モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
一般市民の犠牲もいとわぬ苛烈な報復、そしてこれまでの「抑圧」がクローズアップされるにつれ、国際社会ではイスラエルへの風当たりが強くなりつつある。それでもイスラエル擁護の姿勢が際立つアメリカの「歴史」と「事情」を、『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソン氏が解説します。
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パレスチナ自治区・ガザ地区を実効支配するハマスがイスラエルに仕掛けた大規模な襲撃テロは欧米社会にも大きな衝撃を与え、当初はイスラエルへの同情論、対ハマス強硬論がおおむね主流だったように思います。
しかし、その後のイスラエルによる空爆が民間人の甚大な被害を生み、地上侵攻でさらなる犠牲が予想されること、そしてこれまでイスラエルがパレスチナ人を長年抑圧してきたことから、次第にパレスチナへの同情論が勢いを増してきました。
そんな中、アメリカはイスラエルとの連帯を強調し、国連安全保障理事会や国連総会の決議でもイスラエル擁護の姿勢を際立たせ、逆風が強まっています。
アメリカ政界や経済界の上層部にはユダヤ人が多く、ロビー団体も強力だ。だからアメリカは親イスラエルなのだ――。そんな解説を見聞きしたことのある人も多いでしょう。ただ、現実にはもっと複雑な事情が絡み合っています。
約2000年前、ローマ帝国に王国を滅ぼされたユダヤ人たちは各地に離散し、迫害の歴史が始まりました。19世紀後半から20世紀初頭には、東欧のユダヤ人排斥(ポグロム)から逃れる形で多くのユダヤ人が新天地アメリカに渡ります。
その後、欧州でナチスドイツがユダヤ人を苛烈に弾圧し、ホロコーストの悲劇にまで至ったことは日本でも広く知られています。
こうした背景から、ドイツをはじめ欧州社会にはユダヤ人に対する贖罪意識が今も残り、一方アメリカではナチスを倒し、ユダヤ人を救って民主主義を守ったことが誇らしく語り継がれています。うがった見方をすれば、第2次世界大戦はアメリカが「絶対的な正義」を主張できる最後の戦争でもあったのです。
補足すれば、その後のベトナム戦争は国民世論を二分し、最後は敗北に等しい撤退。イラク戦争については「2001年の同時多発テロのショックで脊髄反射的に攻撃しただけの戦争。そもそも根拠がなく、ひたすら残酷なものだった」と見る人と、「イスラム原理主義のテロに対する正当な防衛だった」と見る人との間で深い分断が生じています。
1948年、アメリカはユダヤ人国家イスラエル建国に大きな役割を果たし、直後に勃発した第1次中東戦争でもイスラエルを支援しました。以来、アメリカにとってイスラエルは、外交戦略的には「中東に民主主義をもたらす要」「反米勢力が中東を牛耳らないようにするための要塞」として、重要な友好国であり続けています。
しかし、実はそのアメリカでも、1920年代には強い反ユダヤ主義が優生思想と合体する形で唱えられ、極右団体、白人至上主義団体はユダヤ陰謀論を広めるようになります(それが欧州へ〝伝播〟し、ナチズムに影響を与えたとの説もあります)。
やがて国内の経済問題まで反ユダヤ思想に結びつけられ、第2次世界大戦期にはナチスに迫害されたユダヤ人難民の受け入れを渋ったこともありました。その反省や贖罪意識、さらにはアメリカ社会の各階層に残留する反ユダヤ主義への危機感もあり、戦後アメリカのメディアや知識人はイスラエルを批判することに抑制的で、慎重です。
ウクライナにルーツを持つユダヤ系アメリカ人ノーム・チョムスキーなど、一部のリベラルな知識人たちはイスラエルの罪に言及し続けていますが、それがマジョリティに響かないのは、こういった言説はともすれば反ユダヤ主義やユダヤ陰謀論を展開する人々に利用されかねないという潜在意識があることとも無縁ではないでしょう。
今回の問題に関連して、そんな空気がよくわかる〝事件〟も起きています。
ハーバード大学の学生団体が「暴力の責任を負うべきはイスラエルの『アパルトヘイト(人種隔離)体制』だけだ」と、イスラエル側にすべての原因があると主張する声明を発表したところ、総スカンといってもいいほどの猛批判を浴びたのです(一部の企業経営者からは「署名した学生は先々まで雇用しない」といった声まで上がりました)。
戦後、イスラエルと戦勝国が一方的に現状変更をした結果、パレスチナ人たちが弾圧されている。ならば時計の針を75年分巻き戻し、ユダヤ人は元いた場所(その「場所」で長年、ユダヤ人たちは迫害されてきたのですが)に戻るべきではないのか――そんな〝単純で危険な結論〟が多くの人々の心に巣くってしまう怖さを、米社会は身をもって知っているという見方もできるかもしれません。
ただ、この学生たちに限らず、近年はアメリカの若年層が「パレスチナ寄り」になっているのは確かなようです。今年3月に「ピュー・リサーチセンター」が実施した調査によると、パレスチナ人に好意を持つ30歳未満のアメリカ人の成年は61%で、イスラエル人への好意を上回りました。
この世代は、2001年の同時多発テロ発生時はまだ生まれていないか、小さな子供で、アメリカ中にイスラム教への恐怖や偏見が広がったあの空気を経験していません。リベラルが主流で人権意識が高く、イスラエル国家によるガザへの迫害やヨルダン川西岸で国際法違反の入植が進んでいるという「事実」にも極めて批判的です。
また、アメリカ社会の政治、経済、学術機関において戦後、高い地位をキープし続けてきたように見えるユダヤ人たちへの冷淡な視線という「情緒」もある。その情緒には、「同じマイノリティでも黒人やヒスパニックは社会的な上昇を阻害されてきたのに」という相対主義が見受けられます。
ただし、「非白人ほど差別されなかったからユダヤ人は楽な思いをして、今は上流階級に居座っている」とする言説は、多くのユダヤ系の人々の苦難、努力、才能を否定する安直なものであり、なおかつ反ユダヤ主義に〝材料〟を与えかねない論理展開でもあります。
このように、今や「アメリカ国民のイスラエル観」は一枚岩ではありません。
また、政治においても以前は「保守・共和党はイスラエル絶対支持、リベラル・民主党はイスラエル国家に批判的」という整理が一応成り立ちましたが、今回の紛争では民主党のバイデン政権が最大級のイスラエル支持を打ち出し、それもまだらになりつつあります。
まだまだ説明しきれていない点も多いのですが、この複雑さこそが問題の根深さ、解決の困難さを示しているということくらいは、日本でももう少し知られていいのではないかと思っています。加害者と被害者をきれいに分けてジャッジしたいという「見物人」の視線からは卒業するべきでしょう。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)