リミニの夜、誰もいないバス停でひとりポツンと長距離バスを待つ私。
「こんなところにひとりでいたら危ないぞ」
通りすがりの男にそんなこと言われたって、来るはずのバスを待つしかなく半泣き。平気で1時間以上遅れてきたバスに「もう来ないかと思って心配したんだから!」と、ソフトめに文句を言って飛び乗った。
バックパックを体の一部に結び付けて眠りに落ちると、翌早朝ナポリに到着した。
南イタリアの最大都市ナポリは、ローマ、ミラノに次ぐイタリア第3の都市。ふたつの峰からなるヴェスヴィオ火山やナポリ湾が美しい港湾都市で、「ナポリを見てから死ね」というイタリアのことわざがあるほどだ。
が......、「う、これはヤバイ」バスターミナルに降り立った途端、旅人の肌は「いやな感じ」を察知した。
『ゲゲゲの鬼太郎』の妖怪アンテナが反応するように、私の耳はピーンと張り、髪の毛が逆立つような緊張感に包まれた。
「ナポリを見る前に死んでしまうかもしれんですけど......」すぐにそう思った。
バスターミナルや中央駅の周りは貧困層と思われる子供を抱く女性や、麻薬中毒者や不法滞在者らしき男たちがフラフラと徘徊している。私の荷物を物色しているのだろうか、刺すような視線の中を通り過ぎるのはあまりにも怖かった。
ここで私ができることは「警戒しているぞ」とピリピリしたオーラを放つことくらいであったが、彼らからしたらピカチュウがピカピカいってるくらいかわいいもんだろう。
南イタリアは失業率が高いことから貧困が問題となっていて、スリや窃盗などはもちろん、殺人や強姦といった凶悪犯罪も多い。さすがにカモッラというナポリマフィアと私のような一般人がご対面するほどのことはないであろうが、路上で誰かに
「おまえのそのカメラちょーだい。あと金も」
そう言われたら、差し出さないわけにはいかないだろう。そんな雰囲気だった。
私はまずは駅の中のなるべく安全そうな場所に避難し(できればトイレの個室が良かったが)、スマホの地図を頭の中に記憶。安宿があるのは観光地から外れたエリアで不安であったが、フードをかぶりうつむき、とにかく早歩きで向かうことにした。
ああ、ナポリ! 最近の旅先で一番怖いかも!
そしてなんとか無事に安宿に到着し、やっと安堵と思ったら、
「ナポリは危ないぞぉ。現地の俺が言うんだから間違いない。バックは斜めにかけて手で押さえてなきゃダメだ。片方の肩にひっかけてなんかいたら、フュイッだよ!」
ピクサーアニメに出てきそうな、細長い体型のイタリア兄さんが、口笛を鳴らしてスリの動きをマネをする。
「ぜんぜん、笑えないんですけど」
心身ともに疲労困憊でテラスの椅子に腰を掛けると、ただ、サンサンと降り注ぐ南イタリアの太陽だけは本当に気持ち良かった。
今日は宿から一歩も出ずにゆっくり休もう。朝食は3ユーロで食べ放題だし、夕飯もビールを買えばフリーパスタなのはさすがイタリア。
宿泊客は映画に出てくるようなおバカでオタクっぽいアメリカ人のふたり組男子や、男女で飲み会を楽しむ若者グループ、チリ人のカップルは「赤ちゃんができちゃった」と笑っている。
安宿に1泊だけした私は、この後友人に会うために、やっとナポリの表舞台である海岸沿いの高級エリア、サンタルチア地区へ移動する。
まずはバスと地下鉄でメインストリートであるトレド通りに出ると、そこは土産屋やレストランがズラリと並ぶホコ天で、観光客で賑わっていた。
警察官も所々に立っているしだいぶ明るい雰囲気であったが、それでもたまに目つきの鋭い男や私の後を尾けてくる人もいたので、やっぱり気は抜けない。
そんな中でイケメンを見つけた私は、逆にその男をの背中を尾けてみるが、すぐに5ユーロピザの店を発見。
「え、安いじゃん。飲み物付きだしひと休みしよう」
花より団子の私は、結局イケメンよりもピザを優先し店に入ったが、店員もまたイケメンだったのはラッキーである。
メニューは"真のナポリピザ"と言われるマルゲリータとマリナーラの2種。「マルゲリータ」は、1880年代にウンベルト1世と王女マルゲリータがナポリを訪れた際、王女が気に入りその名がついたという。トマトとモッツアレラチーズにバジルが乗った、イタリア国旗の3色を表しているピザ。
「マリナーラ」は「船乗りの」を意味し、ナポリの船乗りがよく食べていたことに由来する、トマトソースとオリーブオイルのシンプルなピザで、ニンニクやバジルかオレガノがかかっていることが多い。
私はマルゲリータを注文すると、イケメンたちがピザを作り始めた。丸くまとまった生地を手際よく広げソースを塗り具材を置くと、今度は別のイケメンが大きなヘラでピザをすくい窯へスライドさせた。
「私だけのためにイケメンたちが揃ってピザを焼いてくれる」という幸せ。とりあえず、女子とゲイには「ナポリに来てから死ね」と言いたい。
ところで、ピザの最大のお作法を知っていますか? それはズバリ「ひとりで1枚食べること」。日本ではシェアが普通のピザですが、本場イタリアでは複数で1枚を注文するのはご法度。子供の前にだって1枚置かれている。
「この、なんでもシェアする時代に、ピザは堂々としているなぁ。モグモグ......」
そして意外にもお上品にナイフとフィークで食べること、ナポリっ子はピザにはワインではなくビールと決まっていると知った。5ユーロピザとセットのワンドリンクはソフトドリンクだったので、私はコーラを選んだ。
「ハンバーガーやホットドッグ、ピザの類にはコーラでとことんジャンクに行く」、これは私ルール。(最後に炭酸をゲフってやったら気持ち良いだろうけど、女子だしレストランだし、やらないよー)
さて、半分ちょい食べきるとだいぶ満腹になってきた。食べきれない人は真ん中だけ食べてピザの耳を残すそうだが、旅人風情がそんな贅沢できるわけもなく耳まできれいに頂く。
「ヤバイ、腹パン。胃が破裂しそうだ」
まだひとつもナポリの絶景を見ていないが、またしても「ナポリを見る前に死にそう」な私であった。
【This week's BLUE】
さすがナポリ。サインには「ピザは広場にある」と書かれている。
★旅人マリーシャの世界一周紀行:第215回「エスプレッソの聖地・ナポリの粋な風習"カフェ・ソスペーゾ(保留コーヒー)"とは?」
●旅人マリーシャ
平川真梨子。9月8日生まれ。東京出身。レースクイーンやダンサーなどの経験を経て、SサイズモデルとしてTVやwebなどで活動中。スカパーFOXテレビにてH.I.S.のCMに出演中! バックパックを背負う小さな世界旅行者。オフィシャルブログもチェック! http://ameblo.jp/marysha/ Twitter【marysha98】 instagram【marysha9898】