次のパンデミックに備えるため、世界に誇れる研究体制を作るため、本コラムの執筆者でG2P-Japanを主宰する佐藤佳氏が、2024年の抱負を熱量高めに書き綴る! 次のパンデミックに備えるため、世界に誇れる研究体制を作るため、本コラムの執筆者でG2P-Japanを主宰する佐藤佳氏が、2024年の抱負を熱量高めに書き綴る!

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第27話

新型コロナ研究の約3年間でやりたくてもできなかった若手研究者の育成。今回、長期にわたる研究費の支援が決まり、筆者が主宰するG2P-Japanは、国際共同研究のさらなる推進に加えて、人材育成にいよいよ本腰を入れる。

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■「国際先導研究」と「ASPIRE」

昨年末に、うれしい、そして驚きの知らせが届いた。それもふたつ、である。

私が申請していた、日本学術振興会が公募する「国際先導研究」と、日本医療研究開発機構(AMED)が公募する「先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)」というふたつの大型の研究費が、なんとどちらも採択されたのだ。

毛色は違うが、どちらの研究費も、国際共同研究の推進と、若手研究者の育成を軸にしたものである。そして、このふたつの研究費に共通するのは、その支援期間の長さ、である。どちらも今年度から始まり、「国際先導研究」は7年間、「ASPIRE」は6年間、支援が続く。

これまで、私のラボ、および、研究コンソーシアムG2P-Japanの活動は主に、AMEDが公募する、新型コロナ研究に特化した研究費で支援されていた。この連載コラムの第6話でも紹介したことがあるが、この研究費がなければ、G2P-Japanを立ち上げることもできなかったし、その活動を継続することもできなかった。

そういう意味では、この研究費に支援いただけたのはとてもありがたかったのだが、この研究費にはひとつ、大きな欠点があった。支援期間が1年間しかないのである。支援期間が1年間の研究費が毎年公募され、それに申請し、審査され、採択される、ということを3年間続けた。

「それなら、実質3年間支援してもらったわけでしょ」と思う方もいるかもしれない。結果的にはそうなのだが、このような公募形態になっていたことによって、実現がほぼ不可能になっていたことがある。人材育成である。

考えてもみてほしい。「予算があるので、人材を募集します。でも予算が1年間しかないので、任期は1年間です」という求人が出たとして、そんなところで働きたいと思うだろうか?

そういうわけで、これまで私たちは、新型コロナ研究に特化した1年間の研究費を毎年食いつなぐことで、新型コロナ研究を推進することができた。しかしそこに、若い研究者たちの参加を募り、研究分野を底上げすることができなかったのだ。

これまでなかなか叶わなかった、若手研究者の育成。それが、この「国際先導研究」と「ASPIRE」というふたつの研究費を獲得したことによって、ついに可能となったのである。

■「外向き」のチャレンジ

年の始めであるし、所信表明的に、これから私(たち)がやらなければならないことをまとめておこうと思う。

ウイルス研究を進めることはもちろんとして、これからはそれに加えて、ふたつの異なるベクトルの活動を推進していく必要がある。それは、「外向き」と「内向き」の活動である。

「外向きの活動」とは、世界に目を向けた活動のこと。世界中のいろいろな研究者と連携し、世界を舞台に研究を推進するための基盤を作る。そして、研究を持続的に進めるための筋力と体力を身につける。世界で認知され、世界で活躍できる研究活動でなければ、「アカデミア(大学業界)」の活動はうまく回らない。

幸いにして私(たち)は、G2P-Japanという基盤と、そこで成し遂げてきた研究成果をすでに持っている。そして、「国際先導研究」と「ASPIRE」のコアメンバーの大部分は、G2P-Japanのメンバーでもある。それらを足がかりに、これから私たちは、世界のウイルス研究の舞台で活躍できるよう頑張りたいと思っている。

■「内向き」のチャレンジ

そして「内向きの活動」とは、国内に目を向けた、若手研究者の育成のことである。

パンデミック元年の2020年、欧米の大都市は、感染の拡大を止めるために「ロックダウン」をした。これは、アカデミアの研究活動にも大きな打撃を与えたはずだ。しかし、欧米の研究者たちは協力し、連携し、力を合わせることで研究を止めなかった。それによって、パンデミック真っ只中の2020年から論文を出しまくった。

かたや日本では、新型コロナの流行の規模は、欧米に比べると大きくはなかった。緊急事態宣言は発出されたが、法的制約のある活動制限はなかった。AMEDなどの研究費を支援する公的機関は、かなり初期から、新型コロナについての研究予算の公募を出した。そして、日本国内のたくさんの大学や研究機関は、新型コロナウイルスを使った実験ができる、「バイオセーフティーレベル3」の研究施設を持っていた。

つまり日本には、パンデミックの最初から、新型コロナ研究を進めるための環境が整っていたのだ。しかし、2020年の終わり頃には、「日本から新型コロナの研究成果がほとんど出ていない」ということが指摘された。それはなぜか?

これについて、どこまで公に考察されているのかはわからないが、その大きな要因は、「新型コロナ研究に従事できる(若手)研究者がいなかったから」だと私は思っている。つまり、研究活動はできる、予算もある、「バイオセーフティーレベル3」の研究施設もある。しかし、そこで実際に実験できる「人材」が、決定的に不足していたのだ。

われわれG2P-Japanが活動を始めたのは、2021年に入ってから(第6話)。パンデミック元年である2020年には、G2P-Japanはまだなかった。

しかし、今はG2P-Japanがある。そして、「国際先導研究」と「ASPIRE」という、長期間の研究費の支援もある。あとは、私たちと同じモチベーションやビジョンを共有し、ここで活躍したいと思ってくれる若い人たちをどれだけ集め、育成できるか。それこそが「次のパンデミックへの備え」に直結する活動であり、これからの5年間で、私が頑張らなければならないことである。

■5年後の感染症研究のために!

昨年5月に、感染症法5類に移行したことを機に、「新型コロナパンデミックは終わった」と囁かれたりしている。しかし、本当にそうだろうか?

そもそも、今回の新型コロナウイルスによるパンデミックは、コロナウイルスによる初めてのアウトブレイク(感染症有事)ではなかった。21世紀に入ってから、2003年にはSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012年にはMERS(中東呼吸器症候群)という、どちらも新種のコロナウイルスによる国際的なアウトブレイクが、2度も起きていたのだ。

それにもかかわらず、これらの事態で得られた教訓が、コロナウイルス研究の底上げ、あるいは、感染症有事の研究体制の整備につながらなかった。まずはこの事実に目を向けるべきではないだろうか。

そして、2020年に始まった新型コロナパンデミック。これだけの惨事をもたらしたにもかかわらず、過去と同じ轍を踏み、その災禍が、なんの教訓も生まないまま、忘れ去られようとしている。今回のパンデミックが、なんの教訓も生まず、その記憶と経験が、「次のパンデミックへの備え」に活かされない。これはきわめて憂慮すべきことだと私は思っている。

それでは、次のパンデミックに備えるために、私になにができるだろうか?

私ひとりにできることは限られている。しかし今の私には、モチベーションを共有する頼もしいラボメンバーたち、そして、G2P-Japanの仲間たちがいる。さらに、これまで共同研究を進めてきた研究者たちが、世界のいろいろな国々にいる。「国際先導研究」と「ASPIRE」によるこれからの国際活動によって、世界とのネットワークはますます広がっていくはずである。

「パンデミックとたたかう」ために奮闘した経験を活かし、そこで芽吹いたものたちを育んでいくこと。それによって、「次のパンデミックへの備え」となるような、世界に誇れる研究体制を作っていきたい、作らなければならない、と考えている。

そして繰り返しになるが、それを成し遂げるためには、若い人たちの参加がなくてはならない。次のパンデミックに備えるためにも、私たちのモチベーションに共感いただける、感染症研究に興味のある、世界で活躍したいと思っている、若い人たちの参加をお待ちしています!

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佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
公式X【@SystemsVirology】

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