
当サイトでは当社の提携先等がお客様のニーズ等について調査・分析したり、お客様にお勧めの広告を表⽰する⽬的で Cookie を使⽤する場合があります。
詳しくはこちら
レッドブルの新代表に就任したローラン・メキース(左)と、残留を決めたマックス・フェルスタッペン(右)。
2025年シーズンの前半戦はマクラーレンが圧倒的な速さを披露し、ドライバーとコンストラクターの両チャンピオンシップで独走態勢を築いている。対照的にドライバーズ選手権で5連覇を狙うマックス・フェルスタッペンと角田裕毅(つのだ・ゆうき)を擁するレッドブルは苦戦が続いている。
オランダGP(決勝8月31日)からスタートする後半戦、マクラーレンの勢いを止めるチームは出てくるのか? レッドブルは苦境を脱出することができるのか? 現在のホンダ・パワーユニット(PU)の生みの親である元ホンダ技術者の浅木泰昭(あさき・やすあき)氏に聞いた。
* * *
――昨シーズン、26年振りのコンストラクターズチャンピオンに輝いたマクラーレンが14戦中11勝(ピアストリ6勝、ノリス5勝)という圧倒的な強さを発揮し、シーズン前半戦を折り返しました。
浅木泰昭(以下、浅木) マクラーレンの強さは想像通りでしたが、レッドブルの開発スピードが予想以上に落ちてしまっているのが印象的でした。2023年シーズンに22戦21勝を挙げましたが、たかが1~2年でここまで崩れてしまうのかと......。
いい組織をつくるのには長い時間がかかりますが、崩れるときはあっという間だというのを目の当たりにして、組織運営の恐ろしさをあらためて感じます。
――チーム低迷の責任を取る形で長年レッドブルを率いてきたクリスチャン・ホーナーが7月に代表の座から解任されましたが、それ以前からデザイナーのエイドリアン・ニューウェイがアストンマーティンに(2025年3月から)、エンジニアのロブ・マーシャルがマクラーレン(2024年1月から)に移籍するなど、レッドブルは人材流出が続いていました。
浅木 たくさんの技術スタッフがチームを離れましたが、まだ優秀な人材は残っていると思います。昨年から開発スピードが遅くなっているという兆候はありましたが、持ち直すんじゃないかと期待していました。でも前半戦の結果を見る限り、私が想像していた以上に開発スピードが落ちていました。
凋落の始まりは(2023年5月にマクラーレンへの移籍を発表した)ロブ・マーシャルさんのチーム離脱ですよね。今、マクラーレンでテクニカルディレクターとして活躍するロブ・マーシャルさんは一緒に仕事をしましたが、鋭い技術者でした。なぜ彼のような優秀な人材がチームを離れてしまったのか。
彼が移籍を発表した頃のレッドブルは圧倒的な強さを発揮していたので、前代表のホーナーさんはロブ・マーシャルさんやニューウェイさんを含めた技術者の能力を軽視していたんじゃないのか。レッドブルという組織があれば、技術者は誰であってもそこそこ戦えるだろうと高を括っていたのではないかと感じています。
――自分がチームを運営していれば、極論すればどんな技術者でも勝てるだろうとホーナー前代表は思っていた?
浅木 その可能性があります。レッドブル・ホンダはあれだけ勝ってしまったからこそ(2022年は22戦中17勝、23年は22戦中21勝)、レッドブルのマネージメントは奢(おご)りを持ってしまったのかもしれません。
それに加えて、レッドブルの創業者ディートリヒ・マテシッツさんが2022年に亡くなった後、彼から絶大な信頼を得ていたモータースポーツアドバイザーのヘルムート・マルコさんとホーナー前代表の間に権力闘争が始まってしまった。
それに嫌気がさして、たくさんの技術者がチームを離れましたが、それでも首脳陣は権力闘争をしている場合じゃないと思えなかったのでしょう。
――夏休み最後のハンガリーGPがレッドブルの現状を象徴していました。姉妹チームのレーシングブルズだけでなく、プライベーターのザウバーやアストンマーティンにも遅れをとっていました。
浅木 結局のところ、開発スピードというのは傾きの角度なんです。角度が急であれば開発スピードが伸びているということですが、今のレッドブルは傾きの角度が寝てしまっている。その結果、開発予算が少なく、優秀な技術者をそれほど多く雇っていないプライベーターの開発スピードにすらついていけていないように見えます。
でも開発スピードが落ちているのは今年になって始まったことではありません。以前のレッドブルはもっと上位にいました。
それが今、プライベーターに追いつかれるとか抜かれるというのは、そのずっと前から開発スピードが落ちていたということだと思います。逆にマクラーレンは昨年から急な角度で成長をし続けています。
マクラーレンに開発スピードが落ちるような要素は見当たりません。チームが一丸となっていますし、ドライバーの能力も高いし、技術者が働きやすそうな環境も整っています。
私はレッドブルにかつてのような開発スピードを取り戻すことを期待していたのですが、そうはいかなかった。その結果、マクラーレンが独走してしまったというのが私の分析です。
――ただ最近レッドブルも少しずつ落ち着きを取り戻しているように見えます。電撃解任されたホーナーに代わってレーシングブルズからローラン・メキーズが新代表に就任し、移籍の噂が出ていたフェルスタッペン選手も残留することになりました。
浅木 後半戦は今よりも状況が悪くなることはないと思います。ホーナー前代表がチームを去り、権力闘争がなくなった分だけ、落ち着いて仕事に取り組めると思います。
技術者の気持ちになると、上が権力闘争をしていて、お前らはどっちにつくんだと言われているような職場ではおちおち働けないですよね。
F1の世界は、世界最高峰の舞台で技術を突き詰めたいという人が多い。もともとレッドブルはそういう人間の集合体のようなチームでした。マテシッツさんのいた時代は、それほどお金の心配をせず、レースに勝つことだけに集中できる態勢が構築されていました。
技術者にとって働きやすい職場環境というのが、レッドブルの強さの源泉になっていたのですが......。
レッドブルは最悪の状況は脱したと思いますが、権力闘争をしていた間に出ていった技術者を補充したり、自分のところで掘り起こしたりして再びチームの開発能力を取り戻すまでには、メキーズさんに能力があっても時間がかかると予想しています。
一度、崩れた組織を立て直すのは、そう簡単ではありません。
――2026年は車体とパワーユニット(PU)のレギュレーションが大きく変わり、勢力図がいったんリセットされます。それはレッドブルにとって吉となるのか、それとも凶となるのでしょうか。
浅木 もし結果が出なかったら、ますます混乱する可能性もあるでしょうね。本当にフタを開けてみないとわかりませんが、特にPUの開発は難しいと思います。
今、レッドブルがチームの開発能力を2025年と26年にどれぐらいの割合で配分しているのかはわかりません。
仮に新レギュレーションが導入される2026年に開発のパワーを全振りしているのであれば、たとえ今シーズンの成績がガタガタであったとしても、まだ見込みはあると思います。
でもフェルスタッペン選手を引き留めるために今年のマシン開発に注力しているのであれば、2026年シーズンの開発にリソースを割けていないということになります。新しいシーズンも相当、苦しくなると予想するのが当然だと思います。
――レッドブルは新レギュレーション導入のタイミングで自社製PUをつくるという壮大なチャレンジを開始します。
浅木 自動車メーカーではないレーシングチームが自社でPUをつくるというのはものすごい挑戦だと思います。でも私がマルコさんやホーナー前代表と話した限りでは、とてつもないチャレンジだと考えていない節がありました。
「少量のスポーツカーしか生産していないフェラーリでもやっているのだから、自分たちでもきるだろう」と、軽くとらえているような印象を受けました。
自動車メーカーじゃないところがお金を自分たちで持ち出して、高い競争力のPUをつくるのはそんなに簡単ではありません。ルノーですら今でも苦しんでいるんです。ホンダだって競争力のあるPUをつくるまで、相当の期間、七転八倒しました。
レッドブルがいきなり競争力の高いPUをつくれたら、それは快挙です。彼らがどんなPUをつくってくるのか、注目しています。
※後編はこちらから
●浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までPU開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。著書に『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)がある。
浅木泰昭氏の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』。カバーには、フォトグラファー熱田護氏の写真を使用した。F1ファンとして知られる堂本光一氏との特別対談も収録。