『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、欲望に忠実に生きられた高齢世代と現状維持を是とせざるを得ない若者世代のギャップの難しさを考察する。
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最近わけあって、アメリカの文豪アーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961)の作品を読み返す機会がありました。レトリックを極限までそぎ落としたシンプルで単刀直入なその文体は、文学界のみならず大統領のスピーチにまで影響を与えたとされています。
自伝的な要素もある代表作『老人と海』は、老い衰えてバカにされていた漁師が、流血を伴う格闘の末に巨大カジキを釣り上げるも......という物語(続きは読んでみてください)。
その前に出版した10年ぶりの新作が批評家に酷評され、"終わった作家"のレッテルを貼られた中で書き上げた本作で、晩年のヘミングウェイは名声を取り戻しました。......が、今回の主題はそこではありません。
果たして、現代社会において歓迎されうる"ヘミングウェイ的な生き方"は実現可能なのか――そんな問いが頭をもたげました。
ある種マッチョで父権的な彼の作風には、ライフスタイルが大きく影響しています。
とにかく自分の人生を輝かせたい、「伝説」をそのまま生きたいという強い欲望に忠実であり続け、数多くの女性を振り回すのも、サバンナで数十頭単位のライオンを狩るのも、わざわざ内戦中のスペインに記者として赴くのも勲章。
そんな"ワイルド"な生き方は当時のアメリカの白人男性の"憧れのテンプレート"となり、その残滓(ざんし)はいまだに息づいています。
MAGA(米国を再び偉大に)という"負のフロンティア"を掲げるドナルド・トランプ前大統領や、火星という"飛躍したフロンティア"を提示するテスラCEOイーロン・マスク氏の大衆扇動も、ある意味でこの系譜に位置づけられるかもしれません。
しかしその一方で、アメリカに限らず先進国の若い世代は、次第に「もう頑張れなく」なってきています。
ごくひと握りの富と権力を手にした者たちがうたうフロンティアは蜃気楼(しんきろう)のようで、そのゴールに向かうための「がむしゃらな努力」も全肯定しにくい。
しかもグローバリズムが進行する中、欲望を追求すればするほど他国の労働者や自然環境が搾取される――そんな事実が可視化され、従来の価値観に疑問を抱く感覚が広がったのでしょう。
日本でも近年、「脱成長」を掲げる斎藤幸平氏の著書『人新世の「資本論」』がベストセラーになりました。超高齢化と経済停滞が当たり前になったこの国では、「フロンティアより現状維持」という文脈がより心に染み込むのかもしれません。
私も従来の資本主義に問題があることには完全に同意します。ただ、その解決策が「脱成長」というのはどうなのか。
他者にも地球にも迷惑をかけず、一生かけて心穏やかに死ぬための準備をするという選択も尊重しますが、欲望をそぎ落とすことは行動半径も想像力もシュリンクさせ、世界に対する「無感動」「無関心」を誘発する可能性をはらむ。
それがぐるっと回って、狭い世界で求心力を発揮するカルトへの憧れへと"転身"する傾向もあります。
結局、ヘミングウェイのような"憧れの誰か"についていく熱狂も、省エネ・現状維持に特化した生き方も、持続可能ではありません。
現代を生きるわれわれには、各人が自分の選択で幸せを模索し、道を切り開く作業を生涯続けるという重い課題が突きつけられているのかもしれません。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数