高齢化が加速する日本社会。7年後の2025年には団塊世代が75歳を迎え、国民の5人に1人が75歳以上、3人に1人が65歳以上という、世界にも類を見ない超高齢化社会がやって来る。
そのとき団塊ジュニアから下の世代はこれまで以上に、仕事でも、家庭でも「75歳以上」と接することになる。例えば公共の場でキレる高齢者に困惑し、家では親のヘンな言動に戸惑い......。
かといって、憤ったり嘆いたりばかりしていても、世の中ますます世知辛くなるだけ! 急増する「75歳以上」と、どうすればおおらかな気持ちで付き合っていけるのか今から考えておくべきだ。
そこで、認知症の専門外来と在宅医療を行なうクリニックを開業して19年、月に1000人の患者さんを診察する長谷川嘉哉先生に、親に感じる「なぜ?」、ニュースでよく聞くトラブルの「なぜ?」に続き、今度は自分自身が「周囲をイラつかせない高齢者」にならないための対策を聞いた。
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電車内で高齢者のグループによる「席取り」行為がSNSで拡散され批判が殺到したこともあったが、高齢者によるマナー違反の原因は?
■ケース14「信号無視」
信号が赤でも堂々と横断歩道を渡る。横断歩道のない車道を、杖つえを片手にゆっくりと横断する。3歳の子供でも教えれば交通ルールを守れるのに、なぜ?
【解説】
「ちょっとした我慢ができなくなり、自分のルールで判断してしまう。これも前頭葉機能が低下した場合に起きる変化です。信号無視、横断歩道のない場所での横断が危ないのはわかっている。それでも『待てない』と歩きだしてしまう。そこには車の側が止まってくれるという、わがままな見通しもあるはず」
■ケース15「レジでキレる」
コンビニのレジ係が普通に接客しているのに、高齢の男性が「おまえ、不機嫌そうな顔をしやがって!」と怒鳴りだした。店員が驚いて固まると「なんですぐ謝らないんだ!」と火に油を注ぐことに。
【解説】
「怒りの感情は脳の大脳辺縁系でつくられ、これを抑制する役目を果たしているのが前頭葉。その機能が落ちると、カッとなったらすぐに怒りを外へ向けてしまうようになります」
勘違い的にキレる背景には、別の理由もあるという。
「視力、聴力の低下も影響しています。高齢になると、聞こえる音域が変化し、低音のひそひそ声は聞こえるけど高い声は聞こえにくくなる。だから、接客の現場で使われるハキハキした声は伝わりやすいようで、実は高齢者にとっては聞こえにくい。逆に『うるせぇジジイだな』のような低音のつぶやきは聞こえてしまうんです」
悪口は高い声で、コミュニケーションは低い声で。これは医療、介護の現場ではよく知られていることだとか。
■ケース16「保育園」
近所の保育園の新設に「うるさくなる」と執しつ拗ようにクレームをつける。また、介護のヘルパーさんにも、感謝より先にいら立ちをぶつけてしまう。
【解説】
「私たちは『人間関係の失認』と言っていますが、認知症の症状が進むと、人と人のつながりの中での常識的な振る舞い、TPOに合わせた行動ができなくなっていきます。
保育園の新設にむちゃなクレームを言う、ヘルパーにいら立ちをぶつけるという状態は、人間関係の失認の始まりが疑われます。『頑固になってきて困った』で済まさず、専門医の受診を考えましょう」
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■自分が将来「周りをイラッとさせる高齢者」にならないために今からできること!
今は高齢者たちの行動に「なんで?」と思っている側、つまりわれわれだって、いつかは年を取る。『一生使える脳』(PHP新書)という著書もある長谷川先生に、われわれが将来「周囲をイラッとさせる高齢者」にならないために、今からできることを対策を聞いた。
「基本的には前頭葉機能は40代からゆっくりと低下し、50歳前後で衰え始めます。これ自体は仕方ないことなんです。しかし、30代、40代から生活習慣を変えることで、脳の老化を遠ざけることはできます。
ポイントは3つです。
(1)脳を刺激する
(2)体を鍛える
(3)人間関係を豊かにする
これを習慣化すれば、50代以降が大きく変わります」
ひとつずつ説明してもらおう。まず、(1)脳への刺激としては、(ケース2の解説でもあったように)アウトプットの習慣がとても重要だという。
「多くの人が最初に感じる脳の衰えは、固有名詞などが出てこない『アレなんだっけ?』です。これを防ぐには、インプットした情報をアウトプットする習慣が効果的。例えば、読んだ本や見た映画をA41枚の紙にまとめる『アウトプット読書法』がオススメです」
これは小説でもビジネス書でもマンガでも、一冊の本を読んだら一枚の紙に感想をまとめるという脳のトレーニング。
・読んだ日時、場所、天気
・仕事に役立つと思った情報
・印象に残ったフレーズ
・新鮮だと感じた表現
・読みながら浮かんだ疑問
それぞれを箇条書き程度にまとめるわけだが、習慣化するとインプットの時点でアウトプットを前提とするようになり、脳が鍛えられるという。
「(2)健康な体を支えるのは、やはり運動。一日20分程度の散歩で構いません。最新の脳科学の研究では、有酸素運動には脳に対して次の3つのメリットがあるとされています。
・心地よくなり、頭がすっきりし、注意力、やる気が出てくる
・新しい情報を記録する神経細胞の結びつきを準備・促進する
・海馬において、新しい神経細胞が成長することを促す
また、69歳までに脳梗塞(のうこうそく)、あるいは脳出血を経験しているか、いないかは、その後の認知症の発症を大きく左右します。適度な運動習慣は血管に悪影響を与える糖尿病などの生活習慣病のリスクを遠ざけてくれます」
最後の、(3)豊かな人間関係とは?
「定年後、会社を中心とした人間関係がなくなった後、どれだけ人的ネットワークが残っているか。人間関係という外的環境は、加齢による衰えを大きく左右します。健康に年齢を重ねていく高齢者は、何歳になっても社会とのつながりを持ち、人的ネットワークの中で誰かの役に立ち、また誰かの力を借りている状態を保っています。また、会話はアウトプットとなり、承認欲求も満たされ、老化による頑固さを遠ざけてくれます。
こうした人的ネットワークを築くためにも、30代、40代から上下にひと回り離れた年の差の友人・知人とのコミュニケーションを欠かさないこと、趣味の集まりや社外の交流会など、今すぐ何かに役立つ場ではなくとも、広く浅いネットワークを広げていくのがよいでしょう」
こうした習慣を念頭に30代、40代を過ごすことが、将来、自分が周囲をイラッとさせない未来につながっていくのだ。
●長谷川嘉哉
1966年生まれ、愛知県出身。毎月1000人の認知症患者を診察する、日本有数の神経内科、認知症の専門医。祖父が認知症であった経験から、2000年に認知症専門外来および在宅医療のためのクリニックを岐阜県土岐市に開業した
■「一生使える脳」(PHP新書)
長谷川嘉哉・著。「アレなんだっけ?」が増えてくる40代、50代は、疲れが抜けにくくなるなどの体の変化も感じる年代だ。「人生100年時代」に向けて、幸せな長生きのために不可欠な一生使える脳の育み方を紹介する。現在、ベストセラー中