「シェイク・ザイード・グランド・モスク」の夜景 「シェイク・ザイード・グランド・モスク」の夜景

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第104話

筆者がアブダビに求めたのは、実験に使えるラクダの「臓器」。ふとした思いつきから、「肉屋に行けば手に入るのでは?」という話になり、同行のK先生が片っ端から肉屋の場所を調べて電話をかけてくれたのだが......。

* * *

■セミナーを終えて

ニューヨーク大学アブダビ校(NYUAD)では、K先生がセッティングしてくれたセミナー(講演)を行なう。いつも通りに新型コロナに関する話。部屋は満席になり、反応も上々だった。

しかし102話で述べたように、私がアブダビまで来た本来の目的は、セミナーではない。

セミナーの後、いくつかのファカルティーメンバー(教授陣)と個別に面談する。これも、海外でセミナーをしたときの通例行事である。お互いの研究内容を紹介し、共同研究の可能性を模索したり、雑談に花を咲かせたりするのである。

半日ほどの面談ツアーを終えて、K先生のところに戻る。「さて、これで用務も終わりましたし、どうしましょう、モスクとかエミレーツパレスとかに観光に行ってみますか?」とK先生。しかし私はやはり、どうしてもラクダのことが気になっていた。

――違う、そうじゃない。私はラクダのために、研究のために、UAEくんだりまで来たのだ!

......と、そこで、とある教授が面談のときに、「NYUADの学食にはラクダバーガーがある」というようなことを言っていたのを思い出した。

......そう、キャメルミート(ラクダ肉)は食用なのである。そしてたしかそうだ。私はそれを、サウジアラビアのリヤドで求め、キャメルレバー(ラクダの肝臓)にたどり着いたことがあったことを思い出した(73話)。

......ん?

と、そこで私は思う。

......肉を食べるのであれば、その内臓はどこにあるのか?

■ラクダ肉屋へ

――という思いつきを、K先生にぶつけてみる。

というのも、今回私が求めていたのは、研究に使うことができるラクダの「臓器」、つまり「内臓」だったのである。

そうか、そういうことであれば、ラクダの肉屋に行ってみればいいのではないか? という話に落ち着く。

すぐにGoogle Mapsでラクダ肉屋の場所を調べて、片っ端から電話をかけてくれるK先生(こういうフットワークの軽さは、研究を円滑に進める上でとても大切である、と私は思っている)。すると、アブダビの郊外に、まもなく夕暮れにもかかわらず、まだ開店している一軒のラクダ肉屋があることがわかった。

K先生の車で30分ほどかけて、さっそくそこへ向かう。幸いにして、そのラクダ肉屋はまだ開いていた。

「CAMEL PARK BUTCHERY」という、なかなかファンキーな名前のラクダの肉屋の店構え 「CAMEL PARK BUTCHERY」という、なかなかファンキーな名前のラクダの肉屋の店構え

しかし、そこに内臓はなかった。食用ではないからだ。

それでは、その売っている肉は、いったいどこから仕入れているのか? どこで誰がラクダを捌(さば)いているのか?

彼らはとても親切に、近くにあるという「スローターハウス(slaughterhouse、食肉処理場)」の場所を教えてくれた。

そのラクダ肉屋から車でさらに5分ほどして、教えてもらった「アル・シャハマ スローターハウス」に到着する。

「アル・シャハマ スローターハウス」! 「アル・シャハマ スローターハウス」!

ラクダはどこで屠畜しているのか? どこに内臓はあるのか? いろいろ聞き回ってみると、「それならあそこだぜ!」と威勢よく教えてくれるひとりの男がいた。

ちなみに、このときの顛末から学んだことを先に述べると、アブダビの人たちはとにかく無茶苦茶に親切である。語気の強いアラビア語が飛び交うのを耳にするとちょっと気圧されるが、それはそういう文化・風習なだけであって、話しかけてみるとものすごく親身になってくれる。

そのひとりが、このときに対応してくれた、バーレーン人のイーサスである。彼はその、「内臓がある場所」を教えてくれた。早速われわれはそこに足を運ぶ。

たしかに、彼らは無茶苦茶に「親切」ではある。しかし、親切なのだが、言っていることが得てして「適当」なのである。

A「あれがそうだ」
B「ここにはいない」
C「奥の肉がそうだ」
D「ラクダは今日はいない」
E「そもそもここにはいない」

だいたいがこんな調子で、イーサスに教えてもらったその場所も結局は、食肉だけを売るラクダ肉屋であった。

そこに内臓はなかった。元の場所に戻って彼にそう伝えると、「なに!? あそこにもなかったのか!? じゃあ俺が別のとっておきのところを紹介してやる!」とイーサス。そう言うと彼は、「いいから乗れ!」と自分の車にわれわれを乗せ、一路、彼の言う「とっておきのところ」へと向かうこととなった。

意気揚々と自家用車(SUZUKI)でわれわれを運んでくれるイーサス。言うまでもなく初対面である 意気揚々と自家用車(SUZUKI)でわれわれを運んでくれるイーサス。言うまでもなく初対面である

――しかし、これまでの顛末と、向かっている方角からして、われわれはある程度察していた。

......そう、やはり想像した通り。到着したのは、われわれが最初に訪問した、ひとつめのラクダ肉屋であった。

※4月27日配信予定の(4)に続く

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佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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