モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、再び盛り上がりを見せているトランプ運動の源流となっている、19世紀の南北戦争以降の「歴史修正」について解説する。
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アメリカ大統領選挙の共和党予備選で圧倒的な強さを見せるドナルド・トランプ前大統領。その支持者たちは、リベラル派のアイコンとなりつつある歌手テイラー・スウィフトのディープフェイク動画を拡散して"おもちゃ"にするなど、またしても米社会を揺るがせています。
いきなり話がそれるようですが、現在、日本にはフェミニズム、トランスジェンダーの人権、性的同意の変遷......が急激かつ同時多発で訪れています。そこに戸惑い、息苦しさ、偽善などの違和感をおぼえている人も少なからずいるでしょう。
リベラル化・多様化のスピードを少しだけ食い止めたいと思うことに、それほど罪はないはず。アメリカ人もきっとそんな気持ちでいるから、トランプはあそこまで支持されているんだろう......。そう思いたくなる気持ちはわかります。
しかし、現実はそう単純ではありません。嘘と差別と暴力を事実上肯定するトランプ運動は、極めてアメリカ・ローカルな流れをくむものです。それをひと言でいうなら、アメリカ建国以来、19世紀の南北戦争を経ても解決できていない「奴隷制のレガシー」から生まれるねじれです。
南北戦争といえば、リンカーン大統領率いる北部が勝利を収め、奴隷制度が廃止されたことは多くの人が知るところでしょう。ただ実際のところ、この戦争の発端はリンカーンの正義感ではなく、前政権時に開戦への流れはおおむね決まっていたようです。
むしろリンカーンの最優先事項は、戦後もアメリカが分裂せず統一国家としてやっていくことで、再建期にも南部の支配層である白人たちに一定の配慮をしていたとされます。そのため奴隷制こそ廃止されたものの、差別は残り、学校、病院、交通機関、公園などの公共施設で「白人用」と「黒人用」が分けられる分離政策が取られました。
また、南部では白人たちの間で「失われた大義=The Lost Cause」と呼ばれる神話も流布されました。南北戦争は奴隷制の是非ではなく「州の自治権=Statesʼ Rights」を争う戦いであったという、(そもそも南部州が合衆国憲法に背いて内乱が起きたという事実を無視した)歴史修正の言説です。
南部連合軍の英雄たちをたたえる記念行事、銅像の設置といった運動が展開され、歴史を都合よく改竄(かいざん)した教科書も作成されました。こうした歴史教科書は1960年代の公民権運動後も普及が続き、今も一部の州では存続しています。
そもそも奴隷制は寛容な政策で、黒人のためでもあった。その権利を連邦政府は南部から強奪していった......。「州の自治権」「宗教の自由」など、憲法に書かれた文言を都合よく再解釈したこの手の詭弁は果てしなく再生産され、やがて保守派の政治的資源となっていきます。
特にリチャード・ニクソン元大統領の「南部戦略(Southern Strategy)」以降、共和党の大統領候補は南部諸州の白人層をくすぐる公約を盛り込むようになり、LGBTの人権やフェミニズム、人工妊娠中絶の是非、不法移民の人権保障といったテーマにおいて、保守vsリベラルの「文化戦争」が続いているわけです。
とはいえ、歴史修正と差別で優位性を保とうとする白人保守層は、時代を追うごとに少数派になりつつありました。しかし、グローバリズムで職を奪われたり、リーマン・ショックで資産を失ったりした"共通の被害者意識を持つ人々"が不寛容の波にのまれ、トランプのMAGA(Make America Great Again)運動へと流れ込んでいったのです。
トランプ運動がいくら「リベラルとの戦い」に全集中したところで、長い目で見れば米社会の多様化がより進んでいくことは間違いありません。その意味では「最後の悪あがき」といえるのでしょうが、しかし、その熱量が目の前の選挙においてはまだまだ大きな力となるのも事実。今秋の米大統領選本選まで(あるいはその後も結果を巡って)、分断と混乱は続いていきそうです。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)