モーリー・ロバートソン「挑発的ニッポン革命計画」 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、衝撃的なニュースなど"情報の洪水"を浴び続ける現代人が持っておくべき「重要な視点」について考察する。

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かつて「虐殺」という言葉は、スターリンによる自国民の大粛清、カチンの森事件(ソ連のNKVDがポーランド将兵数千人を殺して森に埋めたとされる)、ホロコースト、場合によっては広島・長崎の原爆投下、ポルポト、ルワンダなどを形容する際に使われるものでした。

ただ、最近のニュース記事では、「虐殺」という言葉を使用するハードルが下がっているように感じます。例えば610日配信の時事通信の記事の見出しは、『イスラエル、人質救出で274人殺害か ガザ中部で「虐殺」――地元当局』というものでした。

確かに記事中では、パレスチナ自治区ガザの地元当局(つまりハマス)の発言として「虐殺」という言葉が使われていますが、こういった見出しは独り歩きする傾向があります(念のため申し添えれば、ガザで起きていることが大したことではないと言いたいわけではありません)。

アメリカでは、社会正義に目覚めた若者たちの「イスラエルは虐殺を止めろ!!」「ガザの子供たちを守れ!!」といった怒れる声が日に日に大きくなっているようです。

スマホ画面、つまり「自分の日常」に、栄養失調で死にゆく乳児や血だらけの親子の映像といった「現実」がいきなり飛び込んでくる。居ても立ってもいられない気持ちになるのは自然なことです。

しかし一方で、こうした"情報の洪水"にさらされる現代の若者が、ある種の興奮状態に陥った挙句に燃え尽きてしまうことなく、中長期的にメンタルを平常に保ち、冷静に考え続けるための心構えも必要だと感じます。

重要なことは、自分が目にしているのは巨大なジグソーパズルのひとつのピースでしかないという意識でしょう。仮に何百という写真や動画を見たとしても、それは同質な情報を提供し続けるSNSのアルゴリズムが選択した、世界の断片です。

例えば、人道危機はガザだけで起きていることではありません。スーダン西部のダルフールやイエメンの深刻な人道状況、イスラエルの隣国ヨルダンでシリア難民キャンプの子供たちが悲惨な環境に置かれていることなども、知らない人のほうが多いのではないでしょうか。

パズルの全容をなるべく正しく理解するには、歴史的な知見も必要です。イスラエル建国の是非について議論するなら、少なくとも歴史をさかのぼった上でキリスト教とユダヤ教の基礎知識、ユダヤ人が"国家を失った民"になった経緯(これはクルド人の窮状を考える上でも重要な視点です)、ヨーロッパでの排斥を経て起こった建国運動、度重なる戦争と和平プロセスの中断......といったさまざまな要素をPerspective(俯瞰的)にとらえなければいけないでしょう。

また、1980年代以降、イランがヒズボラをはじめハマス、フーシ派などの代理勢力を駆使してガザ、レバノン、イラク、シリア、イエメンといった地域を故意に不安定化させている実態も見つめる必要があります。つまり、イスラエルの現政権以外にも「和平を望まない」強大な勢力が存在しているのです。

再び強調しておきますが、今まさに命の危機に瀕している人々の存在を無視しろというわけではありません。正義に燃えても仕方ないということでもありません(正しい目的と戦略を持ったデモには意味があります)。

ただ、今自分が怒りを感じるニュースを見つめつつ、同時にパズル全体も見つめる必要があります。自分にとって"つかみ"のある半径に絞った「正義」、実務的な解決を無視した善悪二元論の断罪を続けても、結局事態は良い方向に進展せず、絶望と徒労だけが残る。

Perspectiveな視点を持ちつつ、本質的に自分に何ができ、何に貢献できるかを考えたほうが、社会も、弱者も、そしてあなた自身も救われます。

これは戦争や紛争に限ったことではなく、地球環境やアニマルライツの話も同じです。あらゆる問題は「待ったなし」だけれども、簡単な解決方法はなく、個人ができるオプションも限られています。

それでもなんとかしなければと焦って、無関心な人を不愉快にさせてでも問題の存在を知らしめようとアテンション・エコノミー的な抗議行動に出たり、問題の根源を探そうとして陰謀論に迷い込んだりする人々は後を絶たない。

すると、「正しさ」から出発したはずなのに"共感してくれる人の半径"がどんどん狭まっていき、疲労が蓄積して活動がしぼんでいくのです。

動くことは大切です。ただ、問題はどうやって情熱を維持しながら燃え尽きないようにやっていくか。やはり俯瞰した視点から世界への理解を深め続けるしかないのでしょう。

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