2006年12月12日に『ニコニコ動画(仮)』がスタートしてから間もなく10年!
数々のアイドルやクリエイターなどを生み出し、視聴者をPCの前に釘づけにしたオバケコンテンツの誕生秘話と当時の熱気をインタビューでプレイバック!
第1弾・川上量生、第2弾・戀塚昭彦に続き、まさかの“ラスボス”降臨でニコ動を騒然とさせた演歌歌謡界の女王・小林幸子(こばやし・さちこ)氏が、オタクの世界に直面して受けたカルチャーショックとは?
■演歌歌手にとってボカロは未知の世界
―そもそも、ニコニコ動画の存在は知ってましたか?
小林 名前は聞いたことありましたけど、詳しいことはまったく。初めにニコニコ生放送への出演依頼が来たときも、「それで何をするの?」ってプロモーションの一環くらいにしか思ってなくて。実際出演して、しゃべった瞬間にコメントがドーンって流れてきてびっくりしましたね。当時の私の新曲『茨(いばら)の木』のMVが流れたら「歌うまい!」ってコメントが(笑)。
―素直な感想ですね。
小林 思わず、「ありがとう」って言っちゃった(笑)。それでニコニコ動画と関わりを持つようになって、いろんな曲を聴くようになったんですけど、今まで自分のなかで聴いたことがないようなものばかりで、本当にカルチャーショックでしたよ。でもいい曲がたくさんありますよね。ヒャダインさんの曲とかも、すごくオモシロくて。
―それが「歌ってみた」初投稿の『ぼくとわたしとニコニコ動画』ですね?
小林 彼の曲は真剣にオモシロがってる感じが伝わってくるんですよ。私が紅白に出場するときも、たった3分の出演時間のためにたくさんの人が小林幸子のために寝ないで作業してあの大きな衣装を作ってくれる。そういう外から見るとバカバカしいことを、マジメにやってるところが私たちと似てるなって。
機械への挑戦
―この動画は当時、大変話題になりましたね。
小林 投稿されたとき私は北海道にいたんですけど、スタッフから電話がかかってきて、「大変なことになってます!」って言うの。家が火事になったんじゃないかと思ったら(笑)、すごい勢いで再生されてるって。見てみたらここでもコメントがスゴいことになって。投稿する前は私自身受け入れられるのか不安だったからうれしかったですね。
―これまでさまざまなボーカロイドの歌(ボカロ曲)を歌っていますが、小林さんにとってボカロ曲の難しいところは?
小林 曲調が全然違うから、演歌の人間からしたら「よくぞこんなメロディになるな」とか、オクターブの上がり方も「この音からこの音へ行く?」みたいなことばかり。今まで培われてきた歌い手としての細胞ではなかなか入り込めなくて最初は苦労しました。
―歌うのが機械ですから、なんでもありですよね……。
小林 ボカロ曲って歌い手が人間ではないので、ブレスがないのよ(笑)。機械だったら120小節ノーブレスで歌えるけど、人間は無理。そういう問題がたくさんあったけど、聴いてるうちに悔しくなってきて、あとは機械への挑戦でした。
―「機械に負けられない」と歌手魂に火がついたんですね!! 歌詞も聞き慣れない単語が多かったのでは?
小林 『千本桜』を初めて聞いたときは和のテイストもあってすてきな曲だなって思ったけど、歌うにあたって歌詞の意味を調べたら「ICBM」やら「青藍(せいらん)の空」って単語が出てきて、「なんでこの歌詞がそうつながるの?」って自分の中で歌詞の世界観が成立しなくなっちゃって、そういうところも戦いでした。よくこの歌詞をNHKの紅白で歌えたと思います。絶対ダメだと思ったから(笑)。
紅白の衣装はコスプレ?
■“JK”コスプレは全力でやりきった
小林 でも、この曲で紅白に出たことで、ニコニコ動画の存在が歌謡界にも広がりました。五木(ひろし)さんには「さっちゃん、最近すごいらしいね!」って言われましたし、(都)はるみさんはおととしの武道館公演をニコ生で見てくれてたみたい。みのもんたさんにはニコニコ動画がなんなのかを説明するのがすごく大変でした(笑)。
―確かに難しそう(笑)。
小林 歌謡ファンへの架け橋にもなれたと思います。コンサートの物販でもおじいちゃんおばあちゃん世代の人から「ラスボスの曲ください」って言われるみたい(笑)。たぶん子供やお孫さんから頼まれるんでしょう。反対に、若いコがおじいちゃんのためにコミケで私のCDを買ってくれて「これでばあちゃん孝行できます」って言ってくれたり。その曲は全然演歌じゃないんですけどね(笑)。
―2014年のコミケでは「歌ってみた」楽曲を収録したミニアルバムを手売りして大盛況だったそうですが?
小林 開始の時間になったらたくさんの人がバーッと入ってきて、どこに行くのかと思ったら私のところですごい列になっちゃって。でもみんなピュアでマナーもいいし、いわゆるオタクと言われてる人たちへのイメージが変わりました。髪の毛は黄色とか青とか、ハリー・ポッターの世界の人みたいなんだけど(笑)。
―コミケはコスプレ多いですもんね。
小林 初音ミクちゃんの格好をしたコに「すてきね」って言ったら、「キャー! コスプレの神様に褒められた!」って……私の紅白の衣装はコスプレなの?(笑)
―(笑)。でも、小林さんは『桜ノ雨』で女子高生のコスプレもしてましたし……。
小林 笑っちゃうでしょ? もちろん最初は戸惑いましたよ。でもやると決めたからにはスカーフの色とかこだわったりして全力で取り組ませてもらいました。
―ニコ動で活躍するようになって、さまざまなオファーが来るようになったのでは?
小林 今まで会うことがなかったいろんなメディアと携わることができて、それが本当にありがたいですね。思い込みを捨てて、思いつきを拾う。そのきっかけになったのがニコニコ動画。“JK”になった甲斐がありました(笑)。
◆続編⇒『「ニコニコ動画」公式番組MCが考えるメディアとしてのニコ生 「テレビとラジオのいいとこ取りです」』
●小林幸子(こばやし・さちこ) 1964年、10歳にして歌手デビューし、NHK紅白歌合戦には計34回出場。2012年にニコニコ生放送に初出演、その後多くの「歌ってみた」動画も投稿。ネットでは、紅白出場の際の大規模な衣装から“ラスボス”と呼ばれ親しまれている
(取材・文/武松佑季(A4studio) 撮影/下城英悟)