不動産業界のITベンチャー、ダイヤモンドメディア(東京都港区)の斬新な経営手法が注目を集めている。
経営理念を持たず、社内で上司と部下という関係性をなくし、社員の給与は半年に1回開催する「お金の使い方会議」でみんなで決める。既存の会社とは180°異なるその組織づくりについて前編記事では伝えた。
武井浩三社長が徹底しているのは「あらゆる情報を透明化し、社内に“情報格差”をつくらないこと」。会社の預金残高から全社員の給与額までを社内でオープンにしているのもそのためだ。
「だから当然、そんなに働いてないのに高給を得るようなフリーライダーがいたとすれば、会議の場で『ウチの会社には向いてないんじゃない?』という話になる。ウチの会社はホワイトでもブラックでもなく、目指すところは透明な会社組織。“ズル”をしている人が得をする環境はこの会社にはありません」(武井社長、以下同)
“ズル”というのは往々にして、ある事柄について一方がよく知っていて、一方がよく知らないという関係性の中で生まれやすい。「この情報格差を解消することが不平等をなくす最善の策」という考えがそこにはある。
それは組織づくりだけでなく、同社のサービスにも存分に生かされていた。
ダイヤモンドメディアは、不動産業界に特化したサイト制作・運用ソリューション『ダイヤモンドテール』、不動産資産を持つオーナー向けのクラウド管理サービス『OwnerBox(オーナーボックス)』、不動産管理会社の募集業務を管理するITシステム『Centrl(セントラル)LMS』(以下、LMS)の3つのサービスを自社開発している。
そのすべてが「情報格差をなくすことで、誠実な会社ほど成長する」というコンセプトに沿って生み出されている。特にLMSは昨年12月に販売開始されたばかりだが、不動産賃貸の商慣習を覆す日本初のサービスとして業界内で高い評価を得ている。
「賃貸業界は構造的な問題が多い業界。分業が進んだ結果、情報格差がどうしても生じてしまう現状があり、一部の企業を中心に改善していこうという流れになっています。ただ、悪意を持って“ズル”している会社が儲かってしまう現状があるのも確か。これを真っ当な会社がちゃんと儲かる仕組みに変えたいという思いから『LMS』は生まれました」
では、「ズルして儲かる」賃貸業界の現状とはどういうことか? まず、この業界は大きく上流と下流に分かれるという。
「上流部分では、オーナーが所有する不動産(マンションやアパート)を管理会社に預け、管理会社は空き室を埋める募集業務から家賃回収、入居者退去後の原状回復など建物の維持・管理までを行なう。下流部分では、街中の仲介会社が家探しをしている顧客向けに物件紹介から契約までを代行します」
下流部分はここ数年で随分と健全な環境になったというのが武井社長の見立てだが…。
「5年ほど前までは消費者に十分な情報がなく、仲介会社が家賃を高めに設定した物件を半ば押し付けられるように契約…なんてこともありましたが、今はポータルサイトが普及して物件相場や適正価格が見えるようになり、“まともに商売をしている会社が儲かる”状況に変わってきました」
不動産業界のブラックボックスに風穴を開けた!
一方、上流部分は「未だに情報格差が大きいまま」だと見ている。
「オーナーから預かった不動産の資産価値を高めるためには、効果的な募集業務を行なって物件の空室期間をいかに短くするかが肝になるのですが、この最も重要な業務に管理会社自身が積極的に関与できない構造があります」
そもそも、管理会社が行なう募集業務は、物件のオーナーから依頼を受け、家賃や敷金、礼金などの条件を設定して『レインズ』や『ATBB(アットビービー)』といった業者向けの管理サイトに物件情報をアップ、同時にFAXで各仲介会社に同じ情報を流すというやり方で、その後のことは「どうしても、仲介会社任せになってしまうことが多い」――言ってしまえば、丸投げだ。
しかも、物件の募集情報は不特定多数の仲介会社が管理サイト上で閲覧できる状態にあり、顧客からの要望に応じて自由に取り扱うこともできる。
「その結果、どこの仲介会社が自社の物件を営業してくれているのかさえ把握できなくなってしまう管理会社さんが非常に多い。これは情報の構造上の問題で、何もわからないまま、ある日、仲介会社から電話が鳴り、『仮契約が取れました』との報告を受けるわけです。
逆に、入居者が長期間決まらないと当然、オーナーから『どうなっている?』と詰問されるわけですが、担当者は“現状を正確に把握するための手だてがない”ので、ネット上で公開されている他社物件などを検索してできる限りの情報を集めることくらいしかできることがないんです。結局、『頑張ってはいるんですが…』とか『近くに新築物件ができたからそっちに客が流れているっぽいです』とか曖昧(あいまい)な受け答えに終始するしかありません」
オーナーからすれば、手数料を払わせておいて「『ぽいっ』てなんだよ!」という話になるわけだが…
「このように曖昧な情報だけではオーナー自身も正しい判断をすることができません。家賃の再検討やリノベーション、広告掲載など熱心な担当者は入居者が決まらない場合にいろいろな策を講じますが、その良し悪しを判断するための情報が圧倒的に不足しているんです」
分業化が行き過ぎた結果、管理会社やオーナーに正確な情報が入りづらくなっている。ここに情報格差を生み、“ズル”している会社が儲かってしまう土壌があるというわけだ。
ダイヤモンドメディアはそこに風穴を開けるサービスを打ち出した。それが先に述べた不動産管理システム『LMS』である
LMSの肝(きも)は今まで可視化できなかった募集業務に関するデータを独自に収集し、分析する機能にある。
各物件の賃料履歴、競合物件の賃料、敷金、礼金など条件面に関する最新データ、入居希望者からの問い合わせ数や内見申込み数といった反響データまで、LMSを導入した管理会社は募集業務に関わる多種の情報をリアルタイムで閲覧できるようになる。
「例えば、ある物件の家賃を値下げしたことで、それを取り扱ってくれる仲介会社の数がどれくらい増えたか? 入居希望者からの反響がどれくらいあったか?がデータとしてわかるので、管理会社は現在の募集状況の分析や新規物件募集などに活用できるようになります」
LMSを拡販するのは2名の女性営業マン
実際にLMSに表示されたある物件の画面を見せてもらうと、最初に『42社』という表示が目に入った。「これはその物件に対して、自社のHPに載せるなどして営業活動を行なってくれている仲介会社の数です」。
さらに次の画面では、『オススメ仲介会社』として複数の会社の所在地と電話番号が一覧表示された。「こちらはLMS独自のアルゴリズムから導き出された“その物件と相性のいい仲介会社”をリストアップしたものです」。
この2種類のデータから、管理会社の担当者は営業効率を高めるベストな方法を検討することも可能だ。例えば「“物件との相性はいいけど、まだ営業活動を始めていない仲介会社”に『お願いします』と営業をかければ、契約の成功率は高まる」といった具合である。
さらに、管理会社の営業マンが仲介会社を訪問した営業活動履歴もLMS上にアップされる。LMSは管理会社向けのサービスだが、同社の『OwnerBox』というサービスを導入することでオーナー側もそれらの情報にアクセスすることができるようになる。
「オーナーはその情報から“入居者が決まらない理由”を管理会社と一緒に考え、管理会社にまだできそうなことがあるのか、それとも近隣物件の値下げなど外的要因によるものなのかを判断できるようになります。
さらに、それらの情報をもとに、オーナー自身が賃料の値下げや設備のリニューアルを検討することも可能になり、管理会社とオーナーが同じデータを見ながら話し合うことで、最適な空室対策を打てるようになるわけです」
このLMSは昨年12月に販売開始後、大手管理会社を中心にすでに10社程度に導入されているというが…。
「これまでは既存の顧客へのフォローを大事にしながら、運用面などシステムの精度を上げることに注力してきました。ここにきて、ようやく成功パターンが見えてきたところなので、まさにこれから新規開拓や拡販に力を入れていくという段階です」
LMSの営業チームは今釜聡美さんと篠田珠美さんの2名で構成される。篠田さんは今年2月に生保会社から転職してきた新入社員。一方の今釜さんは2013年に兵庫県から上京、都内の賃貸仲介会社で法人営業や仲介業務を3年間経験した後、独立して不動産会社へのシステム提供や営業支援を行なう会社を設立した。昨年10月から、業務委託という形でLMSの営業に参画している。
今釜さん「ダイヤモンドメディアに参画したきっかけは、それまで外部委託していたLMSの営業を社内で行なうという方針転換があった時に『チームづくりから一緒にやらないか』とお誘いをいただいたことでした。
上京してから“不動産×IT”の業界で仕事をしてきて、自分の会社を立ち上げて…。そんな中でシンプルにLMSそのものに魅力を感じましたし、何よりこれまで私を育ててくださった不動産業界の方々へ恩返しができるサービスだと強く感じたので参画を決めました」
篠田さん「前職では外資系の生命保険会社の営業をしていて、毎日、夢中で仕事をしていましたが、日々、数字に追われる中、自分の仕事が本当にお客様や会社のためになっているのかな?と疑問に思うようになって。そんな時にこの会社のメンバーに声を掛けてもらい、LMSの話も聞いて興味を持ちました。営業方針も『数字に追われるのではなく、お客様のためにLMSを啓蒙する』というもので、それがすごく刺さりましたね。
今は今釜さんと二人三脚でお客様にテレアポをしたり、訪問して説明したりしていますが、ストレスがほぼないのが驚きですね。そう思えるのは、LMSを普及させることがお客様のため、業界のためになると自信を持って言えるからです」
ダイヤモンドメディアで働く意味とは?
だが、ふたりとも26歳という若さ。経験と実績という面で彼女たちに自社の主力サービスの営業という重要なミッションを託すことに不安はなかったのか…。武井社長はこう話す。
「不安なんてありません。仕事の進め方は彼女たちに任せています」
社内で厚い信頼を得ている今釜さんは、LMSの拡販を担う今後について“勝算アリ”の表情でこう語るのだった。
「不動産業界って、女性が圧倒的に少ないんです。あまり大きな声ではいえませんが、男性社会なので、“女性である”というだけでお客様とのコミュニケーションの取りやすさは段違いに上がると実感しています。加えて、ITシステムに対する知識と不動産会社の現場に対する理解があれば、かなり重宝されます。そのアドバンテージをうまく活用して、LMSをどんどん広げていきたいと思います」
彼女たちに共通するのは、“LMSが不動産業界に不可欠なサービス”だと確信している点にある。自社の製品に疑いや迷いがないから日々の営業にも張りが出る。それに加えて、上司も部下もなく、社員全員がフラットな関係で働けるという、他の会社ではありえない職場に身を置いての実感とは…。
篠田さん「ダイヤモンドメディアの第一印象は、本当にこれが会社?でした。ただ、自由が多い中にも、会社に貢献したいというマインドとチームとして働く協調性は求められるところなので、その方針に合わなければ淘汰されるという…ある意味ではシビアな環境もありますので、そういった緊張感を意識しながら仕事をしています」
今釜さん「業務委託だと、同じ事業に取り組んでいるのにチームのメンバーが『お客様』になってしまうことがフラストレーションになったことも過去にあるんです。例えば、何かひとつ、些細な決定を下すにもプロパーの社員さんに許可を得ないといけないとか…。
でも、この会社にはそういった“働き方による権限の差”みたいなものが全く存在しなくて。シンプルに同じ立場でお客様とサービスのことを考え、何が一番大切なのかを考える環境があるのが一番働きやすいと感じているところです」
実際にそこで働いてみないとわからない…働いてみたところで、おそらく、この会社には向き不向きというものがあるだろう。だが、少なくともダイヤモンドメディアで働き続ける人たちは、自社の組織とそこで扱うサービスの両方に愛着や誇りを持っている。
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(取材・文/興山英雄)