モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、米大統領選で伯仲するトランプvsハリスの闘いについて考察する。
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ボラティリティが高い政治を希求するのか、それとも――。まだ大統領選挙の投票先を決めていないアメリカの有権者は今、それを問われているのかもしれません。
ボラティリティとは、乱暴に言えば株価や為替の変動幅を指す金融用語です。ボラティリティが高い商品は、うまくいけば儲け幅も大きいが高リスク。逆にボラティリティが小さい商品は、さほど儲からないがリスクも低い。言うまでもなく、ボラティリティが高く見えるのはハリスよりもトランプのほうです。
ほぼ休眠状態だったXの公式アカウントで投稿を再開した直後に行なわれたイーロン・マスクとのオンライン対談は、瞬間視聴者数130万人を超えたとされますが、トランプの発言は〝ファクトチェックフリー〟の大放談でした。丁寧な議論よりもドライブ感だけを求め、見かけ上のボラティリティを極大化させて支持者を熱狂させるのがトランプ陣営の戦略なのでしょう。
話が少々脱線しますが、今の国際社会において最も強烈な〝ボラティリティ政治家〟のひとりといえるのは、エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領でしょう。就任した2019年に国連総会の壇上でセルフィーを撮ってSNSにアップしたように、インフルエンサー的な情報発信が得意な彼は、派手で即効性があるように見える政策を、〝副作用〟を気にすることなく次々と打ち出してきました。
例えば2021年には、世界で初めて仮想通貨ビットコインを法定通貨に採用。案の定、財政リスクが悪化したもののIMF(国際通貨基金)の勧告をブケレは無視し続けています。また、憲法を制限して「疑わしきは罰する」強権的な治安対策を推進し、治安が大幅に改善した一方、冤罪を訴える人も多く、国内外の人権団体から批判されています。
さらに、自身に批判的な最高裁判事や検察庁長官の罷免を次々と強行し、今年2月の大統領選では85%以上の得票で、憲法で禁じられているはずの再選を実現......と、やりたい放題です。
ブケレは今年2月、アメリカの保守派団体CPAC(保守政治活動協議会)の総会に出席し、トランプにエールを送りました。一方、6月のブケレの就任式にはドナルド・トランプ・ジュニアが出席。〝ボラティリティ政治家〟同士は互いの利害から連携しているようです。
誤解を恐れずに言えば、エルサルバドルのような政情不安の国では、ある種の〝乱暴な政治〟を行なうことに一定の理もあるでしょう。厳しい現状を変えたいと願う国民が、独裁的な振る舞いをするリーダーを支持するのも理解できる部分はあります。
しかし、アメリカのような国ではどうでしょうか。
大統領選挙には全米の有権者が票を投じますが、現実的に勝敗の行方を握るのは、激戦州(スイングステート)のまだ投票先を決めていない有権者の動向です。
トランプが訴える「俺についてこい」という〝ディール(取引)〟には、非常に大きなボラティリティが内包されています。それは目的地に早くたどり着く可能性もありそうに見えるけれど、大事故のリスクも高い、ブレーキ未搭載のマシンのようなもの。
そしてそのマシンには、実は一部の富裕層だけに有効なエアバッグが装備されている一方、それ以外の人にはシートベルトすら用意されていないかもしれません。
株主と富裕層のために短期的な利益の追求が構造的に奨励される経済状況にあって、企業が公正な労働分配に貢献することはますます困難になり、「努力目標」にとどまり続けています。その社会不安にポピュリズムがつけ込み、大衆が「劇的な解決」へとすがるさまは、先進国、途上国を問わず蔓延しています。
一方のハリスは、検察官出身のエリートで、初の女性大統領への期待を除けば、良くも悪くも驚くような発信はありません。副大統領候補も極めて対照的で、トランプが自身の分身のようなエクストリームなJ・D・ヴァンス上院議員を選んだのに対し、ハリスが選んだのは「普通の人」、ミネソタ州知事のティム・ウォルツでした。
派手さはないけれど、バーベキューにいたら人知れず肉を焼いたり配ったり、皿を片づけたりと粛々と仕事をしてくれそう――そんなイメージの人物です。そのハリス・ウォルツ陣営は、再分配の強化を経済政策の柱のひとつにしています。
あくまでも個人的、かつ感覚的な観測になってしまいますが、アメリカの無党派層は今のところ、のるかそるかのボラティリティにベットする雰囲気には見えません。大統領選直前の10月の時点で米経済が安定していれば、あるいは多少後退気味でも軟着陸できる状況なら、無党派層はボラティリティ政治から距離を置こうとするのではないか。
言い換えれば、勝負のカギを握る層はトランプから見れば〝しけったマッチ〟になるのではないかということです。
ただし、状況が一変するケースももちろん考えられます。例えば、イスラエル・パレスチナ問題がさらにこじれ、アメリカとイランの対立や軍事的な摩擦が進行すること。
危機的状況においては、有権者の深層心理に「女性が大統領になって本当に難局を乗り切れるのか」という(特になんの証拠もない)保守的なアングルが広がるかもしれません。国内で大規模なテロ事件が起こるなどした場合も、同様の流れが生まれる可能性はあるでしょう。
最後にもう少しだけ、個人的な雑感にお付き合いください。
最近あらためて感じるのは、政治でも経済でも環境、格差、人権などの問題においても、アメリカの人々が〝賢者〟になってくれないと困るという身もふたもない現実です。一見意味がなさそうな、しかし実は大切なルールをアメリカが大事にするのか、それとも壊していくかで、世界のセーフティネットの強靱さは大きく変わるのです。
派手な儲け話を吹聴し、破壊の快楽を支持の吸引力とする人物に熱狂するのではなく、着実に、つつましく運用していくポートフォリオを組むのが一番なんだ、という機運が高まってほしい。偉大ではなく、普通のアメリカ。それこそが、アメリカが地球に対してできる最大の貢献ではないかと私は思っています。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)