アブダビに向かう機内で提供された、ラクダのラベルのヘイジーIPA。おいしい。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第102話
「新型コロナウイルス学者」の旅は続く。ウィーンをあとにして、中東アブダビへ向かう。その目的はラクダの検体を入手することなのだが......。
* * *
■欧州から中東へ
ウィーン(99話)からアブダビまでは直行便で5時間ほど。ドイツウイルス学会を終えた翌日、次の用務のために、中東・アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビに向かう。UAEもアブダビも、もちろん初訪問である。
ウィーンからアブダビまでの航路。黒海からトルコ、イランの上空を抜けます。
ペルシャ湾に面する都市、アブダビ――。
......というかそもそもにして、UAEという国そのものに、私にはほとんど理解がない(まあ、「じゃあ、オーストリアや韓国にはどんな理解があるのですか」と訊かれても、答えに窮するところもあるのだが......)。
蘊蓄(うんちく)や教養のない私にとって、「UAE」と聞いて思い浮かぶのはやはり、サッカー日本代表がワールドカップのアジア予選やアジアカップで対戦する国、ということくらい。
右も左もわからないまま入国し、Uberでホテルに向かい、チェックイン。ウィーンとアブダビの時差は3時間。チェックインを済ませた頃にはもう辺りは暗くなっていた。
■ゆたかなる夕べ
さて、夕食である。ホテルの周りは車通りが激しく、ホテルが乱立しているだけで、辺りに歩いて行けるような飲食店がある気配はない。居心地の良さそうなホテルだったので、ホテルの中で食事を済ませることにした。
UAEはイスラム教の色濃い国ではあるが、前年(2023年)に訪れたサウジアラビア(71話)に比べるとそれほど敬虔(けいけん)ではないのか、ホテルの中にはバーがあり、そこにはなんとアルコールがあった!
前のめりでバーに行くと、さらになんとそこには、私の心のふるさと、イギリス・グラスゴー(89話)のブランドである、テネンツ(Tennent's)のドラフトビールがあるではないか!
テ、テネンツ......!!
屋外の席に座り、バンドの生演奏を聴きながら、そして南の風を浴びながら飲むテネンツの生ビール。これ以上の幸せがあるだろうか......
したたかに酔った後、最後の1杯は部屋でゆっくり飲もうと思い、そのようにウェイターに注文するが、それはダメだという。アルコールを飲んでいい場所は決まっていて、公共の場所にそれを持ち込むのはNGらしい。
中東でビールを飲めたのは望外にうれしい出来事ではあったのだが、問題はやはりその値段である。1杯39UAEディルハム。1UAEディルハムは40円くらいだから、1杯だいたい1600円である。海外に出たら、この辺はもうさすがに割り切るしかない。
そして1日5回、決められた時間のサラート(礼拝)のために、「アザーン」という、音楽というか、呪文とでもいうような音楽が街中に大音量で流れる。この辺はやはり、イスラム教の色濃い国である。
■ゆたかなるひととき
翌日はすこし時間があったので、ホテルでゆっくり過ごすことにした。ホテルには屋外プールがあったので、そこでゆっくり泳いだり、プールサイドでビール(テネンツ)を飲みながらコラムを書いたりして過ごした。
「中東! 砂漠! 灼熱!」というイメージを勝手に持っていた私であったが、どうも天気はパッとせず、気温もさほど上がらない。午前中は比較的暑く、プールも気持ちよかったのだが、午後になると曇り始め、すこし肌寒さも覚えるほどになってしまった。
そして夕方。ふと思い立ち、Uberでモスクに行くことにした。観光にはあまり興味がないタチであるが、さすがになかなか来ることがないであろう中東の国であるし、有名なモスクくらい目にしておこう、と思ったのだ。
ネットで調べると、「シェイク・ザイード・グランド・モスク」というのが有名らしい。夜にはライトアップもされるらしいので、それを目当てに向かうことにした。入場料はタダでいろいろ見ていたのだが、しばらくすると、急に外に出るように促される。しかし、そのモスクの中には、ずらっと並ぶお弁当のようなものと、その前に座る、何千人、ひょっとすると何万人にいるかもしれないというおびただしい人の群れ。
その異様な風景に正直おののいたが、あとで聞いた話によると、ちょうど日暮れのタイミングに流れる「アザーン」で、その日のラマダンが明け、待ちに待った「イフタール」という食事の時間になるのだいう。つまり、そこで私が見たお弁当のようなものこそが「イフタール」であり、その前に座るおびただしい人の群れは、まさにそれを待ちわびる群衆だったのだ。
■アブダビにたどり着いた経緯
ニューヨーク大学アブダビ校(New York University Abu Dhabi、NYUAD)。これが私の今回の訪問先である。
その経緯をすこし。ある学会で、G2P-Japanの研究の中で共同研究をしているH社のY社長と会う機会があった。その雑談の中で私は、研究のためにラクダの検体を必要としているのだが、なかなかうまい入手方法がなくて困っている、という話をした。
するとY社長は、知り合いにアブダビで研究をしている人がいるという。アブダビといえばUAE、UAEといえば中東、中東といえばラクダ、という安易な連想ゲームである。ともかくもそういう経緯で紹介してもらったのが、NYUADに研究室を構えるK先生(日本人)である。
Y社長からメールでK先生を紹介してもらい、一度zoomで話をした。その後、K先生が日本に帰国したタイミングで一度私のラボに来てもらい、打ち合わせをした背景があった。
私の訪問に先立って、K先生は、隣町のドバイにある「中央獣医研究所」、通称「ラクダ病院」の人たちにメールを送り、ラクダの検体を入手するためのつながりを模索してくれていた。しかし、ラマダンの真っ只中ということもあるのか、ちゃんとした回答がまだ得られていないという。
ちなみに私も、ラクダにアクセスするために、中東の人たちと独自にいろいろと連絡を模索したことがあったので、その辺のニュアンスは汲み取れた。これは一般論としての私の経験談であるが、彼らはざっくり言うと、「熱しやすく冷めやすい」。うまく話が進むときにはとんとん拍子に進むのに、ラマダンなどのなにかのイベントにハマったりすると、途端に連絡が途絶えてしまうのである。
――と、そのような経緯で、ラクダ(の検体)を求めて訪れた中東・アブダビ。どうやら先行きはあまり明るくないようだ。
※4月20日配信予定の(2)に続く
★不定期連載『「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常』記事一覧★