『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、日本の消費者が安直な低価格路線との「なれあい」から脱却すべき理由を指摘する。
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人の列に割り込まない、おばあさんの荷物を持ってあげた......そんな「小さな善」の話がSNSでバズることはしばしばあります。もちろんそれは美しいことですが、今やそれだけでは"not enough"(不十分)だと最近とみに感じます。
地球全体のテーマである環境、人権、格差の問題がもはや向き合うしかないレベルまで迫っていても、日本国内で聞こえる政治の声には当事者性が薄い。
例えば環境問題について、右派は「日本の関知するところではない。中国やインド、途上国がCO2排出削減に協調すべきだ」などと〝国境〟を強調し、左派は「海外支援よりも国内の経済弱者を優先せよ」と問題を〝半径1m〟に矮小化する傾向にありますが、いずれも「現状を打開するのは自分たち」ではなく「みんなで逃げ切ろう」という風にも聞こえます。
そもそも新興国、途上国でCO2排出量が増えている背景には、環境負荷に無配慮であるがゆえのコスト安、人権を軽視しているがゆえの安い人件費を、先進国の自由で豊かな生活を底支えする製造業などが下請けとして利用してきた実態があります。
そのことでさまざまなツケがまず新興国・貧困国の労働者たちに回され、CO2が全地球上で増える一方、先進国では産業が空洞化して中産階級が没落している。「国外で起きていることは知らん」と言える話ではありません。
言い換えれば、問題を解決するには超国家的な取り組みが必要です。地球上のすべての国が密接につながっている今、経済と政治を切り離して考えることも不可能です。つまり、中国やインドの内政にもある程度干渉する必要が出てくるわけですが、これはストレートなアプローチではそう簡単ではありません。
中国に関していえば、そもそも人件費が最近まで異常に安かったのは、労働組合の結成やストライキもできない独裁体制だったからです。先進国はその上に中国との「自由貿易」を成り立たせていたことを考えれば、「中国が出したCO2のゴミは中国人が片付けろ、排出も削減しろ」という要求は無理筋ですし、中国政府が国家レベルでコミットメントを約束するというシナリオの実現性もかなり厳しいものがあります。
また、経済発展が中国よりも遅れているインドでは、人口14億の10%以上が世界銀行が定義する「極度の貧困」状態にあり、16.3%が栄養不足になっている(2019~2021年度、国連調べ)。特に児童の栄養不足は世界最悪の部類です。そんな社会の一般市民に「地球レベルの問題に責任を持て」と迫るのは、不誠実であると同時に実現不能でしょう。これは東南アジア諸国、中南米諸国、アフリカ諸国にも多かれ少なかれ当てはまります。
検討を重ねていくと、やはり民主主義の豊かな国の有権者が投票によって制度や構造の改変を要求する以外、劇的な変化をもたらすまともな方法がないとの結論になります。
例えば、以前もご紹介したようにドイツの若者の投票率は7割を上回っています。プーチンのロシアがウクライナを侵略した後、若返ったドイツの連立政権は従来の脱原発への執着とロシアへのエネルギー依存、紛争への非介入といった路線を再検証し、変わりゆく環境に対応しています。
また今後EUも脱ロシア、中国依存の軽減に真剣に取り組む傾向にあるなど、有権者の世論が若返って弾力性を持つと、対応する力も格段にアップするわけです。
日本の若い有権者も、強い意志を示して投票すれば政治をチューニングし直すことは実現可能な範囲にあると思います。
シビアな見立てをするなら、60歳以上の日本人は環境問題が逼迫するより手前で人生を終えることで「逃げ切る」ことができますが、次の世代からは海面上昇、山火事、水害、異常気象、そこから連鎖する資源・食料・水の不足に伴う国際的な緊張や難民問題に直面する可能性が高い。格差の拡大も加速するでしょう。
「政治はエリートやお上が勝手に動かすもの」という意識で無関心という「特権」を行使し続けると命取りになりかねません。
選挙における投票以外に、日常の中で少しずつ世界のあり方を改善する道もあります。消費=買い物は「小さな投票」とも呼ばれ、現代社会では消費者が細かくサプライチェーンを検索できます。
「顔の見える農家」からニンジンを買うように、「顔の見えるUSB装置」「顔の見える発泡スチロール包装」「人権が保証されたアパレル」といった風に生活習慣をチューニングしていくと、無責任な企業や、経営が切羽詰まっているがゆえに地球社会への圧迫を顧みない中小企業を淘汰できます。一例として、インドネシアのオランウータンが生息するジャングルの伐採を止めることも、パームオイルの使用を軽減することで実現可能です。
省エネも目の前の課題です。「一般消費者より企業や工場が使うエネルギーの方が大きい」との反論も聞こえてきますが、エネルギー効率の悪い(ただしコストは安い)生産ラインを使う企業の商品を買わないという能動的な選択もでき、一件でも目に見える消費者の忌避やボイコットが発生すると、ほかの企業が先回りして対応することの後押しにもなります。
消費者が安い価格との「なれあい」から脱却し、キリッとするだけで、かなり地球経済の構造を動かせるのです。地球上の経済が密接につながり、局地的な問題が全体に波及するということは、同時にひとりひとりの行動が地球レベルの効果を発揮することも可能だということです。
世界に影響を与えうる豊かな民主主義国家に暮らす生活者、有権者という視座で自分自身をとらえ直すのは、今がチャンスではないでしょうか?
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数