「週刊ヤングジャンプ」連載作の中でも、トップを走る作品といえる『キングダム』。その作者である原泰久(やすひさ)先生の漫画家としての原点は、『キン肉マン』だったという。
そこで、6月2日に発売されたJC最新刊『キン肉マン』59巻の巻末特別付録として、その原先生とゆでたまご・原作担当の嶋田隆司先生による対談企画が実現。
週プレNEWSでは、そこに収まりきらなかった濃厚なトークをほぼノーカットで完全収録。前編「『キングダム』の原点は『キン肉マン』!」に続き、おふたりのルーツをさらに深掘り!
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原泰久先生(以下、原) 僕は『キン肉マン』で育ちましたけど、嶋田先生は子供の頃はどういう漫画をお読みになられていたんですか?
嶋田隆司先生(以下、嶋田) 梶原一騎先生の大ファンで『巨人の星』『あしたのジョー』をはじめ梶原作品はほぼ全部読んでました。それとジャンプの先輩でもある本宮ひろ志先生。僕らの勢い最重視の作風は完全にこの両先生の影響で受け継いだものだと思ってます(笑)。
原 僕からすると、本宮先生も嶋田先生も同じジャンプ系の大先輩という認識なので、両先生の間にそんな世代差があるというところからしてまず驚きました。
嶋田 本宮先生は僕らよりはるかに上ですね。同じ雑誌に載せてもらってることが最初は信じられないくらいの存在でした。それに僕らはデビューが高卒で早かったので、そもそも同時期にデビューした作家さんはみんな年上なんですよ。宮下あきらさんも鳥山明さんも僕らよりずっと年上でしたから。
原 高校卒業されて即、ジャンプデビューというのも考えたらすごいです。つまり、高校生の頃からずっと応募されてたんですか?
嶋田 はい、最初にジャンプに読切が載ったのは高校在学中でした。
原 それはすごいです!
嶋田 僕らがデビューした2年後に同い年の高橋陽一くんが『キャプテン翼』でデビューして、そこから『北斗の拳』の原哲夫くんや『ジョジョ』の荒木飛呂彦くんが出てきて…。同世代がようやくどんどん増えてきたのが嬉しかったですね。
原 僕はデビューがすごく遅くて、大学から社会人を経て、30歳手前になってやっと連載が決まったんですよ。
嶋田 へぇ~、それもまたすごいことだと思いますよ。それまでずっと挑戦され続けていたということですか?
原 それがそうでもないんです。絵を描くのも漫画を読むのも昔から好きだったんですけど、漫画家になろうという発想がなくて、ようやく志(こころざ)したのは大学生の後半の時期でした。
嶋田 その歳から漫画を始めて、プロになられたんですか!?
原 はい、大学までは結構ボーッとしてたんです。美術・映像系の授業もあって、とにかくただ毎日楽しく過ごしていました。でも卒業が見えてくると、どうやって生きていくか考えなきゃいけないじゃないですか(笑)。それで昔から絵を描くのは好きだったんですけど、いつの頃からかオリジナルのキャラクターを描いて、その人物の裏設定を考えるというようなことをなんとなく趣味でやってたんです。
ある日、「ああ、この延長で漫画を描いて食べていけたら、こんな最高なことはないな」ってようやく気づいて(笑)。
嶋田 そこからプロにまで登りつめたんですね。
原 当初は漫画のことは何もわからなくて、ネームという言葉すら知りませんでした。漫画に詳しい友達がいて、「トーンはカッターで上を削ってぼかす」と教えてくれたんですけど、カッターで刻むんだと勘違いして、これは自分には無理だと断念したことがありました。
嶋田 まぁ、いきなりだったら、わからないですよね(笑)。
原先生の意外なデビュー秘話
原 少しずつ勉強して、大学3年の頃に作品をなんとか形にして、集英社に応募したのが最初です。
嶋田 満を持して、ですね。
原 とはいえ、その原稿を作ってる最中もまだよくわかってないままで、途中で少し悩んだんですよ。「これ…ペン入れって僕がやらなきゃいけないのかな?」って。
嶋田 え、どういうことですか?
原 もしかしたら下描きだけ送れば、あとは編集部っていうところで印刷してくれるんじゃないかって思い始めて。
嶋田 いやいや(笑)。
原 初めてでしたし、田舎だったので、情報がなくてよくわからなかったんです(笑)。だからフキダシの中にセリフを書く時も、ここだけは書き換えられたら困ると思って、消えないようにマジックで書いて…(笑)。
嶋田 知らなすぎでしょ!? 鉛筆、鉛筆!(笑)
原 そうですよね(笑)。そんな調子の原稿だったので当然のごとく落選して。でもそれがものすごく悔しかったです。その後、しっかり勉強してみて、わかったのが「ああ、あれは間違いだったんだ」ということだったんです。
嶋田 最初はどういう漫画を描かれたんですか?
原 応募したのは天使と悪魔をテーマにしたような話でした。悪魔の王子が人間に転生して、それを天使が追ってきて現世で戦うんです。でもその悪魔も人間に生まれ変わったせいで人の優しさみたいなものが出てきて。それを無視して、ただ退治にやってきた天使とどっちが正しい立場なのか、次第にわからなくなるという…。
嶋田 すごく筋のしっかりした良い話じゃないですか!
原 ありがとうございます。話だけは一生懸命考えたつもりです。だからこそセリフは絶対に変えられないようにマジックで!(笑)
嶋田 (爆笑)気持ちはわかりますよ。その状態から始めて、作家として今の地位までこられた原さんの才能の跳ね上がり方も改めてすごいと思いますよね。
原 とんでもないです。逆に、これくらいデビューが遅くないと『キングダム』は描けなかったと思います。特に話に関しては、会社勤めを経たからこそできたことがたくさんあったんだと。
嶋田 僕らは逆に、社会経験なく漫画家を始めたので『キン肉マン』が終わってから約10年ほど苦しい時期があったんですね。まさにそこが原さんのおっしゃる意味での社会経験を積んだ時期にあたるのかなと思ってます。漫画にしても、何をやっても失敗して。
それは、今から考えると人生勉強の蓄積がなかったからなんですよね。ジャンプの『キン肉マン』の頃は読者と年齢が近かったから、その感性だけでできたんです。でも自分も年をとって、そこからズレてきた時にその埋め方がわからなかった。26歳で読者の欲してるものがわからなくなったんです。
ゆでたまご先生の早すぎる分岐点
原 そんな時期があったんですか…。
嶋田 そこからは苦しみましたね。そうして悩んであれこれあがいてるうちにだんだん身の処し方がわかってきて、そこでやっとまた自分でも納得のいくものが描けるようになってきました。だからデビューが早いというのもいいことばかりじゃなくて、困りものだというところはありますよ。
原 それは僕とは全く違う世界です。26歳で何もわからなくなるって…その頃なんて僕の感覚だとまだまだ若いし、これからだとしか思えませんから…。
嶋田 今はまた『キン肉マン』やってますけど、当時はもう二度と描くことはないとさえ思ってました。なんでそんなこと決めつけてたんだろうと思うんですけど、きっと自信があったんでしょうね。でも、実態は何もなかったんです。何もかも失敗してそれに気づいた時に、自分の社会経験のなさをようやく痛感したんですね。
―『キングダム』という作品について、嶋田先生はどう思われますか?
嶋田 一番最初の印象は絵でしたね。目が止まりました。ヤンジャンをパラパラとめくると『キングダム』のページだけ異様に目立って見えて。
原 もしかして…浮いてましたか?(苦笑)
嶋田 はい、でもそれは悪い意味じゃないですよ。最近の漫画は、綺麗で洗練されたオシャレな絵が多い半面、僕にはどれも似たような絵に見えてしまうんですよ。でも『キングダム』は変わった絵だなぁと思って。すごく絵が濃くて、読み手に訴えかけてくるような力強さを感じました。それでめくる手が止まったのが最初です。
原 ありがとうございます。そう言っていただけて感激です。
嶋田 それに紀元前の中国を描くというのも、テーマとしてすごいところを持ってこられたなぁと。それまでは中国の古代を描いた漫画といえば、横山光輝先生の『三国志』や『水滸伝』くらいしか僕には印象がなかったので、それも目が止まった理由のひとつでした。
原 古代中国の漫画といえば、僕は昔、ジャンプに載ってた本宮ひろ志先生の『赤龍王』が最初の体験だったんです。
嶋田 ありましたね。
原 当時は子供だったので、難しくてよくわからなかったんです。その後、大学生になって、たまたま読み直す機会がありまして。その時、すごく面白く感じたんです。「ああ、当時はわからなかったけど、こんな面白い内容をやってたんだ!」って、そこでようやく理解できました。
嶋田 子供には難しい作品でしたよね。だから最初はジャンプ連載だったんですけど、途中から青年誌のスーパージャンプに移ったんじゃないですかね。
原 読み返して思ったのは、ジャンプから出た後に作られた話のほうがさらに面白いんです。
嶋田 もしかして、『キングダム』のルーツはそこだったんですか?
原 『赤龍王』ももちろんですが、ルーツの全てはジャンプなんですよ。僕はジャンプが飛躍的に売り上げを伸ばしていった時期にバッチリ重なって読んでた世代で、漫画といえばジャンプ以外にないとまで思ってました。
『ONE PIECE』の尾田栄一郎先生も僕のひとつ上の学年なんですが、その世代が今、面白い漫画をどんどん発信している理由は非常によくわかるんです。だって、あのジャンプが毎週読める環境で育ったんですから。その中心にあったのが僕の中では『キン肉マン』です!
嶋田 嬉しいですね。確かに、主人公の信をはじめとするキャラクターの言葉を見ると、ああ、これは僕らの時代のジャンプの魂をしっかり受け継いでくれてるなというのを強く感じます。大事な場面のセリフがどれも本当に熱い。
原 まさに、信が大事にしてるのは友情パワーです。
嶋田 実は、自分の原稿をやる前に『キングダム』を読むと、頭がちょっと『キングダム』になってるんですよ。そういうセリフが勝手に出てくる(笑)。
原 えええ、本当ですか!? ありがとうございます!
『キングダム』は趣味として気楽に読める…その理由とは?
嶋田 仲間のため、国のため、約束のために闘う。闘う理由がハッキリしてるのは見てて気持ちがいいですね。そこは意識してわかりやすく作られているんですか?
原 はい、あまり複雑にしすぎても読者の方々から感情移入してもらいづらくなりますし、エンターテインメント性は大事にしなきゃいけないとも思ってます。信の目標も「天下の大将軍を目指す」というわかりやすいところを常に掲げるようにしています。でもそれだけじゃなくて歴史モノでもあるので、戦争とはなんなのかということも入れこもうとしていて、そういう意味では二面性を持つ作品です。
嶋田 でもルーツのひとつが僕らだとして、そこから今の『キングダム』が生まれたと思うと不思議なものですよね。僕らには絶対描けない作品ですもん。
原 そんなことないですよ!
嶋田 だって、ものすごく緻密じゃないですか。伏線も随所に張ってあって、それを順繰りにしっかり回収していくことで話が進んでいく。そこは僕も聞いてみたかったんですが、連載前からかなり先々の展開までしっかり決めた上で始められたんですか?
原 僕はどちらかというと絵よりも話を作り込むほうが好きなので、そこをいかに仕掛けていくかを考えていました。
嶋田 でも先々まで考えて仕掛ける時に、連載がそこまで続かないかもしれないという怖さみたいなものは感じませんでしたか?
原 もちろんあります。でも、そこはもう終わるはずがないという前提でやるしかなかったです。
嶋田 その固い決意が面白さに繋がってるんでしょうね。
原 ありがとうございます。特に、『キングダム』の場合は歴史モノでちゃんと年表がありますから、ここまで描くと決めたラストまでやりきってこそ、ようやく一本の作品になると思っています。全ての伏線は、ラストに向けて張っているつもりです。
嶋田 そこは尊敬しますね。僕らはもう思いつきと行き当たりばったりの繰り返しで、困った時は勢いでなんとか凌(しの)ぐという感じですから(笑)。同じ漫画でも作り方が全然違う。
例えば、王騎というキャラクターは序盤で鮮烈な印象を残したかと思うと、しばらく姿を見せない時期が続いて、読者も忘れた頃にまたものすごい存在感で出てくるじゃないですか。そういうことをやる場合、僕らだったら「ああ、あれ最近出てないけど、ちょうどいいし出すか」という思いつきなんですよ。原さんの場合は、この空白期間も含めて全て計算なんですよね。それは僕らには絶対にできない。だからこそ『キングダム』は僕も趣味として気楽に読めるんですよ。
原 それはどうしてですか?
嶋田 自分たちの作品と競合してると思った漫画はライバルとして見るクセがついてるので、楽しんで読めないんです。僕らの漫画との勝ち負けで見てしまう。でも『キングダム』みたいな作品はハナから描けないと思ってるので(笑)、そもそも正面切って張り合おうと思わない。その分、素直に面白い漫画だなぁと認められるんですよね。
原 そこは方法論の違いで、作家さんごとに二手に分かれるところなんだと思います。僕の場合は全部、逆算方式なんです。例えば、3話後にこういうピークがくるなら、ここはこういう描写にして…という風にシーンを決めていってます。嶋田先生は試合を描かれる前にどちらが勝つか、決めずに描かれることもあるんですか?
嶋田 むしろ、ほとんど決めてないですね。
原 全くですか!?
嶋田 はい。ただ最近の新しい『キン肉マン』シリーズになってからは、ようやく決めて描くことが増えてきましたけどね。
原 それはビックリしました。最近になってからなんですね。
嶋田 というのも、今は大人の読者も多いので、ちゃんと話を作ってないようなそぶりが見えるとすぐにボロカス言われるんですよ。「また、ゆでがテキトーなことやってる」とか(笑)。しかも「ゆで」って、呼び捨てですからね(笑)。
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★続編⇒『キングダム』は社会現象?『キン肉マン』と熱いコラボで創作秘話。まさかの打ち切り危機とは…
●原泰久(HARA YASUHISA)週刊ヤングジャンプの看板作品『キングダム』の作者。会社員経験を経て2006年に30歳で漫画家デビュー。1975年6月9日生、佐賀県出身。
●嶋田隆司(SHIMADA TAKASHI)中井義則先生との漫画家コンビ「ゆでたまご」の原作担当。18歳の時に『キン肉マン』で連載デビュー。1960年10月28日生、大阪府出身。
●キン肉マン超人総選挙2017開催中!
(取材・文/山下貴弘 撮影/榊智朗 (c)原泰久・集英社 (c)ゆでたまご・集英社)