オグマナオト
おぐま・なおと
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1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。
就任1年目ながら投打共にハイレベルなチームをつくり上げた藤川監督
後半戦も猛虎の勢いが止まらない! セ・リーグの首位を独走し、まさに敵なし状態の藤川阪神。その強さは歴代優勝チームと比較してどの程度なのか? 野球評論家のお股ニキ氏が徹底分析する。
※成績はすべて8月13日時点
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リーグ優勝した2年前同様に破竹の11連勝を飾るなど、とにかく強い今季の阪神。7月30日には早くもマジック「39」が点灯し、優勝へのカウントダウンがスタート。1990年の巨人が記録した「史上最速優勝」(9月8日)の更新も決して不可能ではない状況だ。
「打席では個々の打者がしっかり粘ることで攻撃の時間が長くなり、投手陣は言わずもがな盤石。攻守に隙がなく、交流戦で7連敗を喫した以外は計算どおり。淡々と勝っている印象すらあります」
こう語るのは、現役投手を指導するピッチングデザイナーで、『週刊プレイボーイ』本誌おなじみの野球評論家・お股ニキ氏だ。
セ・リーグで貯金があるのは阪神だけ、という状況になるほどの独走状態はなぜ生まれたのか? 改めて、その強さの要因をおさらいしておこう。まずはチーム防御率1点台にも迫る投手陣について深掘りしたい。
「最もイニングを投げるエースの村上頌樹が2点台前半、大竹耕太郎が2点台半ば。それ以外の才木浩人、ジョン・デュプランティエ、伊原陵人、伊藤将司といった先発ローテ全員が防御率1点台です。
飛ばないボールや広いストライクゾーンによって投高打低の傾向が依然強いとはいえ、ここまでずばぬけているのは驚異的と言えます」
お股ニキ氏は日本が生んだふたりの最強投手を例に、この防御率のすごさを語る。
「ダルビッシュ有(パドレス)のNPB通算防御率が1.99、山本由伸(ドジャース)は1.82。チーム自体がこのレベルのピッチングを継続しているということ。打線は2点取れば勝てる可能性が高くなり、誰を出しても抑えられるとんでもない状態です」
抑えの岩崎 優が腰の疲労で一時登録抹消となったものの、左の及川雅貴、右の石井大智という防御率0点台コンビを軸とした中継ぎ陣は盤石。特に藤川球児監督が現役時代に達成したセ・リーグ記録の「38試合連続無失点」という大偉業を超えた石井は、お股ニキ氏がプロ入り前の独立リーグ時代から注目してきた逸材だ。
39試合連続無失点のNPBタイ記録を達成した石井。圧巻の投球で虎のリリーフ陣を引っ張る
「今季の阪神が唯一調子を落としたのは交流戦での7連敗。石井が頭部に打球を受けて離脱した時期と重なります。
逆に、石井が復帰した交流戦後はチームが勢いに乗って11連勝。防御率0点台という数字以上に替えが利かない存在であることを証明しています。強度のあるストレートに加え、プロ入り後に覚えたキュッと変化するスプリットやスラッターも格段にいいです」
歴代最強クラスの投手陣を引っ張る坂本。今季は正捕手として獅子奮迅の活躍を見せている
そんな最強投手陣をまとめる捕手の坂本誠志郎もまた、替えが利かない存在だ。
「配球や守備、フレーミング、統率力は12球団随一の実力といっても大げさではなく、試合展開までも変えられるレベル。さらに今季は打撃もいい。頭のいい捕手が30代になってフィジカルと経験がそろってくると打つようになる典型的なケースです」
開幕当初は梅野隆太郎との併用だったが、今では多くの試合で坂本がスタメンマスクをかぶるように。その要因として、守備指標には出ない坂本の良さがあるという。
「投手の球がより生きる構えや捕球ができる上に、中学時代に投手経験があるからか、『今この球種を投げるとフォームが崩れてしまう』といったことまで考えたリードができる。
さらに、2軍から上がってきた投手に対してはその投手がファームでどんな取り組みをしてきたのかも把握し、LINEで相談に乗ってくれるそうです。だからこそ、投手からの信頼もより厚くなり、スタメンマスクの機会が増えているのでしょう」
打線に目を向ければ、1番・近本光司、2番・中野拓夢、3番・森下翔太、4番・佐藤輝明、5番・大山悠輔の不動のオーダーが牽引。打率では近本、中野、佐藤輝がリーグトップを争い、打点では佐藤輝、森下、大山がトップ3に君臨。本塁打では佐藤輝が独走する状況だ。
本塁打と打点でリーグトップをひた走る佐藤輝。三冠王も視野に入ってきた
「優勝を逃した昨季との違いは、中野の好調ぶりと佐藤輝の覚醒。首位打者も狙える中野に犠打をさせることに対して批判的な声もあるようですが、あれだけの投手陣がいれば先制点を挙げることが勝利に大きく近づくわけで、犠打の選択は理にかなっています」
投打に充実した戦力を誇るチームをまとめる藤川監督の采配&マネジメントはどうか?
「その場その場で出た課題はしっかり潰していくし、攻守でやるべきことはやっている。特に投手の運用では、疲労が蓄積しないように配慮しているのが明らかです」
2年前の優勝時にも指摘された阪神の課題といえば、レギュラーと控えの実力差が大きいこと。この課題克服にも藤川監督は着手している。
「若手を意識的に使っています。その中から小幡竜平や髙寺望夢が台頭。熊谷敬宥も打席で粘りまくって起用に応え、出番を増やしています。もちろん、フロントや2軍首脳陣が優秀という前提はありつつ、投手陣も含めてうまくやりくりし、自然にやれば勝てるチームをつくり上げたのは素晴らしいです」
2リーグ制以降で球団7度目の優勝へひた走る阪神。この強さは歴史的に見てどれほどのものなのか?
「印象度と打撃力では日本一にもなった1985年。ランディ・バース(54本)、掛布雅之(40本)、岡田彰布(35本)の3人だけで129本塁打、チーム全体で219発はすさまじい。ただ、打高投低時代であり、加えて投手力はそこまで突出していなかった。
また、第1次岡田彰布政権時代の2005年も相当強く、リーグでは独走優勝でしたが、日本シリーズでロッテに4戦合計スコア『33-4』の惨敗を喫した記憶があるので挙げにくい。となると、トップ3は03年、23年、そして今季でしょうか」
【2003】18年ぶり4度目のリーグ優勝を果たした2003年の星野阪神
その中で勝率.630の強さを誇ったのが03年だ。
「この年は4位まで勝率5割超でどこも決して弱くない。その中での勝率.630はチーム力の高さを物語っています。星野仙一監督の就任2年目で、『血の入れ替え』として断行した積極補強が実りました」
メジャー帰りの伊良部秀輝、日本ハムから下柳 剛や野口寿浩らをトレードで獲得。中でも目玉は広島からFA宣言した金本知憲の獲得だった。
「金本といえば打率.327、40本塁打と打ちまくった05年の印象が強く、03年は打率.289、19本塁打と数字的には物足りなさもありますが、四球数はリーグ最多で、2番の赤星憲広が盗塁しやすいように3番の金本が待つ場面も多かった。球界屈指の打者がフォア・ザ・チームに徹した、というところに真の価値があります」
ただ、この03年阪神も日本一には届かなかった。
「星野監督は非情に徹することができない人で、リーグ制覇の功労者だった伊良部が調子を落としたものの、日本シリーズでの先発にこだわって星を落とし、日本一を逃しました」
【2005】2年ぶり5度目のリーグ優勝を果たした2005年の第1次岡田阪神
【2023】38年ぶり2度目の日本一を達成した2023年の第2次岡田阪神
その点で「最強」を冠したくなるのが2年前、第2次岡田政権の23年だ。
「純粋なチーム力で見たら03年のほうが上だと思いますが、『日本一』という結果を残したのは評価すべき。前任の矢野燿大監督が育てた投手力も傑出していました」
今季はその23年よりも投手力ではさらに上。野手陣の層も厚くなってきたのは上述したとおりだ。もちろん、その強さは一朝一夕に出来上がったものではない。
「優しく見守り、選手たちの個性と能力を伸ばしたのが矢野監督時代。そこから岡田監督に代わり、昔ながらの厳しい野球を徹底するとともに攻撃力を高めたものの、投手運用に難があって連覇はならず。
その点で投手出身の藤川監督は的確に運用できています。これだけ戦力がそろっているからこそ、『藤川色』を変に出そうとしないことが功を奏しているとも言えます」
他球団の歴代優勝チームで、今季の阪神と比肩するチームはあるか? お股ニキ氏は今世紀最高勝率.667で優勝した12年の巨人を挙げる。
「低反発の統一球により歴史的な投高打低シーズンだったとはいえ、チーム防御率2.16は圧巻。杉内俊哉、内海哲也、デニス・ホールトン、澤村拓一(現ロッテ)といった先発の柱が防御率2点台。救援陣には『スコット鉄太朗』の異名で呼ばれたスコット・マシソン、山口鉄也、西村健太朗が好投を続け、山口に至っては72試合登板で防御率0.84でした」
違いがあるとすれば、2位との関係だ。
「この年は2位中日も勝率.586と強く、クライマックスシリーズ(CS)では3勝3敗。アドバンテージの1勝のおかげで日本シリーズに進出する辛勝でした。その点では、明確なライバルがいない今季の阪神のほうがより独走できる状況ではあります」
歴史的な強さでいよいよラストスパートへ。「このままなんの問題もなくいくでしょう」と語るお股ニキ氏に、あえて課題を挙げてもらった。
「阪神の強みが、裏を返せば課題にもなる。守備では捕手の坂本依存度がどんどん強くなっているので、その坂本がもし離脱することがあれば、梅野ひとりで回せるのか。3人目の捕手をほぼ育てていない点もネックとなります」
同様に、打線で替えが利かない近本、中野、森下、佐藤輝らに不測の事態があれば、その後のポストシーズンも見据えると厳しい状況となる。
「2年前の優勝時も、夏場に近本が死球を受けて右肋骨を骨折。すんなり優勝とはいきませんでした。同じようなことが起きる可能性は十分あるだけに油断は禁物です」
ただ、故障以外では不安材料は見当たらないという。
「救援陣の運用も慎重なので、酷使しすぎて疲弊するような事態はおそらくない。今季開幕時に不調だった伊藤将が2軍で調整して息を吹き返したように、2軍のチューニング力や層の厚さも万全です」
ライバル球団が息を吹き返すこともなかなか考えにくい。
「巨人は左肘靱帯損傷から復活を目指す岡本和真が2軍で打席に立ちましたが、まだ厳しい印象です。DeNAは牧 秀悟が手術を受けて戦線離脱。広島は7月に月間16敗を記録するなど、昨年9月の大失速の再来とも言える状況。セ・リーグはどこも厳しいです」
そんな中、阪神が苦手にしているのが中日だ。今季は唯一、リーグ戦で負け越している(7勝8敗)。
「7月度月間MVPの細川成也を筆頭に中日は打線もそろってきていますし、新人捕手の石伊雄太もいい。井上一樹監督の采配も悪くない。
阪神は昔からバンテリンドームを苦手にしており、9月2~4日のバンテリン3連戦をうまく乗り切れるか。その後はすべて甲子園開催ですし、中日とCSで戦うことになっても甲子園での試合となる可能性が高く、そこまで不安視する必要はないでしょう」
ただ、日本シリーズに向けては、独走しすぎの弊害もあるかもしれない。
「05年の阪神がロッテに惨敗したのは、当時はセ・リーグにまだポストシーズン制度がなく、独走優勝を決めてから日本シリーズまで1ヵ月近く空いてしまったから。独走で早く優勝してしまうと、チームとしてのピークも早まる懸念はあります。
パ・リーグ勢には今季交流戦でも8勝10敗と負け越したので、いいチーム状態で日本シリーズを迎えられるかも今後の注視すべき点です」
また、個人成績では本塁打、打点の2冠をほぼ手中に収めつつある佐藤輝がどこまで数字を伸ばせるか。打率でも急上昇し、三冠王も夢ではなくなってきた点もシーズン終盤の注目ポイントと言える。
「先日インタビューをした際、『(本塁打数の目標は)ない』と言っていましたが、40本100打点は達成してほしいです。勝負強さも増していい場面で打つし、最低でも犠飛を放つなどチーム打撃もできる。本当に頼りになる選手になりました」
球団創設90周年にふさわしい有終の美となるのか。さらなる躍進を期待したい。