モーリー・ロバートソン「挑発的ニッポン革命計画」
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、"コスパのいい人間"という評価軸がはらむ危険性を指摘する。

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大した生産性もなく社会の"お荷物"になる人間は退場してもらったほうがいい――こうした感覚は、思いのほか広がっているのかもしれません。

イェール大学助教・成田悠輔さんの"高齢者集団切腹"発言の騒動にしても、単なる個人の舌禍事件ではなく、あのような表現に共感する人、「一定程度の真理を含んでいる」と受け入れたり、NOを突きつけずに受け流したりする人が相当数いたことの結果です。

第1次産業革命が進行していた18世紀後半~19世紀初頭、イギリスの経済学者トマス・ロバート・マルサスは、ロンドンを中心に爆発的に増える人口に危機感を募らせました。このまま進めば食料生産が追いつかず社会の貧困化が深刻になるとして、「人口抑制」の必要性を説いたのです。

環境に適合した者が生存し、適合できない弱者は淘汰(とうた)され、社会全体が"最適化"されていく――この学説に影響を受け、人間だけでなくすべての動物に当てはまると考えたとされるのが、あのチャールズ・ダーウィンの「進化論」です。

ダーウィン自身には弱者排除の思想はなく、人種差別や奴隷制度にも反対の立場だったといわれています。しかし、彼が唱えた進化論はその後、悪い方向へと拡大解釈され、人間社会の進化においても自然淘汰は働くという「社会ダーウィニズム」が、やがてナチスの優生思想につながっていった。

ナチスはユダヤ人に対する苛烈な迫害がよく知られていますが、その矛先はロマ(中東欧に居住する移住民族)や障害者などにも向けられました。根底にあるのは、社会の負担となる者はいなくなるべきであるという発想です。

第2次世界大戦を通じて否定されたその思想は、人類の負の遺産として語り継がれてきました。しかし過去の記憶が薄れつつある中、世界各地で軽々しい形で再生産されようとしている息吹を感じます。

日本においても、検索上位に表示されることを絶対視するSEO的な発想で"コスパのいい人間"かどうかが大きな評価軸となり、"コスパの悪い人間"は何もしないでいたほうがマシだというような言説が(冗談やお笑いのレベルも含めて)当たり前になりつつある。

効率よく最適化された存在が輝ける社会こそが全体にとっての幸せである。それが資本主義、経済合理性というものである......。したり顔でそう諭してくる人に対して、「いや、それはヤバいよ」ととっさに思えなくなっている人が多いのだとしたら、われわれの社会はすでに坂を転げ落ち始めているのかもしれません。

「社会不適合かどうか」のラインを恣意的に引こうとする人々は、決まって自分たちを"望ましい側"に位置づけ、美化します。大英帝国時代であれば「白人男性、高所得者、高学歴、クリスチャン」という風に。

ところがこのラインの引き方は時代によって変遷していきます。現在はインド系、中国系なども含む「バイリンガル以上、ITを中心にした高度スキル、創造力、体力、美貌を併せ持つひと握りの人材」が頂点に位置しています(例えばGAFAのトップマネジメントなど)。

天賦の才をマルチに持ち併せた存在以外は、いくらでも代わりがきく消耗品だ――人間社会をそう定義した場合、ほとんどの人はそう遠くない未来に"姥捨山(うばすてやま)"の対象になる。しかも、その「望ましいライン」の条件が年齢などの属性にまで踏み込まれるなら、現在の既得権者のほとんどにも、いつかしっぺ返しが来るわけです。

「社会保障費を軽減する」というもっともらしい建前で近視眼的に優生思想まがいの視点を持ち込むのは、長期的に見れば全方位において危険な試みであるという懸念は強調しておいてもいいのではないでしょうか。

それと、今回の件について認識しておくべきなのは、気に入らない人間や不適切な発言をした人を社会(みんなの目に見える範囲)から排除したからといって、問題が解決されるわけではないということです。「イヤだから見ない」では済まない。むしろイヤだからこそ、民主的に議論することが重要です。

そうした考えはなぜ受け入れられたのか、あるいは反対されず受け流されたのか。社会の空気がその構造を生んだのか、その構造があるから空気が醸成されたのか。そして、果たして自分はその構造や空気に加担していないと自信を持って言えるのか。そういったことが問われているのだと思います。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)ほかメディア出演多数。富山県氷見市「きときと魚大使」を務める

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