モーリー・ロバートソン「挑発的ニッポン革命計画」 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、若い世代が考える「正義」が実現しない社会的背景を考察する。

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先日、某所のファストフード店で、観光で訪日したらしきアフリカ系アメリカ人の母と娘の隣の席になりました。何げない日常会話の中で印象的だったのが、ローティーンの娘さんの「話し方」です。

これは表現が難しいのですが、さまざまな人種やカルチャーが混在し、歴史的に人種差別や格差が組み込まれた米社会では、話し方やワードチョイス、発音などにその人の周辺環境がにじみ出るケースが多々あります。例えばある世代までは、一部の例外を除いて白人の話し方と黒人の話し方には明確な違いがあります。

バラク・オバマ元大統領は、白人と黒人のアクセントのちょうど間を取ったブレンドで話していました。逆に、現役のラッパーの多くはあえてヘビーな都市部のアクセントを強調します。オバマ元大統領は白人がマジョリティの米国民全体に語りかける使命を帯び、ラッパーたちは生まれ育ったコミュニティを大切にするから、といえます。

なお、私自身が英語で話すときは、まぎれもなく「東海岸のサバーブで育った白人男性」の話し方になります。ただ、長く日本に暮らし「忖度」を込めて話すようになったためか、自己主張のニュアンスが弱まり、今は「ヨーロッパの人ですか?」と聞かれるようにもなりました(本人としてはただただ腹黒く空気をうかがっているだけなのですが)。

私が隣り合ったそのお母さんの話し方は、かつてアメリカで聞き慣れたアクセントでした。形容するならば「都会の出身で、働いているお母さん」。南部の州のなまりもほんの少し感じました。

ところが娘さんのほうは、そういった"テンプレート"から外れた"メトロポリタン"な発音で、人種も、「男らしさ」「女らしさ」もまったく感じない。ティーンネイジャーらしいむっつりした口調で、何が正しく、今どこに矛盾があるのか、自分の権利はなんなのかを理路整然と主張していました。

そこから感じ取れたのは、人種やジェンダーの垣根なく、フェアな人権意識を当然のこととする教育を受けていること。これはすごいな、と思いました。将来、米社会では彼女のような人種フリー、階級フリー、ジェンダーフリーの存在がメインストリームになっていくでしょう。

ただし、彼女より少し上のZ世代に標準的な「純粋培養のリベラル」の若者が強く思う「正義」が常に勝利するとは限りません。アメリカに限らず世界共通のことですが、情報過多の時代にあって、リベラル、左派、保守、反動的なそれぞれの人が、自分が好む意見や発信ばかりを額面どおりに吸収し続けた結果、話し合うことなく「穴ぐら」に閉じこもる傾向が強まっているからです。

現在のアメリカではイスラエル・パレスチナ問題、日本なら沖縄の米軍基地問題などが典型かもしれませんが、「なぜここまで解決されず、こんなにこじれたのか」というそもそもの視点は、エコーチェンバーの中まではなかなか届きません。

またジャーナリズムの側も、複雑な問題を単純化し、ある種のバイアスを前提とした解釈=「世界観」を押し出す傾向が強まっています。特に物心ついた頃からそういった情報空間に身を置く世代にとって、バランスのいい結論を見いだすことは簡単ではないでしょう。

そしてその結果、社会全体で「問題の解決や改善を目指す」ことが軽視されているように思うのです。例えば、ガザ地区で多くの市民の命が失われていることは受け入れ難いことですが、「イスラエル国家は成り立ちからして不正義だ」と声高に叫ぶだけでは、今目の前にある危機も、長年続く問題も、解決や改善に向かうことはありません。

では、そこから抜け出すには何が必要か。比喩的な物言いになってしまいますが、それは「本物のドキュメンタリー」のようなものではないかと私は考えています。

作り手が"角度"を決めたりバイアスを込めたりすることを、できる限り排して作られるドキュメンタリー作品には、「取材してみたら想定と全然違った」とか、「明確な結論は導き出せなかった」といったことが多々あるはずです。

逆に言えば、わかりやすい起承転結を求めた時点で、すでに「現実をゆがめる誘惑」に屈している。今の社会は、報道や作品がそんなニーズにおもねり、それを消費する人々はさらに「わかりやすさ」を求めるという悪循環にはまり込んでいるように思うのです。

複雑でドロドロな現実への耐性が低くなることは、ある種の知力低下です。ただ反対に、エグいものに立ち向かう体力を積み重ねていけば、より多くの人に居場所のある社会を育てていけるでしょう。――いえ、本当はそんな未来に期待していません。忖度して表現をやわらげたまでです。

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