モーリー・ロバートソンMorley Robertson
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、英語圏で理数系の教育が大きな進化を遂げている現状を紹介。そして、対照的に旧態依然としたままの日本の教育に警鐘を鳴らす。
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年末年始に思い立って、大学時代に挫折した数学の難問に取り組みました。ネット上のさまざまな解説教材を活用し、自分の手を動かしてトレーニングを繰り返し、時間をかけて解くことができたのは、それはそれはすごい達成感でした。
同時に、学生時代の自分がなぜその難問から逃げてしまったのかをあらためて見つめ直すきっかけにもなりました。つまずきの理由は、日本の "詰め込み型"の学習法がハーバード大学でも通用すると思い込んでいたことです。
実際、東京大学入学までに受験勉強を通じて得た知識や"普通の問題"を解くスキルは、ハーバードの同級生よりも持ち合わせていました。しかし、ハーバードで求められたのは、公式や必勝法の型にはめて腕力で問題を解くことではなく、「基礎理解を重視する」アプローチでした。その違いに適応できず、くだんの難問からも逃げたのです。
近年、日本では教育改革が叫ばれ、「思考力」「問題解決力」といったワードも飛び交っていますが、最近の大学入試問題を見る限り、40年以上前に私が経験した"詰め込み型"の公教育は温存されたままです。
先述の年末年始の勉強中も、主に使用した英語圏の教材が過去とはまったく違うものにバージョンアップされていたのに対し、補助的に参照した日本語の教材の「古さ」が際立ちました。学ぼうとする人間に対して心理的バリアをわざわざ張っているとしか思えないとっつきにくさ、とでも表現するべきでしょうか。
「テストのための訓練」という側面を全否定するわけでありません。しかし、ますます受験が低年齢化していることもあり、小学生の頃から創造的な学びや深い理解を育む"余白"があまりにも少ない現状は、控えめに言っても異常です。
私が"土地勘"をもって日本と比較できるアメリカの場合、公教育全体の仕組みには大いに問題があり、それはそれで深刻なのですが、理数系の教育法がガラリと変わったことで、その能力に秀でた一部の若者を飛躍的に育てるというスタイルは明らかに成功を収めています。
特に、以前から理数系を得意とする子供が多かったものの、差別や偏見もありその能力が正当に評価されていなかったアジア系移民の若年層が才能を開花させる潮流は顕著で(このあたりは非常に興味深い動きなので、機会があれば別稿で紹介したいと思っています)、社会に多くの成功者を輩出しています。
日米どちらの教育システムが優れているかと問われれば、それは一概には言えません。ただ、社会構造を刷新せず、世界の進歩から取り残されつつある日本の停滞要因のひとつが、高度経済成長期・人口増大期のキャッチアップ型経済に特化した教育システムの温存であることは間違いないでしょう。
学びとはいったいなんなのか――ここに立ち返らなければ、現状維持を重視する文化や、減点方式でリスクを避け、イノベーションの種を自ら摘んでしまうような日本社会の負の部分を変えていくことは難しい。そのためには、まず世界と比較して日本がどこで後れを取り、どこが優れているのかを冷静に分析する必要があります。
そうでなければ、今後さらに数十年間にわたり日本は停滞していく。私は本気でそう考えています。
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。ニュース解説、コメンテーターなどでのメディア出演多数。最新刊は『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』(文藝春秋)