オグマナオト
おぐま・なおと
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1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。

今季は東京での開幕戦に始まり、シーズンを通して注目を集めたドジャース3人衆。
二刀流復活を果たした大谷、MLBで初めてフルシーズンを投げ抜いた山本、マイナー降格を経験するもリリーバーとして覚醒した佐々木。三者三様の驚異的な成長ぶりを野球評論家のお股ニキ氏が分析する。
ドジャースの日本人3人衆、大谷翔平、山本由伸、佐々木朗希にとって、今季は超絶進化を遂げたシーズンだったが、具体的にどのような成長が見られたのか?
現役投手を指導するピッチングデザイナーで、MLBにも精通する本誌おなじみの野球評論家・お股ニキ氏に解説していただこう。
まずは二刀流復活を果たした大谷について。キャリアハイとなる55本塁打を記録した打棒から振り返りたい。
「5月に月間15本塁打と爆発。ただ、昨季は3度あった月間2桁アーチが今季はこの5月と9月だけでした。一発狙いで打撃が粗くなることもありましたが、それでもシーズンを通して打率.282、55本塁打はさすが。このアベレージの高さこそ、打者・大谷の本領とも言えます」
2年連続50本塁打は史上6人目の快挙だ。本塁打王こそ、カイル・シュワーバー(フィリーズ)に1本差で譲ったが、OPS(1.014)は2年連続ナ・リーグ1位のハイスコアだ。
「6月以降は投手としての調整もあり、打席に集中することが難しい状況だったことを踏まえると、この打撃成績は『すごい!』のひと言。9月に菅野智之(オリオールズ)から2打席連続弾を放ち、ポストシーズンに向けた〝勝つ野球〟モードになってからはバッティングに柔らかさが出てくるなど、修正力も抜群です」
今季はキャリアハイとなる55本塁打を記録した打者・大谷。本塁打王には惜しくも1本届かず
昨季も9月にバットが爆発し、勢いそのままにポストシーズンでも好調だった大谷。ところが一転、フィリーズとの地区シリーズではバットから快音が消え、無安打の日々が続いた。
「ポストシーズンでは相手もさらに研究してきますし、フィリーズなどトップクラスの球団は左投手のレベルが非常に高く、死球も避けたい大谷にとっては攻略が難しい相手でした。ある意味、仕方がないとも言えます」
実際、フィリーズとの地区シリーズでは、今季15勝のヘスス・ルサルド、13勝のクリストファー・サンチェス、12勝のランヘル・スアレスといったMLBトップクラスの左腕たちの前に沈黙。18打数1安打の惨憺たる結果だった。
「MLBはレベルの高い左投手が本当に多い。それでも、レギュラーシーズンでは対左投手の打撃も以前よりだいぶ改善しました。だからこそ、50本以上の本塁打が打てるわけです。
その上で、普段からもっと勝ちにこだわるプレーができれば自然と柔らかさも出てくるし、左投手も苦にしなくなると思います。WBCで見せたように、バントを織り交ぜる工夫も必要だったかもしれません」
では、6月に復活のマウンドに上がり、レギュラーシーズンで14試合に登板した「投手・大谷」はどうだったのか?
「マイナーでの調整登板ができない難しい状況もあり、復帰当初は1~2イニング限定。リリーフ投手のような起用でしたが、投げている球は抜群でした。最終的には6イニングまで投げられるようになり、相手打線を圧倒しました」
2度目のトミー・ジョン手術を経て進化した今季の「投手・大谷」について、お股ニキ氏と本誌は「大谷3.0」と題して注目し続けてきた。具体的に何がすごかったのか?
「最大の進化はストレートの質と強度が上がったこと。常に160キロ超の剛速球を投げ込めるパワーは手術前以上です。さらに、カッター、スイーパー、スラッター、カーブといった多彩な曲がり球に、落ち球のスプリットやハードシンカーをスパイスとして織り交ぜることができる。ピッチングを極めつつあります」
663日ぶりにマウンドに立った投手・大谷。9月は防御率0.00の無双っぷりだった
多彩な変化球の中でも、今季特に際立った球種がある。
「8月27日(現地時間)にカーブを解禁してからは圧巻の成績。9月は3試合に登板して月間防御率0・00。5回ノーヒット投球の試合があるなど、超絶進化しています」
その投球レベルは、投手に専念すればサイ・ヤング賞が狙える域に達しているという。
「今のMLBの打者はデータの恩恵も受け、本当にレベルが高いので、凡庸な投手はすぐ対応されてしまいます。
その点、大谷はあらゆる球種を使えるので、試合の中でも配球の組み立てを変更できる。今季サイ・ヤング賞候補筆頭のポール・スキーンズ(パイレーツ)とも互角のレベルに達しています」
さて、気になるのは大谷の「3年連続MVP」の可能性だ。達成すれば、4年連続受賞のバリー・ボンズ(当時ジャイアンツ)以来の快挙となる。ライバルは本塁打と打点の打撃2冠に輝いたシュワーバーだが、お股ニキ氏は「大谷がMVPで間違いない」と太鼓判を押す。
「打撃面だけならシュワーバーと互角か、万が一、相手が一枚上手だったにせよ、大谷の場合、その打撃成績に加え、サイ・ヤング賞級の質だった投手としての評価もあるわけです。
MVP初受賞を果たした翌年、34本塁打&15勝で逃した2022年も大谷が受賞してしかるべきでしたから、実質5年連続受賞と言ってもいいほど。
こうなると二刀流での活躍は『大谷翔平賞』として別に設けなければ、ほかの選手は誰もMVPを受賞できないかもしれない。大谷がいかに異次元な存在なのかを再認識できたシーズンでした」
そんな異次元の大谷に、来季期待したい成績は?
「打者で60本塁打。投手で165イニング以上、15勝、防御率2点台。この成績が実現できれば、本塁打王とサイ・ヤング賞のダブル受賞でしょう。可能性は十分にあります」
今季のドジャースで唯一、開幕からローテーションを守り続けた山本。30試合登板で12勝8敗、201奪三振。防御率はリーグ2位の2.49、被打率.183は堂々のリーグ1位と安定感を見せた。その要因として、今季途中からお股ニキ氏が指摘していたのが「フォームの微修正」だ。
「7月頃から、ここ数年続けていたすり足気味の投球動作から、しっかりと足を上げ、並進運動から回転運動へとエネルギー伝達効率を最大化するフォームに変わりました。
その結果、球速はアベレージで96マイル超(約154.5キロ)に安定し、9月以降は球速がさらに上がりました。それまでたびたびあった出力の低下がなくなったことは大きな変化です」
MLBは出力が少し低下するだけで打ち込まれてしまう厳しい世界。一方、出力や強度が増すことでケガのリスクは高まらないのか?
「確かに、昨季6月のヤンキース戦では出力を上げて見事な投球を見せたものの、その反動で肩を痛めて数ヵ月離脱してしまいました。ただ、今の山本は8~9割の力感で高い強度を生み出せているので、ケガのリスクも少ない状態だと思います。〝省エネ高出力型〟へと変貌を遂げました」
MLB2年目の今季は開幕からローテーションを守り、リーグトップクラスの成績を残した山本
こうした変化がシーズン終盤での躍進を生み、9月のオリオールズ戦では9回2死までノーヒットノーランの圧巻投球。9月は4試合に登板して防御率0.67と無双した。
さらに、ポストシーズンではブルワーズ相手にMLB初完投をマーク。好投の要因には出力を増したストレート以外にも、変化球活用での変化があったという。
「今年は右打者への攻め方が大きく変わりました。夏以降は右打者へのツーシーム比率が顕著に上昇。これにより、フォーシームやカッターと合わせ、3方向の速球で攻めることが可能になりました」
さらに、お股ニキ氏が以前から「MLBの右打者対策には必要」と提唱していたスライダーも有効活用できるようになったという。
「スライダーがあることで対右打者の投球の幅が広がりました。ここにフォーシーム、ツーシーム、カッター、決め球のスプリットと大きなカーブが加わることで〝七色の魔球〟が完成。すべて同じフォーム、同じリリースなので、打者は見分けがつきません」
残念だったのは、山本が投げる試合では援護点が少なく、さらには救援陣の炎上も重なって、なかなか勝ち星につながらなかったことだ。
「これは打者心理も影響したかもしれません。被打率トップの山本の試合では、相手打者が凡打を重ねる様子をドジャース野手陣も目にするわけで、自分たちも凡退するイメージが強くなってしまうのかも。
また、先発投手が超一流だと、救援投手とのレベル差が大きく、相手打線からすると対応しやすくなる。これらの現象は山本に限らず、〝好投手あるある〟と言えます」
ならば、打線の援護や救援陣の奮起さえあれば、夢のサイ・ヤング賞も見えてくるのか?
「今季はサイ・ヤング賞争いで2位か3位でしょう。防御率1点台のスキーンズ、202イニングを投げたサンチェスも相当いいですから。それでも、9月以降の強度と投球スタイルをさらに洗練させて安定できれば、来季以降、日本人初のサイ・ヤング賞を間違いなく狙えます」
鳴り物入りでドジャースに移籍したものの、右肩の故障もあってマイナーで悩める時間を長く過ごしたルーキー佐々木。しかし、シーズン最終盤にメジャー復帰を果たすと、ポストシーズンではリリーバーとして覚醒。
フィリーズとの地区シリーズ第4戦では3イニング完全救援で、デーブ・ロバーツ監督も「史上最高のブルペン登板」と絶賛。ドジャースファンの称賛も集めた。
では、そもそも佐々木はどんな点で狂いが生じ、いかに復活を果たしたのか?
「佐々木は完全試合を達成した22年がピークで、NPB最終年となった昨季は10勝したものの球速も落ち、フォークの質も悪くなり、三振も減っていました。
さらに、ドジャース移籍後は右肩が下がる変な癖がついてしまい、フォーシームの平均球速が158キロ台から155キロ台にまで低下。球速の優位性がなくなったことに加え、フォークまで遅くなり、相手打者から見切られやすくなってしまいました」
その要因のひとつとして考えられるのが、MLB挑戦を見据えて取り入れたスイーパーが佐々木の投球フォームと合わなかったことだという。
「佐々木の最大の魅力は、ナックルのように右打者の内角に落ちていくジャイロフォーク。ところが、スイーパーで横滑りを意識するとフォークのリリースと相反してしまうため、投球フォームのブレや球質劣化に結びつきました。
スイーパーは人を選ぶ球種で、結局は自分の体、フォーム、リリースタイプに合わない投球ではダメということ。教科書どおりの『フォークと軌道を分けるためにスイーパーを投げる』という戦略が裏目に出たカタチです」
ルーキーイヤーの今季はマイナー降格を経験したが、PSでリリーバーとして覚醒した佐々木
ただ、「今季の苦難も、リリーフの経験も、将来の大きな財産になる」とお股ニキ氏は指摘する。
「ここで一度挫折したのはいい経験。マイナーで鍛え直して元のフォームを取り戻し、チームに必要とされるリリーフとして本来の強度や投球を見せることができた。もともと感覚でやれていた投球を一度は失ったものの、それを理屈で取り戻せたことは大きい。今後、大崩れするリスクが減ったと思います」
来年のWBC、そして来季もこのままリリーフなのか? それとも先発復帰を目指すべきなのか?
「私は常々、佐々木を『世界最高の投手』と言い続けてきましたが、本来の自分のピッチングができれば通用することをこのポストシーズンで証明できました。WBCでも抑えとして期待できますが、レギュラーシーズンでは先発を目指してほしい。
先発で結果を出すには、スライダーを日本で投げていた縦に落ちるジャイロスライダーに戻したほうがいいと思います。さらに、今のMLBで不可欠な3方向に変化する速球系のフォーシーム、ツーシーム、カッターを磨けば、フォークをメインにして勝負できます」