
モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、米トランプ大統領の国際社会に対する不規則な言動が、「戦後の秩序」そのものに与える影響について考察する。
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トランプ大統領の言動が連日、世界を混乱させています。「戦争を終わらせる」という国内向けの選挙公約を最優先し、「力による現状変更を認めない」という戦後国際秩序の大原則を無視して、ロシアへの譲歩もいとわずウクライナとの停戦交渉を急ぐその姿勢は、実は戦後日本の安全保障が成立した"大前提"を根底から揺るがすものでもあります。
トランプは先日、日米安全保障条約の片務性(アメリカの日本防衛義務)について、皮肉を込めて"興味深いディール"と表現しました。要するに「なぜアメリカのカネと米軍兵の命をかけて日本を守る必要があるんだ、日本がより大きな負担を担うべきだ」というわけです。
実際には、1960年にアイゼンハワー政権と岸政権の間で結ばれたいわゆる「新安保条約」は、アメリカの戦略的必要性と、戦後日本の国際的な立ち位置の確立という双方のメリットをかけ合わせた"歴史的なディール"でした。日本は東京裁判における戦争犯罪国(侵略国)という断罪の甘受と引き換えに、国際秩序への復帰が実現。原爆投下の責任についてアメリカの加害性をあいまいにすることも、両国関係を強固にするための取引のようなものでした。
一方、当時は日本を"赤化"させないことが重要だったアメリカにとって、東西冷戦が終わっても、西太平洋の重要拠点としての日本の戦略的価値は変わりません。そのため日本はアメリカに軍事的に"庇護(ひご)"され、「憲法で交戦権を否認しながらも事実上"重武装状態"を保ち、それでいて国際紛争からは距離を置く」ことができたのです(ただしその負担は、歴史的・地政学的理由から沖縄に重くのしかかり続けています)。
トランプがその経緯を無視して、新たな"ディール"を仕掛けてくる可能性は十分にあるでしょう。そのとき日本人は、「憲法9条が平和を守る」「何かあれば米軍が守ってくれる」という従来の"常識"では平和が保てないという現実と向き合うことになります。
なぜなら、「力による現状変更」なんてありえない、そんなことは国際社会(特にその盟主アメリカ)が絶対に許さないと考えること自体が、もう"非現実的な楽観論"になってしまったから。ウクライナに侵攻したロシア、台湾を軍事力で揺さぶる中国、核戦力の強化を進める北朝鮮といった隣国が、日本に対して「力による現状変更」を試みる可能性があるならば、戦争を避けるために必要なのは、実効性を伴う「独自の」「強力な」抑止力だ――そういった議論は当然出てくるでしょう。
それを突き詰めていった先にあるのは、核保有の議論です。現時点では、唯一の被爆国としてそれだけは避けたいという意見が多数だと思いますが、「議論すること自体がタブー」という"常識"は大きく変わることになります。
日本という国が国際社会でどのような立場を構築していくか。血と汗と薬莢のにおいがする現実世界において、平和を形作っていく当事者になる覚悟があるか。日米安保を含め、アメリカと日本の特殊な関係が成立させていた「戦後」の総点検という作業は、いつかやらなければいけないことでした。
ただ、現在の不安定な情勢下でそれをやらなければならないとしたら、相当な"ハードモード"であることは間違いありません。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)