モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、巨万の富を持つアメリカのスーパービリオネアたちによる政治への「介入」が民主主義に及ぼす危機について解説する。
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シリコンバレー出身の起業家・投資家たちが、現代社会の法や倫理、慣習から考えると荒唐無稽なレベルの未来像を描くのは珍しいことではないでしょう。
しかし、もし彼らの世界観がアメリカの政治を通じて民主主義に"侵食"し、いずれ人類や地球の未来までも揺さぶりかねないとしたら、どうでしょうか?
2010年の連邦最高裁判決により、アメリカでは特定の候補者に属さない政治資金管理団体(スーパーPAC)の政治献金の上限額が撤廃されました。以来、スーパービリオネアたちは自身の欲望の実現を手助けしてくれる(あるいは邪魔をしない)候補者に意図ある献金をし、選挙や政策への影響力を強めています。
その代表格が、かつてイーロン・マスクらと共にインターネット決済サービス企業ペイパルを創設したピーター・ティールでしょう。フェイスブックの初期投資家としても有名なティールは、16年の大統領選でドナルド・トランプを支持し、18年以降だけでも共和党の候補者らに約4000万ドル(約60億円)を献金するなど、共和党の強力なスポンサーとして存在感を示してきました。
ティールはトランプへの失望から24年の大統領選では共和党を支援しないと表明しましたが、米ウェブサイト『The Atlantic』はその思想や政治との関わりについて11月9日に特集記事を配信しています。
そこから見えるのは、「自由と民主主義が両立するとは信じていない」と公言し、民主主義をハックすることで非民主主義的な世界を実現しようとする極端なリバタリアン(自由至上主義者)の実像です。
選ばれしエリートの"入植地"として南太平洋上に浮かぶ都市国家を創設するプロジェクトに入れ込んだり、イーロン・マスクのスペースXが窮地に陥った際に多額の投資で救済したりといった行動の源泉は、あらゆる規範や規制から自由になりたいという強烈な欲望です。
海上であろうが、宇宙であろうが、サイバー空間であろうが、能力のある"超人"たちが自由に振る舞える「ユートピア」を実現する――。ある種の優生学にもつながりかねない彼の壮大な世界観は、シリコンバレーのビリオネアたちにも多大な影響を与えているといわれています。
そんな彼らの夢は、リベラルな価値観や民主主義とあちこちで対立します。基本的人権を所与のものとして富や権力を制限すること、所得を分配すること、人類や地球に対する義務を重視すること――そんなことをしていたら、自分たちの理想とする世界は永遠に実現しない。
だから彼らは、小さな政府を掲げ、気候変動や多様性を軽視する子飼いの候補者たちを強力にサポートするのです。
問題は、先に紹介した連邦最高裁判決によって、スーパービリオネアたちの献金による影響力が、民主主義のバランスを崩すほどに肥大化しつつあること。そして、その資金源となっているビジネスはアメリカ国内のみならず、日本を含む世界中の人々によって支えられ、巨大化を続けているという現実です。
先日、X(旧ツイッター)を退会すると表明したフランスのパリ市長アンヌ・イダルゴ氏は、近年のXを「民主主義の大量破壊兵器」「巨大な世界規模の下水道」と表現しました。
民主主義を資本でハックしようとする試みが何をもたらすのか。望むと望まざるとにかかわらず、ビッグテック企業のサービスに囲まれて暮らすわれわれも真剣に考える必要があるのかもしれません。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)