『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、メンバーの逝去により今年あらためて評価されている音楽グループ・YMOの功績を、アメリカの社会史から考察する。
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今年に入り高橋幸宏さん、坂本龍一さんが相次いで亡くなられ、1980年代初頭からテクノ、ニューウェーブのムーブメントの象徴となったYMOが残した作品群や功績があらためて注目されています（東日本大震災後の坂本さんの政治的発言について、私は批判的な立場ですが、今回はそれとは別の話です）。
「YELLOW MAGIC ORCHESTRA（イエロー・マジック・オーケストラ）」というグループ名は、白人でも黒人でもない〝黄色人種独自の音楽〟を意味し、そのサウンドは1950年代から60年代に全米で流行した「エキゾチカ」（東洋的あるいは南国的な音楽）を、コンピューターを駆使して再構築する試みでした。
白人社会でステレオタイプ化された東洋のイメージを逆手に取り、新しいアプローチで音楽を作り上げた――これが一般的な論評になるでしょうが、歴史的・社会的背景なども加味してみると、YMOが示そうとした〝風刺〟の形はより鮮明に見えてきます。
YMOが元ネタにした「エキゾチカ」は、日本を含む東洋や南太平洋、アフリカといった地域の〝風味〟や音階を取り入れた架空のコラージュ音楽です。
もっとストレートに表現するなら、「白人」と「黒人やヒスパニック、その他の人種」を厳然と区別する、いわば奴隷制時代や植民地時代から続く「人種の序列」がまだ存在していた時代に、白人が〝上から視点〟で無邪気に非白人の〝野蛮な文化〟を解釈したものともいえます。
ではなぜ、そのような音楽が第２次世界大戦後のアメリカを席巻したのか。大きな理由のひとつは、戦争の忌まわしい記憶を〝上書き〟する必要があったためでしょう。
太平洋戦争に動員された若き米兵が南太平洋や東アジアから持ち帰ったさまざまな文化は、彼らの目からすれば奇異なものが多かった。キリスト教的道徳観により日常的に欲望を抑えつけながら暮らす人々にとって、そこには奔放で猥雑、妖艶な魅力があったようです。
50年代に入りどんどん増えた中産階級の人々は、そうした文化をのみ込むことで、無意識のうちに忌まわしい戦争の記憶（黄色人種に対する差別や原爆投下といったことも含む）を美化しながら忘れようとしたのでしょう。
また、多様性が許されず（そのような概念がまだ存在せず）、なおかつ安定的に経済が発展している社会で、「ちょっとした非日常」がエキゾチカのような形で許容できたとも言えるでしょう。こうして音楽でも映画でも、エキゾチックなエッセンスが受け入れられたのです。
例えば、当時のエキゾチカを代表するマーティン・デニーというミュージシャンの音楽を聴くと、そのモチーフはいわば差別や決めつけを含む寄せ集めで、欧米の白人社会が〝南国の楽園〟や〝東洋の神秘〟をいかにステレオタイプ化していたかわかります。
ただし楽曲としての構築度は高く、先にフランスの作曲家モーリス・ラヴェルやクロード・ドビュッシーが取り入れていた「東洋風味」にも匹敵する再構築だと思います。東洋人にとって偏見という腹立たしい副作用がありながら、完成度が高い大衆向けのエンタメ作品群でした。
そして、その二十数年後に発売されたYMOのファーストアルバムでは、マーティン・デニーの『Firecracker』という曲がカバーされています。
YMOの功績は、完成されたエキゾチカというものを深く理解し、同等に説得力のある形で再構築したこと。その過程でモチーフは「高貴な野蛮人」から「人類を無用の存在にするテクノロジー」へと移されました。
そこには「東洋人が西洋を見返してやる」といった当時の日本社会の勢いを単純にくむだけではなく、「原点とは何か？」といった深遠な問いかけが込められていたのでしょう（ただしYMOの大ヒットは、「これからは東洋知の時代だ」とうたうような〝ポップ思想家〟が大流行するきっかけにもなったと思います）。
欧米の大衆文化で描かれてきた架空の「日本」「中国」「東洋」といったものを逆に取り込み、風刺を加えて再構築したメッセージを、当時きちんと受け取った欧米人がどのくらいいたかはわかりません。しかし今や時代は変わり、少なくとも露骨な偏見や差別は悪であるとの認識が広がりつつある。〝イエロー・マジック〟はようやく社会に浸透し、効力を発揮してきたのかもしれません。
●モーリー・ロバートソン（Morley Robertson）
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数
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