モーリー・ロバートソン「挑発的ニッポン革命計画」 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アメリカ社会に蔓延する深刻な治安悪化の実態を解説する。

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最近アメリカでは集団窃盗が社会問題になっていますが、「Kia Challenge(キア・チャレンジ)」という言葉をご存じでしょうか。"自動車を盗んでみた系"とでもいうべき実況中継動画につけられたキーワード(ハッシュタグ)で、きっかけは「Kia Boyz」を名乗る少年グループがSNSに上げた1本のチュートリアル動画でした。

韓国の自動車メーカー、Kia(起亜自動車)やHyundai(現代自動車)の一部車種は、カギがなくてもUSBケーブルとドライバーを使えば(といっても窓とキーシリンダーは破壊しますが)エンジンをかけられる――そんな"バグ"を発見した少年たちが、窃盗行為の一部始終を公開したのです。

すると、全米各地の犯罪が蔓延する地域に住むTikTokerたち(ギャング予備軍も多いようです)が、それを「Kia Challenge」として模倣。盗難車で市街地を爆走したり、警察車を命知らずの速度で振り切ったりする様子なども続々とアップされました。しばらく遊んだ後は50ドル、100ドル程度で転売したり(犯罪の逃走車として使われるようです)、道端に乗り捨てたり、といった具合です。

地球レベルの社会課題の解決を積極的に議論する意識の高いZ世代がいる一方で、まるで遊ぶように、あるいは暇潰しに、軽々と犯罪の一線を超える"キッズ"たちもいる。これがアメリカ社会の現実です。

その根本的要因は構造的な貧困の連鎖ですが、YouTubeやInstagram、TikTokなどのソーシャルメディアが加速装置になっていることも間違いないでしょう。日本で言う"炎上系"のようなノリで、窃盗、暴力、場合によっては殺人までもエンタメとして中継する発信者、それを消費するフォロワーが増え続け、将来への希望や展望がないゆえに失うものもない若者たちが、さらにその渦の中に飛び込んでいくという構図です。

それをあおるのが、ギャングスターカルチャーを飯の種にするメディアやポッドキャスターたちです。ギャング同士やラッパー同士の抗争は即座に可視化され、ビーフが殺し合いにまで発展することも。直近で言うと、超大物ラッパーのケンドリック・ラマーとドレイクが、曲を通じて辛辣に罵り合った後、ドレイクの自宅に銃弾が撃ち込まれ警備員が負傷するという事件も発生しています(今のところビーフとの直接の関連性は判明していませんが)。

もともとヒップホップとギャングカルチャー、暴力は切っても切り離せない関係ではあったものの、露骨で対立的なスタイルが特徴の"drill(ドリル)"という新しいジャンルが2010年代に台頭し、シーン全体がより過激化しているように思います。

貧困、希望のない家庭環境や教育環境に身を置く若者が、盗みや傷害や薬物密売などの犯罪に手を染める。drillが加速させたギャングカルチャー、そしてソーシャルメディアでは、暴力的な言動が礼賛される風潮がますます広がる。そんな"犯罪の異次元緩和"とでも言うべき現状は、かつてスタンリー・キューブリックがSF映画『時計じかけのオレンジ』で風刺的に描いたウルトラバイオレンスな世界に近づいている――。

そんな気さえしてしまうほどに、日々発信される"中継動画"は生々しく、過激で、それでいて本人たちは悪びれる様子さえないのです。

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