国内向けの発信でも外交においても「噓」をいとわないプーチン大統領。しかしそれが仇(あだ)となる可能性も 国内向けの発信でも外交においても「噓」をいとわないプーチン大統領。しかしそれが仇(あだ)となる可能性も 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、ロシアで先日起きたプリゴジンの乱を出発点として、プーチン政権のもろさ、そして中国や北朝鮮なども含めた独裁政権の弱さについて考察する。

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「暴力」と「嘘」で隠されてきた権力のほころび

ロシアの民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジンの反乱については、さまざまな分析や解釈が飛び交いました。

今後また新たな事実が出てくることもあるかもしれませんが、現時点ではプーチン政権のもろさ、その権力が絶対的ではないことを強く印象づける結果になったと私は受け止めています。

KGB(現FSB)出身のプーチンは、「暴力」と「噓」(時には部分的に真実を含ませた虚偽情報)によって大国を支配してきた権力者です。

多くの国民は暴力装置(軍や治安組織、情報機関)にあらがうよりも、政府が発信する情報を(少なくとも表向きは)受け入れ、外国から見れば〝並行世界〟のような社会で生きてきたわけですが、ウクライナ侵攻が始まって以降は、さすがに政府の言い分を信じ続けることが難しくなっています。

経済は悪化し、多くの若い兵士たちが亡きがらとなって戻ってくる――政府にひれ伏す主要メディアの情報と、目の前に広がる現実やネットで見られる情報との矛盾が拡大する中で起きたのが、プーチンの〝子飼い〟といわれていたプリゴジンの反乱でした。

プリゴジンはSNS(テレグラム)で、数十万人のフォロワーに向けてロシア軍幹部への罵倒、さらには「こんな戦争はそもそも必要なかった」と、プーチンが掲げる戦争目的まで否定する発信をしました。

オリジナルの投稿が削除されても、ネット空間にはそのコピーが半永久的に残り、見ようと思えばたどり着くことができる。その中長期的な影響は、決して小さくはないでしょう。

プーチンがつくり出したシステムの中では、誰ひとりとして物申す存在はいないと思われていた(そのような専門家の分析も多々あった)のに、実際には寝首をかかれてもおかしくない状況だった。軍事に関してはズブのシロウトのはずのプリゴジンにあれだけの反乱を起こさせ、しかも一部に同調者を生むほど、ロシア軍はアップデートできておらずボロボロだった。

冷静にそれらの実態を考えると、権力のほころびは「暴力」と「噓」によって巧妙に隠されていただけなのでしょう。 プリゴジンはもともと軍事のプロではないが、ワグネルが戦うウクライナ東部からSNS投稿動画でロシア軍上層部を猛批判し、国民人気を高めた プリゴジンはもともと軍事のプロではないが、ワグネルが戦うウクライナ東部からSNS投稿動画でロシア軍上層部を猛批判し、国民人気を高めた

同時に、ロシア国民が積極的にプーチン体制を支持しているわけではなく、「ぬるく傍観している」様子も見えました。反乱を起こしたワグネルやプリゴジンに喝采を送った人々のみならず、それ以外の多くの国民や治安組織・軍の構成員も、本気で、あるいは体を張ってまでこの体制を守りたいと願ってはいない。

政権転覆のためにアクションを起こすほどの熱はなく、経済の不安定さゆえに目先の安定を優先し、ただ緩やかな日常の維持を求める――その「ぬるさ」こそが、プーチン体制を継続させているのかもしれません。

中国や北朝鮮の崩壊を真剣に考えておくべき

今、私たちが突っ込んで議論するべきなのは、こうした独裁体制のもろさ、不安定さについてだと考えます。

日本にとって安全保障上の脅威である中国の共産党政権や北朝鮮の金(キム)王朝について、私たちはしばしば独裁体制の下で権力を完全に掌握し、巨大マシンのごとく社会を動かせるかのようなイメージを持ってしまいがちです。

ただ実際にはロシアと同様に、「噓」を塗り重ねることで肥大化している部分が確実にある。それがいつ暴発するかわからない不安定さを構造の中に抱えているとみるべきでしょう。

中国の場合、民主主義国家では許されない人権度外視のAI監視体制を敷くなどして、政権の盤石さをアピールしています。

しかしその生命線は、いびつな経済構造が拡大を続けていることにより、今のところは国民が「独裁体制の打倒や民主化を求めることにそれほどメリットを感じていない」ことでしょう。逆に言えば、その〝凪〟の状態からひとたび風が吹けば、大嵐となる可能性があります。

北朝鮮に至っては、核・弾道ミサイル開発で日本を含む諸外国を恫喝することにより、なんとか生き永らえている状態です。

金正恩(キム・ジョンウン)体制は、シェイクスピアの名作『マクベス』でいえば第5幕――悲劇に向けて坂を転げ落ちているといってもいい。今のままではグローバル経済から切り離されて国民は困窮し、目覚ましい発展を遂げる可能性もなく、いつか来る自壊を待つのみです。

確かに民主主義体制は、独裁と比べればわずらわしい政治的手続きや非合理に見える仕組みが多々あります。しかし歴史を見れば、民主主義体制そのものが滅んだ国は今のところなく、逆に多くの独裁体制はいつか終わりを迎える。

史上最悪の独裁者ともいわれたルーマニアのチャウシェスク(1989年没)や、アフリカの〝反米リーダー〟を気取っていたリビアのカダフィ(2011年没)の最期も、実にあっけないものでした(どちらも記録映像が一部公開されています)。

中国による台湾侵攻の懸念を論じるなら、それがきっかけとなって共産党政権が瓦解するシナリオも検証する。北朝鮮のミサイルへの恐怖をあおるだけでなく、金正恩の失脚リスクについても考える。

そういった突っ込んだ議論をお遊びではなく真剣に、タブー視せず重ねておくことが、独裁国家に対する〝解像度〟を上げることにつながるでしょう。

それともうひとつ、現代社会では独裁体制のほころびがリアルタイムで漏れ出てくるという要素にも注目しておく必要があります。プリゴジンがテレグラムでウクライナ侵攻を批判したように、かつての時代とは違って「異変の兆候」を権力者がすべて隠し続けることはできません。

東アジアで異変が起きたときの心構えやシミュレーションをしておくこと。その予行演習の意味も含め、ロシアやベラルーシの今後を真剣に見ておくこと。これがプリゴジンの反乱から得るべき教訓であると私はとらえています。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数

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