モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、発足を目前に控えた米トランプ政権に対する世界各国のスタンス、準備について考察する。
* * *
第2次トランプ政権の動向は、まさに不確定要素の塊です。ここ数ヵ月は世界各国がその到来に備え、それぞれの思惑を抱えて、リスクヘッジや利益確保のための行動を急いでいました。まるで消費税率が上がる直前の駆け込み需要のように。
例えばイスラエルは昨夏以降、レバノンのイスラム勢力・ヒズボラへの攻勢を一気に強めました。そのヒズボラの急速な弱体化は当然、後ろ盾であるイランにも波及。こうしてイランがシリアを本気で支えるだけの余力を失ったことは、玉突き的にアサド政権の崩壊にも影響したはずです。
ロシアは、そのシリアの政変で中東における権益が縮小し、イランからの武器供給も滞る中、ウクライナでの軍事作戦を強化しています。
トランプの周辺から漏れ出てくる停戦条件案の中には、ロシアにとってさほど悪くないものもある。しかしプーチン大統領からすれば、それを全部信じるわけにもいかず、弱さを見せればトランプにとことん突かれることもわかっている。だからこそ、少しでも状況を有利にしておこうと躍起になっていると思われます。
逆にウクライナは、トランプ相手に仕掛ける「ディール」のタイミングと中身を探っているように見えます。ゼレンスキー大統領は、和平交渉においてトランプが何を成し遂げたいのかを探り、ビジネスマンとしての嗅覚や欲望を刺激しようとするでしょう。
目指す方向は「トランプやアメリカが最も得する結果を、ウクライナも一緒に目指す」というスタンスです。
ロシアの経済状況は深刻なようです。政策金利は20%超に達し、物価高騰が国民生活を圧迫、半年後にはハイパーインフレの危機が迫っている可能性があると観測する専門家もいます。
ここから先は想像でしかありませんが、ルハンスクやドネツクの完全奪還は「いったん諦める」という選択肢がウクライナ側に生まれる可能性もゼロではないでしょう。仮にロシア経済が本当に末期的状況であるなら、その"崩壊"の後に、ロシアが支え切れなくなった地域を「政治的に取り戻す」ことをトランプと「握っておく」ことも考えられるからです。
殺し文句は、「あなたは冷戦を終わらせたレーガンに肩を並べる。ロシア崩壊後にはヤツらの地下資源を収奪して、再び悪さをしないようにしよう」――。
もちろんこれは"予言"の類いですが、ウクライナの国益とトランプの利益を照らし合わせ、一世一代のディールをゼレンスキーが仕掛けるとの予測は、あながちとっぴとはいえないと私は思います。
一方、西側諸国の中では、連立政権が事実上崩壊したドイツの窮状が目立ちます。トランプの保護主義とドイツの輸出依存経済との相性の悪さや、NATO加盟国への防衛費増額要求などがドイツ国内の政策論争を揺るがしており、今やドイツは「トランプからもプーチンからも足元を見られている」状態です。
各国の相互依存で成り立つ現在の国際社会は、スピードが速すぎて制御が極めて難しい車のようなもの。だからこそ、アクセルを踏むのかブレーキをかけるのかまったく読めない"暴走王"がハンドルを握ろうとするだけで、こんなにも広範に"ショック"が波及する。そして、いくらトランプが孤立主義を唱えても、アメリカという国の影響力が依然として大きいこともまた確かなのでしょう。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)