モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ率いる共和党が仕掛けた「新戦略」について解説する。
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米大統領選で共和党のドナルド・トランプ前大統領が勝利した直接的な理由は、どちらに転ぶかわからないといわれていた「スイングステート(接戦州)」7州をすべて制したことです。ただし、同時に行なわれた連邦議会の上院・下院選も含め、事前の予測を超えて共和党の得票が相対的に伸びるケースが各地で目立ちました。
その要因を解明する上では、開票直後にいち早く「トランプ勝利」の当確が出たフロリダ州で行なわれてきた、ある種の〝社会実験〟に注目する必要があるでしょう。
そもそもフロリダ州は過去20年間、共和・民主両党の支持率が拮抗するスイングステートでした。ただ、その一方で、共和党大統領候補の得票率は全国平均よりも高く、またこの20年で選出された州知事や州司法長官もすべて共和党。「赤く(共和党優位に)なる」素地はあったわけです。
その状況をブーストさせた要因のひとつはコロナ禍でした。2020年のパンデミック開始から2022年の中間選挙までに、米国内で別の州に移住した約400万人の登録有権者のうち、約7人に1人がフロリダに移り住みました。そして、規制や行動制限に反発してフロリダに移住した〝新有権者〟の多くは、(少なくとも潜在的には)共和党支持だったとみられています。
この流れと並行して、急進的保守派のロン・デサンティス州知事の下、かつてのスイングステートは短期間で「真っ赤な州」となっていきます。3分の2を共和党が占める州議会では、トランスジェンダーの女子スポーツ参加禁止、 学校内における「性自認の議論」禁止、妊娠6週目以降の中絶禁止、反ESG法......といった保守的な法案が続々と通過しました。
フロリダ州はヒスパニック系移民が多いことで知られています。従来、ヒスパニックは民主党の票田といわれてきましたが、移民に冷淡なはずの共和党の反リベラルな政策がなぜヒスパニック系にまで支持されるのか。そこには複雑な背景があります。
まず、ひと口にヒスパニック系と言っても、ドミニカ共和国、ベネズエラ、プエルトリコ、メキシコ、キューバ......と、それぞれ違うバックボーンを持っています。フロリダではもともとキューバ系が多かったのですが、それに加えて近年は、国家が事実上破綻しているベネズエラからの移民が急増していました。
ヒスパニック系の多くはカトリックであり、人工妊娠中絶に違和感を持つ人が実は多い。また、母国の社会主義や全体主義、独裁に対する嫌悪感が強いケースも多く、共和党的な〝小さな政府〟、そしてトランプのような乱暴ながらもパワーのある〝アメリカンドリーム的な人物〟に憧れるような価値観もある。
民主党が「多様性」一辺倒でさまざまな属性のマイノリティを糾合しようとし続けたのに対し、共和党はその複雑さを見抜き、戦略的に彼らを取り込んだのです。
トランプがニューヨークからフロリダへの住居移転を発表した19年頃から、共和党は重点的にフロリダのヒスパニック系の新移民に対し、スペイン語で草の根的な政治宣伝を続けました。彼ら・彼女らと同じバックボーンを持つ〝同胞インフルエンサー〟のネット配信にも力を入れ、時にディスインフォメーション(偽情報)をも織り交ぜながら、それぞれのコミュニティのホットスポットを意識して、トランプ式の熱量の高いメッセージを送ったのです。
トランプの出現後、MAGA(Make America Great Again)に振り切れた共和党は、「古き良き白人保守」への回帰を諦め、バージョンアップを試みてきました。
2020年の時点で、アメリカのヒスパニック系人口は6210万人。2010年からの10年で全米の人口が7%増加したのに対し、ヒスパニック系に限ると23%も増加しています。共和党はその人々に注目し、分析し、それぞれのコミュニティの「絆」にまで手を伸ばし、移民=多様性=リベラルという従来型の方程式を突き崩し始めた。その戦略が、フロリダでは見事に成功しています。
共和党は長年、白人保守層の政党であり続けましたが、人口構成の変化もあり、今後もそこに固執していては存亡に関わる。だからこそ「変わる」ことを考えた。そのとき、一獲千金の野心、成功への欲望に駆り立てられアメリカに来た中南米からの新移民は〝金の卵〟に見えたでしょう。
民主党が掲げる多様性重視という恒久的な価値観、「みんなちがって、みんないい」という理想は、実は「はい上がろうとしている人」からすれば、しゃらくさい一面がある。抽象的なメッセージに反対まではせずとも、熱くはなれない。ここに共和党は切り込んだのです。
多文化共生ではなく、多文化〝混沌〟を許容しながら、それぞれがアイデンティティを武器に戦いを挑み、より弱肉強食化していく荒々しい社会像――いうなれば「みんなちがって、みんな保守」とでもいうべき世界観を、まだぼんやりとではありますが、共和党は示しつつあります。これがさらに確立されれば、トランプがいなくなった後も、共和党は新たな支持層を広げていけるかもしれません。
逆に、民主党は危機に立たされています。ヒスパニックのみならず多くの若年層にとって、今の民主党はもはや固定化された価値観と使い古された進歩主義の枠組みに固執しているように見えている可能性があるからです。
「多様性」というスローガンはその定義からして、原理的に熱を帯びづらく、また熱を維持しにくい。「反トランプ」の戦いが事実上終わり、次にこの構造的問題をどう克服していくのか。今後4年間、それが民主党にとって極めて重要な課題になるだろうと思います。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)