モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、日本でも激安価格と大量広告で浸透しつつある中国EC「Temu」「SHEIN」について世界的に問題視されている点を指摘する。
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すでに日本でも相当多くの人がウェブ広告などで目にしたことのある名前ではないかと思いますが、中国のEC企業「拼多多(ピンドゥオドゥオ)」が手がける「Temu(ティームー)」の勢いが止まりません。
Temuは2022年2月に事業を開始すると、同年9月には早くもアメリカ市場に進出。リリースから2年弱で50の国と地域で展開するなど、破竹のスピードで事業を拡大しています。
今年2月には全米で最も広告掲出料が高いといわれるアメリカンフットボールの祭典、スーパーボウル中継でコマーシャルを放映し、1000万ドル(約15億円)相当の無料ギフトを提供。また日本でも、4月6日に放送されたTBS『オールスター感謝祭』で、番組とTemuのコラボCMが放映されたことで話題になりました。
昨年1年間のTemuのマーケティング費用は30億ドル(約4500億円)と推定されており、そのうち約20億ドル(約3000億円)もの広告費を、フェイスブックやインスタグラムを運営するMeta社に支払ったとの報道もあります。
スローガンは「億万長者のように買い物をしよう」。大量生産・大量消費型ビジネスが世界的に問題視されている近年の風潮などどこ吹く風で、電化製品から日用雑貨まで多種多様な〝激安ウルトラファスト商品〟をそろえていることから、〝ステロイドを打ったAmazon〟とも称されています。
Temuのすごさは、この時代にあっても〝ステロイドを打っている〟ことを隠そうともしていないように見える点です。環境や倫理、人権を重視するよりも、とにかく安さこそ正義だ――とばかり両腕をぶん回して駆け抜けるようなスタイルで、世界中で多くの人々、特に経済的強者ではない若者たちをショッピング依存にさせているというのが実情でしょう。
今年3月末には英イングランドとフランスで、ユーザーに最大100ユーロ(約1万6400円)相当のクーポンを配布するキャンペーンが展開されました。ところが、その応募条件はなんと「ユーザーの写真、名前、声、履歴情報、出身地など多岐にわたる個人情報を、『無期限かつ通告なしに使用できる権限』をTemuに提供すること」という、よく読んでみればドン引きするような内容でした(これが問題化すると、キャンペーンは「内容に誤解があった」との理由で中止に)。
また、アプリをインストールした人の通話履歴や写真、文字記録などに不正にアクセスしていた疑惑や、まるでマルウエアのようにアプリを削除してもデータを取得し続けていた疑惑も浮上しています。
さらに、韓国の税関で数百円のアクセサリーから安全基準値を大きく超える発がん物質が検出されるなど安全面の問題や、有名ブランドの商標を無断盗用していた疑惑もあり、とにかく事業展開も"やらかし"もあまりにアグレッシブでスピードが速い。日本では報道が追いついていないのが現状です。
中国発の激安ECといえば、近年話題の中心だったのはファッションECの「SHEIN(シーイン)」です。
毎日数千から1万(!!)ものアイテムをリリースする一方で、他ブランドのデザインの盗用疑惑や、生産工場の劣悪な労働環境などが問題視されていますが、同社の広報窓口はメディアからの質問に対し「現在調査中です」「事実ではない」あるいは「部分的に見直した」など、毒にも薬にもならない回答を繰り返すのみ。
企業の社会的責任は年々重視され、ナイキもH&Mもユニクロも無印良品も、人権、多様性、環境問題に積極的に取り組まなければならなくなっているにもかかわらず、です(ただし、SHEINは表向きには多様性やボディポジティブを高らかにアピールしています)。
昨年には、アメリカの有名インフルエンサーの女性がSHEINに招かれて中国の工場を見学するツアーに参加したことが大騒動に発展しました。いわゆるアゴアシ付き、通訳付きの〝プロパガンダツアー〟だったわけですが、彼女はその様子をSNSに投稿します――メディアは強制労働だというけれど、そんなことは全然なかった。世の中の情報をうのみにせず、正確な情報に触れることが大切だと学んだ、と。
この投稿はXで1100万回以上閲覧されました。もちろん「否」が中心の、賛否両論の大炎上の結果として。
この騒動が示したことは、無知で無垢な消費者からの熱い支持です。まっとうなジャーナリズムより、自分たちの手の届く楽園を現実化してくれているサービスや、その代弁者たるインフルエンサーを信じたい。そんな世界中の若者たちの欲望を、こうしたECサービスはダイレクトにわしづかみにしているのです。
今年3月末にはフランスの国民議会で、ファストファッション広告の制限や、低価格の輸入品に対して一定の罰金を科すことを定めた法案が全会一致で可決されました。これは事実上、SHEINやTemuの浸透を食い止めるための決議ともいわれています。
その背景にあるのはアパレル製品の過剰な大量消費・大量廃棄問題です。欧州に洪水のように押し寄せるウルトラファストなアパレル製品は短期間で「いらないモノ」となり、その多くは古着としてアフリカ大陸へと運ばれ、そこで最終廃棄される流れができている。しかし当地には十分な焼却施設もなく、むき出しのまま廃棄され土壌や河川を汚染しているのです。これが「安くてかわいい」の裏側にある現実です。
環境負荷や人権侵害を度外視した労働が組み込まれた生産ラインと、露骨なマーケティングによって展開される激安ECのウルトラファストな商品に若者たちが引き寄せられるのは、そもそもグローバルな規模で雇用が不安定化した結果でもあるでしょう。あらゆる社会課題がテーマパークのように同時展開しているこの問題に対しては、現代の先進国の消費者である以上、誰しもなんらかの接点があるはずです。
それでもなお「自分には関係ない」と言い切る人もいるでしょう。しかしそれは、もはや「無知」や「無垢」では済まされない態度であると私は思います。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)