チョナンにある、ぬたうなぎ屋の店構え チョナンにある、ぬたうなぎ屋の店構え

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第69話

韓国最後の夜、シンポジウムを終えて一行が向かったのは「ぬたうなぎ」が食べられるお店。ぬたうなぎ、そのグロい見た目とは裏腹に......。

* * *

■チュンブク国立大学へ

翌日。やはりヘイクォンがホテルまで迎えに来てくれて、彼の車でチュンブク国立大学に向かう。チュンブク国立大学はきれいなキャンパスで、またちょうど始まったばかりの紅葉も相まって、秋晴れのとても心地の良い朝だった。

昼食は、学生たちも交えてカルビを食べる。名物らしい蚕(かいこ)のサナギを揚げたものも食べた。ちなみに、私の郷土である山形でもイナゴを佃煮にして食べるので、虫を食べることにはさほど抵抗はなかった。蚕のサナギは初めてだったが、ちゃんと中まで火が通っているので、危惧されるようなドロっと感はまったくなく、ちょっと湿気ったカシューナッツを食べているような食感だった。目をつぶって食べたら、ナッツと区別がつかないだろうと思う。

(左)カルビ。普通にうまい。(右)ポンテギ(蚕のサナギを揚げたもの)。これは別にふつう (左)カルビ。普通にうまい。(右)ポンテギ(蚕のサナギを揚げたもの)。これは別にふつう

午後には講演をし、ヘイクォンやほかのメンバーと、これからの共同研究の進め方について議論をした。国ごとにいろいろと事情が違い、こういうところはやはり、将来の感染症有事を想定するには欠かせない経験と情報、ネットワークであると改めて痛感する。

夕食にはまたUさんが合流し、この日の夜は3人で海鮮料理を食べた。やはりどれもおいしく、箸が止まらない。特にいろいろな具をご飯と混ぜ、ごま油をかけ、自分好みの味にして食べる、ビビンバ風な食べ方が良い(そもそも「ビビンバ」とは、「混ぜごはん」の意)。たまに海苔やエゴマの葉で巻いて食べたりするのも楽しい。

韓国の海鮮料理。どれもうまい 韓国の海鮮料理。どれもうまい

■ひどい二日酔いの中、チョナンへ

この日の夜はほどほどに飲んでホテルに戻ったのだが、翌朝はひどい二日酔いにさいなまれてしまった。朝起きたら枕に足を向けているくらいのありさまだった。まったく記憶にないのだが、上下逆さまになるくらいに寝返りを打っていたらしい。

実は夕食の前に、先月の訪韓(50話)で、ソウル国立大学のチョ・ナムヒョク(Cho Nam-Hyuk)教授から教えてもらったおいしい生マッコリをコンビニで見つけた。1本は今夜の寝酒用に、もう1本はチョナンの夜にでも、と思って2本買ったのだが、買った後に、生マッコリは要冷蔵保存なので、チョナンに持っていけない、ということにはたと気づいた。そうであればやむを得ない。おいしいことに乗じて、調子に乗って2本とも飲み干してしまったのである。

危険な生マッコリ。50話にも登場。危険だがめちゃうまい 危険な生マッコリ。50話にも登場。危険だがめちゃうまい

チョンジュの最終日は、ヘイクォンが車でチョナンまで送ってくれることになっていた。なぜかいきなり具合が悪くなっている私に驚き、また心配してくれた様子だったが、事情を説明すると「そらそうよ」と呆れ顔だった。

そんな私の具合を見て、急遽ランチの予定を変更してくれて、チョナンに向かう途中のなんとかという町(名前は忘れてしまった)に寄って、「スンデクッパ(豚の腸に春雨などを詰めたもの=スンデのスープ)」の店に連れていってくれた。その町は養豚がさかんで、それが理由でおいしいスンデクッパの店がたくさんあるのだという。そしておいしい店が選別されていく理由は、前編で紹介した、チョンジュのヘジャンククの店と同じ原理である。

見た目はなかなかグロテスクなスンデクッパだが、スンデクッパも二日酔いに効くらしい。たしかにスープはつらい胃に染み渡る感じだったし、スンデは噛み締めるほどにうま味が滲(にじ)み出た。ヘイクォン曰く、「二日酔いにはアミノ酸」らしい。日本ではあまり聞かない標語のように思うが、たしかにスンデクッパのおかげで、二日酔いはいくらか改善されたような気がした。

(左)スンデクッパ。「スンデ」とは、豚の腸に春雨などを詰めたもの。うまい。(右)中身はこんな感じ (左)スンデクッパ。「スンデ」とは、豚の腸に春雨などを詰めたもの。うまい。(右)中身はこんな感じ

■シンポジウム in チョナン

素晴らしいもてなしに何度もお礼を言い、ヘイクォンに別れを告げ、いよいよ本来の用務であるシンポジウムである。

この日に来韓した私のラボの学生たちとも合流し、夜には懇親会を抜け出して、韓国料理屋で冷麺やカルビ、カルビタンなどを食べた。

左から、冷麺、カルビ、カルビタン。やはりどれもうまい 左から、冷麺、カルビ、カルビタン。やはりどれもうまい

2日目の朝に講演。著名な先生も多数参加するシンポジウムで、普段はなかなか聞けないような話を聞くことができた。その中でもとても印象に残ったのが、私が現在所属する研究所を2007年に退官され、今では中国で研究をしているM先生の話。

「教育の空白期間は絶対に作ってはいけない。一度空白ができてしまうと、将来、教育に従事する人材が枯渇してしまい、その研究分野が衰退してしまう。中国は過去の失敗から、空白期間の危険性を学んで、今に活かしている。翻(ひるがえ)って、日本は――?」

■ぬたうなぎの夜

韓国最後の夜、このシンポジウムに参加していた、京都大学医生物学研究所(京大医生研、旧ウイルス・再生医科学研究所。ちなみに、私が修士課程の大学院生として進学したときには、「ウイルス研究所」というめっちゃカッコいい名前だった)のK所長が、「どうしてもぬたうなぎを見たい、そしてそれを食べたい」ということで、韓国料理らしいぬたうなぎの店に出かけることになった。私としても、今回のコラムがグルメレポートになるであろう予感もあり、ぜひ同行させていただくことにした。

京大医生研のK所長と私、さらには私が現在所属する研究所のN所長も含め、総勢10名くらいでぬたうなぎの店を訪れた。最初は、店の前の水槽を泳ぐぬたうなぎのグロさにみんなキャッキャウエウエ言っていたのだが、出てきた料理の見た目に一同悶絶した。阿鼻叫喚である。

生のぬたうなぎを炭火で焼いていく。見た目はスプラッター映画ばりにグロい。ちなみに写真ではわからないが、写真に写っているぬたうなぎのぶつ切りたちは、焼き上がるまですべてウネウネと動いていた 生のぬたうなぎを炭火で焼いていく。見た目はスプラッター映画ばりにグロい。ちなみに写真ではわからないが、写真に写っているぬたうなぎのぶつ切りたちは、焼き上がるまですべてウネウネと動いていた

これはさすがに......と思いつつ、腹を括り、焼き上がったぶつ切りの炭火焼きをひと口。これがなんと、信じられないうまさである。食感は焼肉のホルモンのような感じでありつつ、うなぎの白焼きのような香ばしさとうま味が口の中に広がる。最初の見た目からのギャップがすさまじい。韓国焼酎ともよく合い、至福の食事となった。

ぬたうなぎの炭火焼き。信じられないくらいうまい ぬたうなぎの炭火焼き。信じられないくらいうまい

翌日も興奮覚めやらず。昨夜のぬたうなぎディナーに参加した面々と顔を合わせるたびに、「いやあ、あれはすごい(良い)経験でしたね!」と快活に挨拶を交わすほどであった。ふたりの所長とぬたうなぎ談義に花を咲かせたりしながらランチをとり、翌日の他用のために、ひと足先にシンポジウムを後にする。

チョンジュでは、グルメで親切なヘイクォンがプロデュースしてくれた韓国グルメツアー。そしてチョナンでは、M先生からの金言に加えて、ふたりの所長とつついたぬたうなぎ。

低いテンションから始まった今回の出張であったが、想像もしない展開の連続で、とても充実感に満ちた旅路となった。やはり人生、なにがどう転ぶかわからないものである。

――とにかく、ぬたうなぎの炭火焼き、本当においしいです。ぜひご賞味あれ!

★不定期連載『「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常』記事一覧★

佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
公式X【@SystemsVirology】

佐藤 佳の記事一覧