モーリー・ロバートソン「挑発的ニッポン革命計画」 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、日本社会を覆う閉塞感の理由のひとつである「構造問題」について考察する。

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"Upward Mobility(アップワード・モビリティ)"という言葉を聞いたことはあるでしょうか? 

ニュアンスも含めて日本語に訳すなら「社会的上昇の柔軟性」。社会構造によって貧困に追いやられてきた人々が、より公正に、よい環境に身を置くことを目指すことができる社会のありようを議論する際に使われる言葉です。

アメリカや欧州の一部の国々では、多様な人々が社会を構成している一方、奴隷制や植民地制の負の遺産もあり、肌の色や出自による階層の固定化が深刻な問題となってきた。だからこそアファーマティブ・アクションも含め、「作為的に対流を生み出す」ことで社会を良くしていこうともがいているわけです。

翻って日本の場合、歴史的・地理的背景もあってそもそも多民族・多文化が混在することを前提とした社会ではなく、欧米の事例をそのまま参考にはできません。しかし、だからといってこうした議論の存在自体を無視し続けるのは、もはや現実逃避であるとも私は思っています。

失われた30年で中間層が解体し、経済格差が二極化という形で常態化し、低所得層は上昇の機会が限られつつある――そんな現状は明らかです。問題を直視し、欧米とは違う視点でアップワード・モビリティの創出を探っていかなければ、ますます"不幸な社会"になってしまうでしょう。

日本経済には固有の構造問題があります。それは、長く続いた終身雇用時代の負の遺産ともいうべきものでしょう。賃上げよりも残業を増やすことで穴埋めをする体質は、付加価値や労働生産性の低さに直結します。

また、硬直的な雇用環境の温存は少子高齢化もあいまってモビリティを阻害しており、現状維持に重きを置く体質が蔓延しています。これが日本社会全体のデジタル化が遅れた大きな要因でもあるはずです。

それともう一点、これは日本に限らずアメリカでも指摘されていることですが、資産と機会の分配が若年層にとって不利に働いているという世代間格差の問題もあります。ごくシンプルに言ってしまえば、若者が「制度」と「構造」によって貧困へと徐々に追いやられていることは明らかな事実です。

では、日本の若い世代はこうした"環境のハンデ"にどう立ち向かえばいいのでしょうか。

こういった話題は得てして「お上」がいいか悪いかという話に終始しがちですが、現在の「お上」にはもうその体力も気力もないでしょう。つまり最終的には、自分たちの世代が政治へ積極的に関与し、仕組みそのものを変える必要があります。

また個人レベルでは、長いものに巻かれない視点を持つこと、行動半径を日常的にじわじわと拡大していくことが重要です。経済リテラシー、地政学的な知見、自身が教わった「常識」を疑うだけの知力養成もそこには含まれます。

キーフレーズになるのは"Survive and Thrive"かもしれません。これはWHO(世界保健機関)やユニセフも使用している、英語圏ではかなり定着した言葉ですが、要は単に生き延びる(=Survive)だけでなく、幸福を実感する(=Thrive)ことが重要であるという価値観を強く持つことです。

社会に上昇気流を起こすには、多くの人が現状維持というコンフォートゾーン(Survive)を抜け出す勇気と、違和感のあるものを手に取って食べに行く"雑食性"のようなもの(Thrive)を持つ必要があります。個人個人が興味、関心の幅を広げ、多様性の意識を持ち、排他的にならずにチャレンジするからこそ、社会全体のアップワード・モビリティが加速していく。

そしてその"雑食性"は結果的に、多様な人々が混在する社会へと変貌していく日本において、個人が前向きにSurviveしていくための武器にもなるはずです。

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