モーリー・ロバートソン「挑発的ニッポン革命計画」 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アメリカ政治の複雑怪奇な現状を解説。パレスチナ問題を「真っすぐな正義感」からとらえ、バイデン政権のイスラエル支援を批判するリベラルな若者たちの行動が、なぜかパレスチナに最も冷淡なトランプを勝たせてしまうかもしれないという。

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若い正義感が、かえって状況を悪化させる――そんな不幸な事例となってしまう可能性が浮上しています。

スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんは英メディア『ガーディアン』への寄稿記事で、「Climate Justice(気候正義)はあらゆる人の権利を守ることから生まれる。だから世界のあらゆる人権蹂躙と闘う」と主張しました。パレスチナ人に対するイスラエルの行為は「ジェノサイド(虐殺)」だ、人類のサバイバルのために行動を起こすべきだ、という論理展開は、歴史も地政学も些末な問題であると言わんばかりに「極めて真っすぐ」です。

欧米のリベラルな若年世代はこうした「真っすぐなパレスチナ同情論」に強く傾いていますが、政府が国際社会でも突出したイスラエル支持を打ち出しているアメリカでは、国内世論の分断がいよいよ深刻化しています。

その一例が、リベラル系のエリート大学で頻発するパレスチナ擁護デモの一部で、イスラエル批判の一線を踏み越えた「反ユダヤ主義」がノイズのように発露していることに関する論争です。近年あらゆる差別や不適切発言に(時には行き過ぎと思われるほど)毅然とした対応をとってきた大学当局が、今回の反イスラエルデモに関しては「大甘」すぎる、との批判にさらされているのです。

12月6日の連邦議会下院公聴会では、ハーバード、MIT、ペンシルベニアの3大学の学長がトランプ派の共和党議員から強い非難と"罠"だらけの質問を突きつけられて、明確な回答を避けたことも話題になりました。反ユダヤ主義を放置すべきでないことは間違いありませんが、かといって運動を厳しく検閲すれば、学生たちが「旧来型のリベラルは信用できない」とさらに先鋭化していくことも予想され、大学側は難しいかじ取りを迫られています。

その後の動きもさまざまで、ペンシルベニア大学が学長・理事長の辞任を発表した一方、ハーバード大学では学長の解任を阻止するために、教員たちが署名活動を行なう事態に発展。この事案がMAGA(Make America Great Again)運動による大学への介入のきっかけになることを懸念する声も上がっています。

大学の問題に限らず、今後アメリカ国内(あるいはドイツなど西欧諸国)では、「反ユダヤ主義」と糾弾されてしまう「ライン」が大きな問題になりそうです。あくまでも頭の整理として、以下にマイルドな主張から極端な主張まで、あえて微妙なグラデーションで並べてみます。果たしてどこまでが「セーフ」なのか、考えてみてください(もちろんこの問題に「正解」があるわけではありません)。

①シオニズムを信じていないユダヤ教徒の言論は圧迫されるべきではない。

②アルジャジーラのようなパレスチナ寄りのメディアに、もっとイスラエル国内の取材をさせるべきだ。

③イスラエル国籍を持つパレスチナ人(アラブ・イスラエリ)への弾圧をやめ、(パレスチナ人の帰還権:right of returnを主張する自由を含めて)言論や政治活動の自由を保証すべきだ。

④ネタニヤフ政権はこの戦争をどう決着させるか見えておらず、テロ攻撃を受けた失態を糊塗するためにその場しのぎで対応している。あるいはネタニヤフ首相が自身の政治生命を延命すべく、あえて戦争を永続させようとしている疑いがある。

⑤ハマスによるイスラエル人虐殺も批判されるべきだが、イスラエルのガザ攻撃は戦争犯罪だ。

⑥オスロ合意の時点での境界線を元にパレスチナ国家を樹立し、ヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植者を排除するべきだ。

⑦パレスチナ国家を樹立し、イスラエルと共存すべきだ。その場合、オスロ合意よりもイスラエルの領土を縮小するべきだ。

⑧欧米の主要メディアはイスラエルの振る舞いを正当化することが至上命題となっており、パレスチナ人の命を軽んじて報道している。

⑨欧米の国家はイスラエルをえこひいきしているので、パレスチナ人に対する虐待が常態化してきた。

⑩ユダヤ人は確かにホロコーストの犠牲者だが、イスラエルがガザで行なっているパレスチナ人の殺りくは新たなホロコーストのようなものだ。

⑪ハマスや「イスラム聖戦」は欧米でテロ認定されているが、実は抑圧的な植民地政策に対する抵抗運動の側面もある。

⑫イスラエル建国にともない追放されたパレスチナ人のすべてに元の土地への帰還権がある。

⑬第二次世界大戦後、パレスチナ人の合意を得ずに建国されたイスラエル国家の存在自体が国際法にも人道にも違反している。

現状では、日本のリベラル左派メディアが引いている「ライン」は⑤と⑥の間あたりでしょう。⑫は英語圏でも影響力のあるカタールメディア『アルジャジーラ』が主張しているラインで、欧米の左派知識人でも支持する人々が少なくありません。また、⑬はハマスや日本赤軍、アルカイダなどの主張で、イスラム圏ではかなり広く受け入れられています。

アメリカでは10月7日のハマスの襲撃以来、どのラインで政治家、学者、セレブ、インフルエンサーが発言すると「火がついてしまう」のかというラインが日々、揺れ動いているように見えます。また、この状況を利用して、あえてスレスレの発言をして炎上を狙う左派の過激なアジテーターが出現する可能性もある。日本からは遠い話のように見えてしまうかもしれませんが、アメリカ国内で新たな言葉狩り、思想狩りが扇動されてしまうと、いずれ全世界の不安定要因となりかねないことにも留意すべきです。

ところで、ここまでの話は「親イスラエルの保守派と若いリベラル層の対立」あるいは「イスラエルに配慮する旧来型リベラルと、原理原則を主張する新世代リベラルの対立」というシンプルな構図に見えるかもしれません。しかし、米大統領選まで1年足らずとなった今の状況では、さらに複雑な問題を呼び起こしています。

2016年の大統領選で民主党候補の座をヒラリー・クリントン元国務長官と争った左派のバーニー・サンダース上院議員は先日、バイデン政権が提出したイスラエルとウクライナへの軍事支援を含む法案に、共和党議員と共に反対票を投じました。「イスラエルへの軍事支援は、パレスチナ人に対する犯罪への加担と同義である」というのがその理由です(ちなみに共和党はウクライナ支援とアメリカ国内の不法移民対策をてんびんにかけるなどの駆け引きを行なっており、サンダースがそれに賛成したわけではありません)。

ユダヤ系アメリカ人のサンダースが、イスラエルのネタニヤフ政権と米バイデン政権を批判する姿は、妥協を許さない若い世代には「本当の正義を貫く大人」として映ったでしょう。国連安全保障理事会に提出された人道目的での即時停戦を求める決議案に、またもアメリカが拒否権を行使したこともあいまって、バイデン政権に対する若いリベラル層の絶望はますます深まっています。

そして、話がねじれてくるのはここからです。

来年の大統領選でZ世代を中心に多くの若年層がバイデン政権から離反すると、リベラル票は割れます。一方で、トランプ前大統領が「再選されればユダヤ人の人権を優先する」ことを公約すれば、キリスト教右派をはじめ保守派の票はまとまり、トランプ再選が現実味を帯びてきます。

では、トランプ政権の再来が何を意味するか。第一次政権時代に聖地エルサレムをイスラエルの首都と認定して米大使館を移転し、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への援助を停止したことを考えれば、今よりさらにパレスチナ人の人権が軽視されることは残念ながら間違いないでしょう。また中東だけでなく、第一次政権時代にNATO(北大西洋条約機構)や日韓との同盟を「ディール」の道具にしたように、アメリカ自身がアジアを含む各地域の不安定化リスクとなるでしょう。

今のところ、この冷徹な近未来について考えている人たちは、今のところ民主党エスタブリッシュメントの中にしかいないようです。若い世代が純粋な正義感からバイデン政権に反対し続けることが、「オウンゴール」になってしまわなければよいのですが......。

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