「週刊ヤングジャンプ」連載作の中でも、トップを走る作品といっても過言ではない『キングダム』。その作者である原泰久(やすひさ)先生の漫画家としての原点は、『キン肉マン』だったという。
そこで、6月2日に発売されたJC最新刊『キン肉マン』59巻の巻末特別付録として、『キングダム』原泰久先生と『キン肉マン』ゆでたまご・嶋田隆司先生による対談企画が実現。コミックスには収まりきらなかった濃厚トークをほぼノーカットで収録。
第1回「原点は『キン肉マン』! “めちゃくちゃ怖かった”話とは…」、第2回「 作者対談で明かされた両作品の「誕生秘話」と苦悩」に続き、語られるのは…。
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原泰久先生(以下、原) 今のシリーズだと、アシュラマンが負けたのは衝撃でした。相手がジャスティスマンというのもありましたけど、それでもまさかなと。逆にジャンクマンが勝つとは全く思ってなかったので嬉しかったです。
嶋田隆司先生(以下、嶋田) え、ジャンクマンの試合、よかったですか?
原 はい、カッコよかったです!
嶋田 原さんもそうですか~。そういう反応が多くて僕自身も驚いたんですけど、ジャンクマン好きな人、結構いるみたいなんですよね。
原 悪魔六騎士の中でも一番シンプルですから、わかりやすい魅力があります。攻撃がほぼジャンククラッシュだけというのが潔(いさぎよ)いです。
嶋田 逆に僕からも聞いてみたいんですけど、原さんはどうやってキャラクターを作っていらっしゃるんですか。『キングダム』も超人に負けないくらい個性的なキャラクターの宝庫じゃないですか? 例えば、初期の頃にムタって出てきますけど、あんな面白いのどうやって思いついたのかなって気になって。
原 ムタですか! あれは人気なくて(笑)。
嶋田 そうなんですか!?
原 ムタだけじゃなくて、連載が始まって特に初期の半年くらいは作品自体の人気もなかなか人気が上がらずでして。常に打ち切りの瀬戸際にいました。
嶋田 ええっ、そんな時期があったんですね。
原 連載半年目に打ち切り候補が3作あって、そのうち2作が終わると。その中に入ってまして、当時の担当編集者からも「3分の2の確率で終わるから覚悟しといて」って言われたほどで。運良く、その頃に王都を奪還する展開になって人気も上がってきまして、なんとか打ち切りを回避できたんです。それまでは信が苦難を強いられっぱなしで読者的にも辛かったみたいです。
嶋田 じゃあ、ますますさっきの話の重みが増しますね。だって打ち切りになるかもしれないのに、それでも用意してきた伏線を張り直さずにこらえて続けたというのは本当にすごい。僕らだったらこらえきれないですよ。
原 そこは僕の場合は芯の部分ですから、変えてしまったら『キングダム』じゃなくなっちゃうと思ってました。キャラクター作りの話でひとつ、『キン肉マン』の影響を受けて作らせていただいたのが、山の民のバジオウってキャラクターがいまして。
嶋田 はい、すごくカッコいいですよね。
決着の描写にはいつも頭を悩ませます
原 顔が仮面で見えないまま腕組んで構えるポーズが多いんですけど、完全にブラックホールとペンタゴンです。
嶋田 ああ~、だから僕も自然と惹かれたのかなぁ(笑)。初期のコミックス4巻の中表紙でバジオウを中心に山の民が3人、背中合わせで描かれてる絵がありますよね。あれがものすごくカッコいいなと。
原 ありがとうございます!
嶋田 あれ見て、原さんにあの構図で超人を描いてみてもらいたいなと思ったくらい、ピッタリ僕らの趣味にハマってましたからね。
原 すみません、元は四次元殺法コンビです(笑)。
嶋田 そうでしたか~。でも、そうして改めてあれこれ見渡すと他にも共通点ありますよね。たとえば僕ら、超人の笑い声にこだわるんですよ。
原 アシュラマンだと「カーッカカカ!」ですよね。
嶋田 王騎がよく「コココココ」って笑うじゃないですか。あれ見て、原さんもそういうことやってるのかって嬉しくなったんですよね。
原 ああ、言われてみるとそうですね! 明確に意識してたわけじゃないんですけど、たぶんそれは擦り込みで無意識に影響を受けてやってたんだと思います。
嶋田 あと、読んでて羨(うらや)ましいと思うのは、描写に躊躇(ちゅうちょ)がないと言いますか、相手の首を刀でスパーンと斬って飛ばしちゃうじゃないですか。
あそこまでやりきると絵として気持ちいいですよね。『キン肉マン』でそれをやるとグロいからやめてくれって、必ず苦情がくるんです。だから僕らはもうやらないんですけど、でも原さんの描き方だとそれが全くグロく見えないのはいいなと思います。
原 そこはもう現実感がないくらい勢いよくやることで、逆にグロさを出ないように気をつけてます。もしそれをリアルに描くとあんな綺麗に斬れるわけがなくて、刃こぼれもするでしょうし、甲冑(かっちゅう)もぐちゃぐちゃになるんだと思います。
とはいえ、毎回それでいけるわけでもなくて、ドラマを作った武将の最期はさすがに気を遣いますね。たとえば信が輪虎(りんこ)を討った時も、首スパーンではあんまりですから、胸を貫く形にしました。
嶋田 なるほどね。
原 名のある武将ほど退場させる時が大変ですね(笑)。どういう決着の描写にするかは、いつも頭を悩ませます。
作品のつくり方は真逆?
嶋田 あとは歴史モノですから史実に出てくるキャラクターもたくさんいる中に、オリジナルのキャラクターを混ぜて話を作っていかなきゃいけないじゃないですか。その塩梅(あんばい)も難しそうだなぁと思いますね。
原 実は文献がそこまでたくさん残ってるわけではないので、史実だけでは出てくるキャラクターの数は限られているんです。そうなると話を回すためにはフィクションとしてのキャラクターをどうしても出さないといけなくなります。
特に敵国の人物に関してはほとんど資料が残ってないので、そうなるとあたかも実際にいたように読者に区別がつかないように描けるかが勝負になってきます。
例えば、楚の女将軍で●燐(※編集部註:●は女ヘンに咼)というのを出したんですけど、これは僕の作ったフィクションのキャラクターです。他の史実に基づく楚将に彼女をいかに溶け込ませるか、と作り込んでいきました。ところが、予想以上に上手くハマってしまって、逆にここまで作って大丈夫かなって…ちょっと心配になってくることもあります(笑)。
嶋田 難しいなぁ~。史実に合わせるという縛りができるとどうしてもそこに寄っちゃうから、発想がどんどん委縮してしまいそうで。僕らにはできない、無理ですね。
原 僕からすると、史実や年表で何年に何が起こったという目印があったほうが逆に作りやすいです。逆算型なので、そこから肉付けしていけば自然と話は広がっていきますから。むしろ、何も拠(よ)り所がない無の状態から全てを構築していくような、嶋田先生の普段やられている作業のほうが大変に見えます。それこそ『キン肉マン』の世界観を見ると「何もないところからよくこんな面白い世界を紡ぎ出されたなぁ」って感服するしかないです。
嶋田 僕としてはそのほうがなんでも好きにできるから、よっぽど気楽なんですけどね(笑)。そこは原さんとの一番大きな違いかもしれませんね。
原 本当にそう思います。もし、僕が歴史ものじゃなくて完全にオリジナルの話で進めるとしたら、最初にその作品の揺るぎない年表を作るところから始めないと安心して話を作っていけなそうです。
嶋田 それができないんですよね~。つぎ足しつぎ足しでしか話を作っていけない。だから長い間、漫画描いてきてこの歳になっても、まだ読者から「どうせ、ゆではいつもテキトーだから!」なんて言われてしまうんですよ(笑)。
原 いやいや、でもそれはファンからすると愛情表現だと思います! そういえばもうひとつ、これも先生にお会いした時に是非、お伺いしたいと思っていたことなんですが…。
嶋田 はい、なんでしょう?
原 『キン肉マン』は、漫画のヒットはもちろん、アニメ、キンケシなど間違いなく社会現象を巻き起こした作品だと思います。僕はその社会現象というものにものすごく憧れがあって、例えば他にも『ガンダム』や『スター・ウォーズ』などがそうですけど、昔からあるタイトルなのに今でも新しいシリーズやホビーがどんどん出てくる。自分もいつかそういう作品を産み出せたらいいなと思ってるんですが…。
自分の作品のことは気づかないもの
嶋田 いやいやいや、『キングダム』はもう十分、社会現象になってるじゃないですか!
原 そんなことないです。たぶん、そこにはまだまだ程遠いと思ってます。そういう社会現象が巻き起こっている間、先生はどういう気持ちで世間の様子をご覧になっていたんですか?
嶋田 正直なところ、認識は全くありませんでしたね。僕はただ毎週、自分の部屋で締め切りに追われてヒィヒィ言いながら漫画の原作を作ってただけですし。もちろん、そこそこヒットしてくれてるというのはわかってましたけど、社会現象というほどの大層なものだという意識は一切なかったんですよ。
いくらか気づいたのは前作の『キン肉マンⅡ世』を始めた頃ですね。その当時は子供の頃に好きだったという人がようやく大人になって、僕と話をする機会が増えてきて。そこでみんな、まさに今日の原さんのように熱心に話をしてくれるんですよ。最初はそれすらも半信半疑でした。僕の前だからリップサービスみたいに言ってくれてるのかなぁと。本当だと気づくまで結構、時間がかかりましたね。
原 それは意外なお答えです。
嶋田 さっき『キングダム』は社会現象になってないっておっしゃった、その気持ちのほうが僕はよくわかるんです。自分の作品のことは自分じゃ気づかないものなんですよね、冷静に見られない。客観的に見て『キングダム』はすでに社会現象を起こしてると思いますよ。
原 そういうものですか?
嶋田 はい、そういうものですよ。
原 『キン肉マン』関連の商品など、たくさん出されていたと思うんですが、そのサンプルの数だけでもとんでもない物量でしたよね?
嶋田 いや、もう当時は版権のルールも今みたいにしっかり定まってなかったんで、サンプルとか送られてこないもののほうがほとんどでしたね。「キン肉マンデスク」なんていう大きな勉強机の家具までありましたから、正直、送られても困るものもね(笑)。
原 確かにそう伺うと毎週、担当さんと打ち合わせして漫画を描いてらっしゃるだけなら、あまり実感は湧かないかもしれないですね。
嶋田 そうですね。だから今の新しい『キン肉マン』をまた始める気になったのも「そこまで楽しみにしてくれる人がいるのなら」って、今になってようやくわかったからこそ始める気になれたんです。それがなければ始める気にもなれなかったと思いますし、今でもまだ描いてて迷うことがあるんですよ。「こんな昔のキャラ出しても本当に喜んでくれる人がいるのかな?」って。
そういう時は、今の担当も昔読んでくれてた読者だったので「絶対に大丈夫です!」って背中押してくれて、ようやく決断できることも多々ありますよね。そういえば、『キングダム』は青年誌のヤングジャンプ連載作品ですけど、少年誌の週刊少年ジャンプで描いてみたいという思いはなかったんですか?
あと20年以上はやれる!
原 僕はデビューが遅かったので、自分の漫画を載せてくれるならどこでもありがたいという思いで始めました。たまたま、ヤングジャンプとご縁が繋がったということです。影響を受けて育ったのは、やはり週刊少年ジャンプでしたから、自然とその色が濃く出てきます。
時々、ファンの方から「なんで少年ジャンプじゃなくてヤングジャンプでやってるんですか?」って聞かれるんですが、それは少年ジャンプらしさを僕の漫画から少しでも感じ取っていただけているからだと思うので、少し嬉しくもあります。でも、連載はヤングジャンプでよかったと心から思ってます。
会社を辞めて漫画家を本気で目指そうと決めて、周りには3年で結果が出なかったら就職してサラリーマンになるからと約束したんです。その3年目でやっとデビューが決まりました。
嶋田 まさに、有言実行ですね。
原 はい、なんとかギリギリです。『キングダム』という作品自体も僕が頭で考えてる年表的には今、ちょうど半分くらいのところなんですけど、これも100巻は超えないようにしようというのは決めてます。そうしないとどんどん長くなっていきますから。
予定より長くなっていくので焦るんですけど、そこは担当さんに見てもらって判断してもらうようにはしています。「まだ焦らなくていいですよ」と言われるとホッとするんですけどね。
嶋田 その壮大さはやっぱり僕と違いますね。マネできないです(笑)。
―では最後に、お互いの作品に対するエールの交換をお願いします。
原 私から先生にというのは畏(おそ)れ多いですが…今の新しいシリーズも悪魔将軍と武道(ブドー)の闘い、まだこの対談の時点では決着がついてないので、どういう結末になるのかすごく楽しみにしています。お身体をご自愛いただいて、面白い『キン肉マン』がこれからもまだまだずっと読めることを期待しています。よろしくお願い致します!
嶋田 ありがとうございます! 僕らからのエールとしては、原さんは確か今年で42歳になられますよね。
原 はい。
嶋田 ちょうど僕らも今の原さんに近い40歳手前から『キン肉マンⅡ世』を始めて、そこから20年近くまだ描き続けてますから。少なくとも、あと20年以上はやれると思います!
原 身が引き締まる思いです!
嶋田 『キングダム』はもうすでに十分な社会現象になっているとは思いますけど、今の様子はまだ序の口だというくらい、これからもますます大きな社会現象を巻き起こしていかれることを願ってます。僕らもそれくらいの気持ちですので、お互いますます頑張っていきましょう!
原 ありがとうございます。今回は本当に素晴らしいお話をたくさんありがとうございました!
(取材・文/山下貴弘 撮影/榊智朗 クレジット/(c)原泰久・集英社 (c)ゆでたまご・集英社)
●原泰久(HARA YASUHISA)週刊ヤングジャンプの看板作品『キングダム』の作者。会社員経験を経て2006年に30歳で漫画家デビュー。1975年6月9日生、佐賀県出身。
●嶋田隆司(SHIMADA TAKASHI)中井義則先生との漫画家コンビ「ゆでたまご」の原作担当。18歳の時に『キン肉マン』で連載デビュー。1960年10月28日生、大阪府出身。
●キン肉マンスピンオフ読み切り『働け!! ゆでたまご』配信中!