欧米では西洋医療とともに様々な代替医療が治療に取り入れられている(写真はイメージです)

『迷走患者 <正しい治し方>はどこにある』著者の岩瀬幸代(さちよ)が、現在の医療の現場と患者たちの苦悩をリポートする短期シリーズ。

第1回では西洋医療と代替医療の間で迷走する患者たちの実例を、第2回では“医師との信頼関係”を築くための方法について紹介した。

最終回となる今回は、医師に話しづらいと多くの患者が感じている“代替医療”について考える。

* * *

「今の医療は死なないこと、治すことが基本になっている。だから一分一秒でも長生きさせようとする。死ぬことは=恐怖という意識がベースにあるから。でも、鮮やかに死んでもいいという考えがあってもいい」

そう話すのは産婦人科医で池川クリニック院長の池川明氏だ。胎内記憶(*1)の実例を幾多の本で紹介している医師ならではの死生観と捉える向きもあるだろうが、医療の選択は生き方の選択でもあるはず。

*1ーー胎内記憶/輪廻転生する魂が、次に宿る親を自ら選んで生まれてきたことを多くの子供たちが記憶している。

患者主導の医療がどんどん迫る中、後悔しない医療とは死なない医療ではなく、自分らしい医療を受けることともいえる。難しいことだが、重症筋無力症を患いつつ、そんな人生を貫こうとした人もいる。都内で会社を経営する木村蓉子さん(65才)だ。

入院先の病院で突如、蓉子さんの呼吸が停止したのは昨春のこと。意識不明のまま3日間が経過。目が覚めた時、視界に飛び込んできたのは装着された人工呼吸器だった。彼女はポロポロと涙を流して、夫に言った。

「延命治療はしないという約束でしたよね」

呼吸器と胃ろうをしたまま亡くなった知人が脳裏をよぎる。夫も蓉子さんとの約束を忘れたわけではなかった。だが苦しそうに喉をかきむしる妻の姿を見て「助けてほしい」と医師に頼んだのだ。

蓉子さんに重症筋無力症の診断がついたのは3年前のこと。その時に診てもらったふたつの大学病院が提示したのは、いずれも胸腺摘出手術及び大量のステロイドとガンマグロブリン投与という治療だった。だが免疫機能と関係の深い臓器を摘出することを許容できないと感じた彼女は、医師にきっぱり断った。

「病とは闘えても、化学療法には勝てません」

医師からは叱責を受けたが、自然療法を片っ端から試す日々が始まった。ホメオパシー(*2)、波動療法、三井温熱、マコモ風呂、鍼灸、整体、自強術、エドガー・ケイシー療法、ビタミンC療法、気功、霊気……。蓉子さんは当時を振り返る。

*2ーーホメオパシー/「症状を起こすものは、その症状を取り去るものになる」という「同種の法則」により、各症状に効果的なレメディー(砂糖玉の錠剤)を用い、症状を出し切ることで治療する。200年以上前にドイツの医師が創始した。

「ダメでも、これが私らしい生き方」

「医師は立派な人だったし、西洋医療を拒否したのでもない。根治しない対症療法なら受けても無意味と考えたのです。症状は消えても、胸腺摘出などの治療を受けたのでは別の重大な病気を引き起こす可能性があるから」

実は20年前、彼女はステージ3の子宮がんを快医学という療法で治した経験がある。それが今回の難病も代替医療で治せるという確信につながっていた。

だが現実は悪化の一途をたどった。継続した結果、箸も持てず呂律(ろれつ)も回らず飲み込むことさえできない末期症状に陥った。遺言を用意し、式で挙げる経まで決めて覚悟した。その現実を前にしても、後悔は全くなかったと蓉子さんは淀みなく言い切る。「ダメでも、これが私らしい生き方」という強い信念があったからだ。

「この病の苦しみさえも自分で選んで、魂を磨くためにこの世に生まれてきた」という小さい頃に父親から教わった仏教思想も信念を支えていた。

そして在宅での死を避けるために入院した翌朝、呼吸が突然止まり意識不明。知らぬ間に人工呼吸器が装着され、血漿交換とステロイドパルスによる治療が行なわれたのである。

一命を取り留めたものの、彼女にとってはそれからの10日間が最もつらい時期だったという。意に反して装着された人工呼吸器……。「西洋医療の世話になるのは、自分の生き方ではない」という思いが離れなかった。ところが拍子抜けするほど劇的に蓉子さんの症状は改善。10日後には呼吸器を外し、2ヵ月でリハビリも終えて退院したのである。

1年数ヵ月経った今、月に1度の通院で西洋医療を受けつつ、リハビリのためにロルフィングと振音療法、太極拳を行ない、ホメオパシーも再開する予定だ。代替医療に懲りた様子もない。蓉子さんは言う。

「西洋医療への偏見はなくなった。バリアを作らず、どちらもミックスしなければ対処できない病や症状がたくさんある。欧米ではホメオパシーなどの代替医療と併用可能な国もあると聞く。それに比べて日本の医療は、特異と感じる。患者の精神的な支えになるのは代替医療のほうが優れている」

代替医療をもっとうまく使えば治療場面だけでなく予防医療やリハビリも進化し、医療費の削減にもつながるはずだ。だが日本では、代替医療を煙たがる医師は少なくないため、担当医に相談せずに利用する患者も多い。

患者のための医療であるというのなら、西洋医療VS代替医療の構図のもとに敵対するのではなく、メリットもデメリットも互いに認め合い、担当医とあらゆる治療法を検討しつつ共に歩む統合医療が理想に見える。何しろ、西洋医療だけで全ては治せないのだから。

代替医療の扱いが違う欧米の事情

■代替医療の扱いが違う欧米の事情

日本にだけいると、他国も同じような医療状況だと思ってしまうが、国によって事情は違う。

例えば、イギリス王室は砂糖玉の錠剤を服用するホメオパシーを使っていることで知られるが、イギリスでは税金を利用したNHS(国民健康サービス)システムの下で、国民はNHS指定のホメオパシー病院であれば、医師によるホメオパシー治療を無料で受けられるそうだ。

代替医療の適用が医療制度を圧迫しているとして、最近は排除を望む声も上がっているらしいが、「西洋医療では治らない病気を抱える人であれば尚更、ホメオパシーの治療を併用している」と説明するのは同国でホメオパスとして働くナカタヒロさんだ。

NHSを利用せずに自費でかかっても西洋医療より費用は安く、プライベートな保険がカバーしてくれることもあるというから、日本に比べると利用のハードルは低い。言うまでもなく日本では、医療としては全く認められておらず利用料も高い。

またスイスでは、政府が行なったリサーチで「ホメオパシーの使用により、現代医療の治療に費やす経費が低くなり、効果も上がる」という結果が出たことで、国民の医療サービスに正式に加えるようになったという。

ホメオパシーを生んだドイツは、さらに統合医療が進んだ国と言えそうだ。ドイツには、大学を出た西洋医療の医師とは別に、様々な自然療法を扱うハイルプラクティカーと呼ばれる療法師がいる。

解剖学、生理学など西洋医学の基礎も学び、国家資格をパスして初めて得られる資格だ。ホメオパシー、クナイプ療法を始め、ハーブ療法、オステオパシー、カイロプラクティック、整体、鍼灸、指圧、アーユルヴェーダなど数々の代替医療の中で、それぞれに得意分野を持っており、同時に尿・血液検査や超音波検査なども用いることが許されている。西洋医療に限界がある場合や、強い副作用がある場合など多くのケースで保険も適用になる。そして通常の大学出の医師の中にも自然療法を使う人が増えていると言われる。

ドイツを約30年前に訪れ、現代医学を補完する保養地医療があると知った時は目からうろこだったと話すのは日本クナイプ療法協会の大井和子理事長だ。クナイプ療法とは1800年代後半にクナイプ神父が確立した自然療法で、水療法、食療法、運動療法など5本の柱で成り立つ。

ドイツ国内にはクナイプ療法の保養地が60ヵ所あり、さらに温泉療法、海洋療法、気候療法、それぞれの保養地でクナイプ療法を併用する場所も多い。医師が症状に適した保養地を選別してくれるため、そこに3週以上継続滞在すれば、保険がかなりカバーしてくれるそうだ。有給休暇とは別に医療休暇があるため、長期滞在しやすいのだ。

日本人は自国のものに目を向けない!

クナイプ療法が医療として認識されたのは、1972年にフォルクスワーゲン社の保険組合が心臓・循環器障害を持つ約640人を対象に、利用調査を2年間行なったところ、医療費が3分の1に減り欠勤率も減少したのがきっかけだった。「日本はかつてドイツから西洋医療を導入したが“修理工場”の部分のみで、“整備・点検”に当たる予防とリハビリの医療が導入されなかった」と大井理事長は訴える。

これだけ環境が整っていれば、患者は安心して気兼ねなく代替医療を利用できるだろう。というか、ドイツでは優劣の意識がないため代替医療という概念はないそうだ。

一方、アメリカで代替医療が浸透するきっかけになったのは、ハーバード大学が1993年に発表した利用実態調査だ。全国民の34%が利用し、かかりつけ医にかかったのべ回数よりはるかに多く、代替医療の治療院を使っていた。しかも利用者は予想に反して高い教育を受けている人たちだったのである。

こうした状況はマスコミで大きく取り上げられ、国立衛生研究所には代替医療を科学的に評価するための部局が設けられた。研究予算は徐々に大きくなり、米国議会は使用のための法環境を整え、医師は患者から代替医療についての説明を求められて勉強せざるを得なくなっていったという。今では7割近い医科大学で代替医療を学ぶ機会があり、開業医だけでなく大学病院でもカイロプラクティックや鍼灸の専門家を抱え、統合医療を標榜するところが増えている。(米国補完代替医療推進協会HP参照)

■なんと、最も進んでいるのはキューバだった!

日本でも西洋医療と代替医療を併用する統合医療が、行なわれていないわけではない。医師個人が統合医療を進めている例はたくさんあり、そうした医師をはじめ関係者が加入する日本統合医療学会の活動もある。また自民党から277名の議員が参加する統合医療推進議員連盟が年数回委員会を開いており、推進していく方向にはある。

だが、こうして他国における統合医療の現状を知ると、日本は西洋医療に頼りすぎて、代替医療が持っている予防面での効果や西洋医療と補完し合える可能性が生かされていないように見える。世界各国の統合医療の現状を視察して回った日本統合医療学会の小野直哉理事は「国によって全く違う現状を知った」と話す。

「医療システムは国の文化、宗教、価値観、法律に影響を受ける。だからそれぞれの国で独自の統合医療が行なわれている。日本にも日本の統合医療があるべき」とするが、日本における統合医療の前進に向けて一番の阻害要因になっているのは「日本人は、いいものは絶えず他の先進国にあると思って自国のものに目を向けないこと」だと話す。

「医療を変えるのは患者自身」

日本にも独自の伝統的な医療がある…と言っても、おそらく多くの人は漢方も鍼灸も中国のものだと思うだろう。しかし小野理事は言う。「和漢薬、和鍼と呼ばれている通り、日本には中国から入ってきたものを日本流に育てた伝統的な代替医療がある。そこに目を向けなければ日本で統合医療を定着させるのは難しい」。

確かに、ホメオパシーやアロマセラピーやアーユルヴェーダのように近年、日本に紹介されたものに比べ、和漢薬などは明治時代以前からの知識の蓄積がある。また、統合医療が最も進んでいるのは、意外にも欧米ではなくキューバだそうだ。

「他の国々は、西洋医とそれ以外の治療家、両社の間に溝がある。だがキューバは医学を勉強する際、解剖学を学びながらツボを学ぶ、という状況。つまり学ぶ段階から統合医療が実践されているため、統合医療という言葉自体ない」(小野理事)

奇しくも1990年代のソ連崩壊による社会主義経済圏の消失とアメリカの経済封鎖による経済的要因から、予防医療を強化する医療へと変革を迫られ、世界中の代替医療を旧来の医療システムに統合したことが、今の状況を生んだという。

日本人は皆保険の仕組みがあったおかげで予防医療の意識が育ちづらかったという背景はあるにせよ、今後、医療保険制度の崩壊を食い止めるためにも、そして健康寿命を延ばすためにも西洋医療だけに頼ってはいられない時代と言える。

取材を通じて出会った医師の誰もが言ったのは「医療を変えるのは患者自身」という言葉だ。求める者がいなければ何も変わらない。西洋医療を叩く記事も、代替医療を叩く記事も散見するが、互いを悪く言うことは簡単だ。

もちろん法外な料金がかかる怪しげな療法にはなんらかの規制が必要だが、代替医療のすべてを除外するのではなく、どちらにも限界と優位性があることを認め、日本でも統合医療が進むことを願わずにはいられない。そして患者主導の時代であるなら、患者が望む代替医療に偏見なく目を向ける医師が増えてくれることを望む。

(取材・文/岩瀬幸代)

 ●岩瀬幸代(いわせさちよ)スリランカの伝統医療、アーユルヴェーダを取材し続けるライター。関連書5作を出版。『迷走患者――<正しい治し方>はどこにある』(春秋社)は、本人が難病にかかり、西洋医療と代替医療のはざまで悩みつつ理想の医療を見出していく、笑って泣ける社会派ノンフィクション