ノエル・ギャラガーが愛用していたギターといえば、エピフォンのリビエラなどのセミアコ(担当編集K談。イラストはイメージです) ノエル・ギャラガーが愛用していたギターといえば、エピフォンのリビエラなどのセミアコ(担当編集K談。イラストはイメージです)

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第66話

1990年代に「ブリットポップ」と呼ばれるムーブメントを生んだUKロックバンド、オアシス。15年ぶりとなる再結成の発表を機に、新型コロナ研究から確固たる感染症の研究シーンを作ることについて考える。

* * *

■2024年8月27日、オアシス再結成!

2024年8月27日、日本時間午後4時。オアシスの再結成が全世界に向けて発信された。所用で東京・銀座の三越にいた私は、Xでそれを知る。

前日の朝に思わせぶりなティーザー動画をXで見てから、ソワソワが収まらなかった。そしてその翌日。オアシスの中心メンバーであるギャラガー兄弟のツーショット写真とともに告知された、2025年夏のライブ、そして15年ぶりの再結成。

オアシスとは、1991年に結成されたイギリス・マンチェスター出身のバンドである。1990年代の「ブリットポップ」と呼ばれるムーブメントを牽引し、UKロックシーンを変容させたバンドである。2009年8月にリードギターのノエル・ギャラガーが兄弟喧嘩をきっかけに脱退し、解散。

この連載コラムにも、オアシスは何度か登場したことがある(23話36話)。オアシスは私の大好きなバンドのひとつだが、その再結成でここまで心が躍るとは思っていなかった。三越での用事を済ませた私は、AirPodsを耳にねじ込み、1994年のオアシスのデビューアルバム『Definitely Maybe』の1曲目「Rock 'n' Roll Star」を爆音で流し、こみ上げる感情を押し殺しながら銀座の街を歩いた。

■「アカデミア(研究業界)」におけるムーブメント?

オアシスにかぎらず、ミュージシャンには、バズるきっかけとなるイベントや曲がある。しかし、オアシスが生み出した「ブリットポップ」のように、ひとつの確固たるシーンを作ることができるバンドはほんのひと握り。スターダムにのし上がるには、バズるのはもちろん、それを継続する実力が求められるのは言うまでもないだろう。

これはいささか強引な結びつけに思われるかもしれないが、バズる、スターダムにのし上がる、ムーブメントを起こす、そしてひとつの確固たる「シーン」を作り出す、という一連の事象は、音楽シーンにかぎらず、「アカデミア(研究業界)」にも当てはめることができる。

最近の「アカデミア(研究業界)」におけるビッグイベントといえば、パンデミックをきっかけとした、新型コロナウイルス研究分野の出現である。私もこの研究分野に参入したひとりであるが、それによってアカデミアで生み出されたものはなにか?

実は、コロナウイルスによるアウトブレイク(感染症有事)という意味では、新型コロナウイルスは3度目のイベントである。歴史をさかのぼれば、2002年には香港やシンガポールなどの東アジア諸国でSARSコロナウイルスが(11話)、2012年にはサウジアラビアを中心とした中東諸国でMERSコロナウイルスが(50話)、それぞれアウトブレイクした。

いずれの場合も、たくさんの研究者がコロナウイルスの研究シーンに参入し、多くの研究成果を報告した。しかし有事が過ぎると、多くの研究者たちはそのシーンから去っていった。感染症有事が過ぎ去ると、その研究を支援する予算が急激に減り、研究を続けることができなくなるからだ。これは世界中の国々で共通して見られた事象である。

ある研究分野が確固たる「シーン」を生み出すためには、ある程度の数の研究者が参加する集団、つまり「学会」のようなものが世界中に組織され、持続的に研究活動が行なわれる必要がある。しかしコロナウイルスの研究シーンは、私が5年前まで従事していたエイズウイルスの研究シーンに比べると、はるかに小さく、もろい。それは、SARSの場合もMERSの場合も、その研究シーンのブームが一過的のもので終わってしまい、ムーブメントを起こすまでに至らなかったからにほかならない。

■「次のパンデミック」に備えるために必要なこと

「『次のパンデミック』に備える」とは、最近の感染症業界でシュプレヒコールのように唱えられるフレーズである。どんなウイルスがその原因となるのか? それはまだ誰にもわからない。しかし、SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルス、そして新型コロナウイルスと、21世紀に入ってから新たなコロナウイルスが3度も出現し、そのたびにアウトブレイクを引き起こした歴史を考えれば、次のパンデミックがまったく未知のコロナウイルスによって引き起こされる可能性は十分にある。

にもかかわらず、新型コロナの研究シーンにおいても、SARSやMERSの場合と同じような兆候が見え始めている。研究予算の急減に伴う、研究者人口の減少である。このままでは、新型コロナパンデミックによって勃興したコロナウイルス研究も、一過性のブームに終わってしまい、ムーブメントは尻すぼみになってしまうかもしれない。そこに、「次のパンデミック」につながるリスクがあると考えられていても、である。

果たして(新型)コロナウイルス研究は、確固たる研究シーンを生み出すことができるのか? それを成し遂げるには、誰かがスターダムにのし上がり、ムーブメントを起こし、確固たる研究シーンを生み出すしかない。

「一発屋」で終わらず、ムーブメントを起こし続け、研究シーンを継続すること。それこそが「次のパンデミック」に備えるために大切なひとつの要素であるのは間違いないと思っているのだが、そのためには何が必要になるのだろうか? 世界の研究者たちと連携すること? 感染症研究の重要さや大切さを目に見える形で一般の方々にアピールを続けること? それらはもちろんわれわれウイルス学者の使命だと思っているのだが、はたしてそれだけで充分だろうか? まったく別の世界のことではあるが、音楽シーンで歴史を作ったオアシスの再結成を目の当たりにして、重ね合わせて考えてみたくなった。

――しかしやはり、それにしてもオアシスである。

デビューアルバムの1曲目で「今夜の俺はロックンロールスターだ(Tonight, I'm a rock 'n' roll star)!」と歌いのけ、ムーブメントを巻き起こしてから30年も経つというのに、「再結成」というだけでこれだけ世間がざわついてしまうあたり、世界的なスーパースターはやはりスケールが違う......。

★不定期連載『「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常』記事一覧★

佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
公式X【@SystemsVirology】

佐藤 佳の記事一覧