だけが集まる会なこともあり、期待通り、そうそうたる面々が揃っていた。この年の3月のドイツウイルス学会(22話)で知り合った、ドイツの新型コロナ対応を牽引したクリスティアン・ドロステン(Cristian Drosten)教授や、WHOのメディア対応でよく目にするマリア・ヴァンケルコフ(Maria Van Kerkhove)女史などなど。この年の6月にオランダ・ロッテルダムで会ったバート・ハーグマンス(Bart Haagmans)教授(40話)も参加していた。

――そして会場を見回すと、なんと、「行かない」と言っていたはずのナムもちゃんといるではないか。ひさしぶり、と声をかけるやいなや、

「この国は酒が飲めないんだろう? 昨日売店を見てみたけど、ビールも売っていなかった。かなしい(Sad)」、とナム。

コーヒーブレイクや食事の際には、いろいろな人と話をした。コロナウイルスつながりということもあり、新型コロナ研究に精通している人もちらほらいて、G2P-Japanの認知度はここでも健在であった。

それにこの会議には、欧米のトップレベルの研究者だけではなく、中東やアフリカの研究者たちも参加していた。この集会は、最先端の研究の情報だけではなく、公衆衛生や疫学、各国での動態や活動の情報を共有する場でもあるのだ。そしてWHOスタッフの言葉を借りれば、そのようなコネクションを「触媒する」ことが、WHOの重要な役割のひとつなのだという。

コーヒーブレイクでは、デーツ(なつめやし)とアラビックコーヒーに挑戦。「トーブ」と呼ばれる真っ白なイスラム教の男性の正装をまとったスタッフが、皿にびっしりと敷き詰められたデーツの横で、アラビックコーヒーの入ったポットを手に常時スタンバイしていた。

そして肝心のアラビックコーヒーであるが、いろいろなウェブサイトを見てもとにかく「独特」としか書いていなかったが、たしかに私の語彙では「独特」としか形容できない味だった。通常のコーヒーとはまったく違う飲み物である。ただたしかに、セットで出されるデーツとは妙によく合う。「カルダモン」というスパイスが強く効いているらしい。

■おどろくべき食事情、そして......

私の経験上、こういう類の会議のビュッフェは、欧米の国々でなくとも、西洋スタイルにおもねることがほとんどである(オムレツとかクロワッサンとかホットケーキとかウインナーとか)。日本でも韓国でもフィリピンでもタイでも、大抵がそうである。

この出張でいちばん驚いたのは、ここにはそのような姿勢がすがすがしいくらいに微塵もないことであった。つまり、会議の合間に提供されるランチも、ホテルで提供される朝食も、中東料理しかないのである。

たとえば、日本でマリオットやヒルトンのような欧米のチェーンホテルに泊まったことを想像してみてほしい。これはたとえるなら、そこの朝食ビュッフェに和食しかない、というような状況である(ちなみに、このとき私が宿泊したホテルはハイアット系列のホテルだったが、そこの朝食ビュッフェも100%中東料理だった)。2019年まで観光客を受け入れていなかったということだから、「欧米文化の流入を頑なに拒んでいる」というよりも、それがまだ流入していないだけなのかもしれない。

見慣れない中東料理ばかりだったが、新しい料理にチャレンジするのは比較的好きなタチであるので、それはそれでいろいろとチャレンジしてみた。知ったところだと、フムスやファラフェル。今回の滞在でいちばんのお気に入りになったのは、「タブーリ」というサラダである。パセリやミント、玉ねぎやトマトをみじん切りにしてオリーブオイルで和えただけものだが、これがさっぱりとしておいしかった。

「タブーリ」というサラダ。さっぱりしていて食べやすく、やみつきになった 「タブーリ」というサラダ。さっぱりしていて食べやすく、やみつきになった

ある朝の朝食。フムス、タブーリ、ラム肉(これらをピタパンに挟んで、ケバブサンドのようにして食べた)、ファラフェルに、スイカ、メロン(たぶん)。レモンミントジュース(これは大人気のようで、どこに行っても出てきた)。白いのは、生クリームとババロアと練乳を混ぜたような味のデザート。とにかく甘い ある朝の朝食。フムス、タブーリ、ラム肉(これらをピタパンに挟んで、ケバブサンドのようにして食べた)、ファラフェルに、スイカ、メロン(たぶん)。レモンミントジュース(これは大人気のようで、どこに行っても出てきた)。白いのは、生クリームとババロアと練乳を混ぜたような味のデザート。とにかく甘い

見た感じ、そして食べてみた感じ、中東料理というのは、①めっちゃクセが強いメインディッシュ(ラム肉みたいな)、②ミントが効いためっちゃさっぱり味(タブーリみたいな)、③とにかくひたすら甘いデザート、という極端な3つの味で構成されているように感じた。

ビュッフェ形式だった昼食でもいろいろ試したが、「カブサ」と呼ばれる炊き込みご飯がおいしくて、こればかり食べるようになった。インドの「ビリヤニ」のようなものだが、具材がラム肉だったり、シーフードだったり、いろいろ楽しむことができた(でも、ベースの味付けは同じ)。

お昼によく食べたカブサ お昼によく食べたカブサ

しかしこれだけ中東料理ばかりが続くと、さすがにたまにはちょっと違うテイストの食べ物がほしくなる。初日の夕食のときのこと。ナムと一緒に食事をしながらそんな話をしていると、私がカップラーメンをサウジアラビアに持ち込めなかった話になった(前編参照)。

それを聞いて驚いたナムは、憐憫の眼差しで私にこう言った。

「そうか、そんなことが...... じゃあ、俺が持ってきた韓国のカップラーメン、ひとつやろうか?」

――そしてその翌日。心優しいナムは、辛ラーメンとキムチを私に譲ってくれたのであった。

ナムがくれた、辛ラーメンとキムチ。しかし結局、副鼻腔炎を患っている私が、これらを食べることはなかった...... ナムがくれた、辛ラーメンとキムチ。しかし結局、副鼻腔炎を患っている私が、これらを食べることはなかった......

※後編はこちらから

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佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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