『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソン(広島育ち)が、米映画『バービー』『オッペンハイマー』の公開に際して起きた炎上事件の背景をひもときながら、現代アメリカ人の「原爆観」を解説する。
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個人のエンパワーメントがテーマの現代的なコメディ映画『バービー(Barbie)』と、原爆の父といわれる科学者を描いた歴史映画『オッペンハイマー(Oppenheimer)』が全米で同時に公開されるに当たり、SNSでは"Barbenheimer(バーベンハイマー)"なる造語とともに、原爆をネタにした悪趣味なミーム合戦(≒画像大喜利)が繰り広げられました。
そこに『バービー』の英語版公式アカウントが軽率に「乗った」ことで、日本側からは怒りの声が上がりました。
配給元のワーナー・ブラザースは謝罪を表明しましたが、一般的なアメリカ人の感覚は「悪ふざけが通じなかった」くらいのものでしょう。原爆投下を巡る意識にはそれくらい温度差があり、日本人が怒りをストレートにぶつけたところで、今を生きるアメリカ人の「軽さ」を変えることは難しいかもしれません。
むしろ私は、「怒りvs無関心」の構図から離れて、そういうアメリカ人にこそ広島や長崎に気軽に来てもらうよう促すべきだと思います。
広島への原爆投下から78年後の 今年8月6日、私は現地でラジオの生放送番組に出演しました。この日、長い行列ができていた平和記念資料館(原爆資料館)の今年度の入館者数は過去最高ペースで推移しており、そのうち外国人が占める割合も約4割にまで増えているそうです。
私が原爆資料館を訪れるとき、必ず目に入る印象的な光景があります。物見遊山のつもりで来たであろう欧米人(多くはアメリカの白人)が、出口付近のソファに倒れ込むように座っていたり、ティーネイジの娘が階段で膝を抱えていたり......。
これは言うまでもなく、展示資料があまりにも凄惨で衝撃的だからですが、ショックの理由はそれだけではありません。
多くのアメリカ人は「原爆投下のリアル」を教えられず、知らずに育ってきたのです。
もちろん、原爆投下の正当性を主張するような声はさすがに近年では減っています。それでも「あれで多くのアメリカの青年たちの命が救われた」と無邪気に考えている人の多くは、原爆があそこまで残酷な結果をもたらしたとは知らない。
だから軽いノリで"バーベンハイマー"のミーム合戦に参加できるのです。
私が知る限り、原爆資料館を訪れたアメリカ人は世代を問わず、ほぼ百発百中で大きなショックを受け、自責の念にかられます。これはベースにクリスチャンとしての信仰があることも大きいのかもしれません。
そうして打ちひしがれた後には、いったんスタバやマックで気を落ち着かせて、夜はカキフライやお好み焼きでも食べてもらえばいい。今の広島の日常に触れることで、人類史に残る悲惨な被害から復興を遂げた街への理解度が上がる。
そうなって初めて、本当に歴史と向き合うことができると思うのです。
近年、米社会はジェンダーや人種の問題など"不都合な真実"をタブー視せず徹底的に議論し、多様性を推し進めており、この点は間違いなく日本より進んでいます。
その米社会でもいまだ"積み残し"になっているテーマが環境問題と歴史問題。しかし、オバマ元大統領やバイデン大統領の広島訪問もひとつのきっかけとして、原爆投下の総括や、奴隷制や建国に関する闇の総括にも、米社会はきっとそう遠くない将来、手をつけていくのだと思います。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数