モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、新たな「安定」が生まれるかどうかの転換点にいるシリアの現状について考察する。
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自国民に対しサリンを使用するなど、陰惨な統治で独裁政権を維持してきたシリアのアサド政権崩壊に大きな役割を果たした反体制派武装勢力「シャーム解放委員会(HTS)」がにわかに注目されています。
もともとはアルカイダ系だった「ヌスラ戦線」を前身とし、国際社会では「テロ組織」とされていたHTSは、アサド政権崩壊後、自分たちの穏健性を盛んにアピールしています。なぜなら新政府を樹立し、存続させるためには、西側諸国にとって"受け入れやすい存在"となり、テロ組織指定の解除を目指し、各国からの支援を受ける必要があるからです。
その一例が、HTSの司令官の「名前」の変化です。彼が従来名乗っていたジャウラーニーという"戦闘名"には、イスラエルに実効支配されているゴラン高原の奪還という政治目的が込められているようですが、アサド政権崩壊後、西側メディアに登場する際には本名を名乗るようになりました。
これも「情勢を荒立てる存在」ではないとアピールする意味での"ロンダリング"の一環でしょうし、アサド政権の資金源となっていた合成麻薬「カプタゴン」の倉庫を西側メディアにさらし、大量のカプタゴンを廃棄してみせたことも、自分たちが"正義"であると示す狙いがあったはずです。
そして、欧州各国はそのアピールを「努めて額面どおりに受け入れようとしている」印象です。権力の空白が大混乱へとつながり、タリバンが牛耳るアフガニスタンのようになることは避けたいとの思いからでしょう。
欧州にとって最大のイシューは難民問題で、シリア難民を大量に受け入れてきたドイツやイギリスなどでは深刻な内政不安を招いています。もちろん人道上、公には言えませんが、「状況さえ整えば出ていってほしい」というのが偽らざる実情で、スナク前政権時代のイギリスの国会では、「アサド政権下のシリアには戻せないが、第三国のルワンダへ移送してはどうか」という議論も出たほどです。
有象無象の過激派が台頭する前にHTSが一定の統治能力を示してシリアの治安が安定すれば、難民の帰還も進むわけですから、欧州各国はHTSのテロ組織指定解除や支援に前向きに動くでしょう。
一方、アメリカはもう少し慎重です。中東と地続きの欧州に比べれば難民問題の"当事者性"が薄く、また何よりHTSはあの「9.11」を引き起こしたアルカイダから系譜がつながる組織――つまりアメリカにとっては"過去の亡霊"の延長線上にある存在です。もちろん人道支援は行なうでしょうが、HTSの正当性を認めることは当分避けるかもしれません。
逆に、強引に事を進める可能性がありそうなのが、約300万人のシリア難民を抱えるトルコです。以前から間接的にサポートしてきたHTSが新政権を樹立すれば、シリアは事実上の"属国"に近い存在となる。トルコのエルドアン大統領は、シリア北部のクルド人勢力を弱体化させ、周辺地域における地政学的な影響力を拡大するべく、さまざまな手を打ってくるはずです。
さらに言えば、シリアとの間にゴラン高原という"隠された問題"を抱えるイスラエル、アサド政権を支えてきたロシアやイランといった国々の思惑も当然、情勢に影響します。今後の行方はまだまだ不透明というべきでしょう。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)