芸能人や漫画家などアーティストにもディープに支持される「BIGBLACKMARIA」の青山正隆さん 芸能人や漫画家などアーティストにもディープに支持される「BIGBLACKMARIA」の青山正隆さん

あの国民的バラエティ番組のスピリットを引き継ぎ“友達の輪”を!とスタートした『語っていいとも!』

第55回のゲストで歌唄いの浜田ケンジさんからご紹介いただいたのは彫金職人・デザイナーの青山正隆さん。

出会いのきっかけは飲み友達同士のつきあいからだったそうだが、その浜田さんとユニット「The死んだBIRD」を結成しヴォーカルを担当。また、俳優の大森南朋と共同ブランド「SALABA」を立ち上げるなどマルチな顔を持つアーティストだ。

その他にも幅広い交友関係を持ち、ミステリアスともいえるその人物像とは? 自身が代表を務める拠点である恵比寿のジュエリーブランド「BIGBLACKMARIA」のショップでお会いしたーー。(聞き手/週プレNEWS編集長・貝山弘一)

―いきなりこういう連載シリーズで出ていただいて。

青山 ねぇ。なんか…見させてもらったんですけど、急なショボ感で大丈夫かなと(笑)。

―いやいや。浜田さんも「僕でいいの?」って仰ってましたが(笑)。逆にそういうのが面白いなというのも。ガチでお友達を紹介してもらって、いろいろなジャンルの方に広がるのをドキドキ楽しみにしつつ、やはり芸能関係で繋がりがちですし。

青山 ケンジの前の(駿河)太郎ちゃんも結構知り合いで…ずっと友達でいて。

―その駿河さんがやっぱり反骨というか、自分が紹介するのならもっと世に知られてないこんなスゴいやつらがおるんやと、知ってほしい魅力的な人たちがいるだろうってことで浜田さんに繋がったという。

青山 なるほどね。太郎ちゃんもモンスター、怪物ですからね(笑)。親父さんがあんな人(笑福亭鶴瓶)なのに普通でいて。あのコは自然ですから。

―ほんとそれは思いました。あそこまで国民的ともいえる親父さんがいながら、ああいう感性、感覚を保っていられるのがすごいと。

青山 元々、太郎ちゃんを友達に紹介してもらって、その時にケンジを紹介したら歳も近いんであそこらへんがものすごく気があってね(笑)。俺は今年47になるので、随分、年上なんですよ。あいつらは30後半とかですもんね。

―こちらのお店がもう13年とのことですが、そもそもがずっとデザイナーという肩書きでやられて?

青山 いや、元々は…ずっと何もしてなかったんですよ。で、まぁどうしようかなと思って、そしたらたまたま彫金やってる人に拾われて、器用そうだからやってみないかって言われて。やってみたらなんかすぐできて、金になったからやろうかなと(笑)。26とか7歳ですかね。ちょうど20年くらい前。

―ブログとか読ませていただくとファッション系とか音楽、カルチャー含めて、お好きなんだろうなってわかるんですけど。結構、旅人的だったんですか?

青山 日芸(日大芸術学部)の写真学科に行ってて、でもずっと学校行かずに留年してて…25、6でどうしようかなと。そしたら今、そこ(店の工房)にいる中1からの同級生なんですけど、ずっとアメリカのネイティヴインディアンのローリングサンダーっていうメディスンマンに師事していて…。

ふらふらそこから帰ってきて、そしたらローリングサンダーが死んじゃって、またその聖地に行くっていうから、一緒についてくかって。3ヵ月くらいスゲェ貧乏旅行したんですよ。そしたらたまたま…そこに彼の知り合いの日本人の金持ちがいて、メシ食わしてくれるっていうから行って。そしたらその人が彫金のお店をやっていて、やってみない?って。

「浅井健一さんとか仲良くさせてもらって」

―その方もずっとネイティブアメリカンに師事して、向こうでそういう仕事を?

青山 いや、それが…俺の地元が同じなんですけど、名古屋の人で(笑)。でもネイティブアメリカンとも交流がある、そういうジュエリーとかやってる人で。それを扱ったりしながらブライダルもとか。それで名古屋に戻って俺もやり出したんですよ。

―アート系でもいろいろある中、日芸まで行って写真学科を選択して、その道にはピンときてなかったんですか?

青山 写真も興味あるとか、結局は言い訳で…ずっとスゴい貧しい実家だったんですけど、一瞬、親が成金になった時期があって。なんか、金あるから大学行くかみたいな感じで、日芸の入試は2科目だったから受けたら受かって(笑)。まぁ面白かったんですけど、学校、無理かなって。

元々、東京で芸術とかっていうのにすごい憧れがあって。名古屋の下町だったから、それこそ近所の劇場で暗黒舞踏とか見て育ったんで、東京ってどんなんだろう?と思って来たら、みんなえらい真面目で…これちょっとまずいなと。それで行かなくなったんですよ、

―名古屋っていうのも浜田さんと共通しますね。

青山 ケンジはたまたま人に紹介されて、名古屋は関係なく…なんかうちのアクセサリーほしいとかって来て。地元そっちのほうなんだって話はして、まぁちょこちょこ遊んではいたんだけど。ある時、俺が酔っ払って、音楽やるとか言い出したらしくて。そしたら「一緒にやろう」って…そこから仲良くなったんですよ。

―え、一緒に音楽もやられてるんですか?

青山 やってるんですよ、今。40過ぎて、音楽やり始めまして(笑)。

―なんですか、そのマルチ感(笑)。

青山 なんか、酔っ払って、ああするこうするってのすごく好きなんですよ、そういうこと言ってるのが。でもいい歳だから周りがちゃんとしてきちゃって、動き出しちゃうんですよね、で、いろんなことやるようになって…。

―遊び仲間では一番年上なんだけど、率先してそういう新しいことやって、いつまでも老けたくないみたいな?

青山 いや…俺もう、静かにおとなしくしてたいんですけど。なんか酔っ払うと記憶がなくなって、すごく大らかになるんですよ。そうするといつの間にかいろいろなことになってるみたいなのが多くて…。

―僕も飲むと楽しくなって、いつの間にか記憶なくすほうなんで共感はしますが(笑)。

青山 いつもそんな感じで。こっち出て来て、最初はみんな知り合った人が年上で、俺が一番小僧みたいな感じだったんだけど。ベンジー(浅井健一)さんとかとずっと仲良くさせてもらって、アホみたいにみんな飲むから…歳取って他所で飲んだら、人ってそんな酒飲まないんだってわかったんですけど(笑)。

「一生飲んでるような時期もあったり…」

―俺の周りが特殊だったと(笑)。その交友関係も興味深いですけど、先のお話の名古屋に戻って彫金をってことで、しばらくは向こうで修行されたんですか?

青山 そうですね。7年くらい名古屋にいて。一応、大学は卒業したんですけど、ずっと働いたことがなくて…だから初めてだったんですよ、働くってことが。でも、たまたまやってみたらすぐできて。結構、大きい会社だったんですけど、一番売れてNo.1になって…あれ?と。

―会社の中で彫金のデザイナー? それとも職人さんですか?

青山 デザインもして作るのもするので、職人でもありデザイナーでもあるかな。だから普段は基本的にずっとしょんぼりして引きこもりがちですよ(笑)。波があって、一生飲んでるような時期もあったり、急にしょぼしょぼ作ったりとか。

―ブログにもありました。たまに外出ると、言葉を忘れてて間違えるとか(笑)。じゃあ名古屋時代は地元の中で完結して、そこまで交友関係も広くはなく?

青山 そうですね。東京にもお店あって出て来たりとか、友達がみんなそれなりにいろんなところで活躍し出したりして、こっち来りゃいいじゃんってなって来たんですけど。

―そのタイミングでこちらの店も立ち上げられて。でも名古屋の頃から青山さんの作品を支持してくれるマニアがいたからこそですかね。。

青山 ちょっとは…あとベンジーさんと偶然知り合って、僕はファンで向こうがアクセサリー作りたいって言ってくれて、そういうのを作り出してはいたんですよ。で、こっち来て、友達のところ転がり込んでやるつもりだったのに、なんか知らんけどたまたまいい雰囲気の場所見つけて、貸してくれるっていうから。

最初、ただ楽しいなって毎日飲んで過ごしてたんですよ、気づいたら3ヵ月とか半年くらい経ってて、周りの人に「お店ってまだなの?」って言われて「わっ」って…。で、慌てて店をオープンして。

―だいぶ自由ですね(笑)。まぁでもそういうお酒とか飲みの付き合いも身になって。店も最初から受け入れられたというか、自信はあったんですか?

青山 そこまでそんなつもりもなかったんですけどね。自信とかも特にない、あんまり考えもなく。シルバーブームみたいなのがあった時だったんで、なんとかなるかなって。まあ…思いの外、なんともならずにいるんですけどね、ずっと。

―それは逆にいろいろ広げちゃうと楽しくなくなるとか、自分の目が全部届かないとか。

青山 いや、なんか…いわゆる業界っていうのはうまくいかなくて。最初の頃、呼ばれたらパーティとかも顔出したりしてたんですよ。でも俺、ルールは守りたいタイプなんで5分くらい前に行っちゃうんです。そしたら、そういう業界の人って誰もいないじゃないですか。で、間がもたなくて、みんな来る頃にはベロベロになってるとか。

なんか、真面目なはずの僕が、逆のイメージで「あの人、酔ってよくわかんない」みたいになってて。いろんなところにいても、何が楽しいんだろうとか思うようになって。

―なんか他人事ではないというか。僕もベロベロなほうなので(苦笑)。

青山 そんな感じは(笑)。

「モラルのない下町に育ったので」

―でもそれで気心の知れた飲み仲間とはディープに付き合えるというか。浜田さん曰く、青山さんはみんなのアイドルですからと。特に大森南朋(なお)さんとは日々つるんで、一緒にファッションブランドまで立ち上げて。

青山 まぁそう…大森さんはほんと大人になってからできた友達って感じで、もう15、6年、もっとなるのかな。なんだかんだ週2、3回くらいは会ってます(笑)。

―それ…10代、20代だったらわかりますけど、どれだけ蜜月なんですか(笑)。

青山 その前はそれこそベンジーさんとも週5くらい飲んでましたから。なんか、ハマるとそうやって遊んでるんですよね。

―それはどちらからともなく? 年上に可愛がられるタイプとか、自分が年下を連れ歩くほうとかあるとして、どっちもありですか。

青山 特にないかな…結構、もじもじするんで、言われるままに需要があったら…呼ばれたら行くって感じでずっとね。俺、自分からは携帯番号とか聞くの怖いですもん(笑)。

―やっぱりみんなのアイドルですか(笑)。引きこもりの職人的な感じと、飲む時のギャップも不思議な得体の知れなさというか…。

青山 いやいや、全然そうじゃないんですけど。ケンジとか太郎ちゃんとも共通の仲良いやつがいて、周りが人との輪をわーって広げていくので…。大森さんにしても、割と社交的でどんどん紹介されて。まぁ、何百人もいる中で何人かって感じです。

―浜田さんも全然飲み友達は少ない、4人くらいしかいないですよって。端から見てるのとも違って、本人はそんなものですかね。

青山 外から見るとね、なんかすごそうなんだけど…実はしょぼしょぼしてるっていう。だからケンジも知り合ってずーっと何年間かそんなでもなくて、そしたらめちゃくちゃ仲良くなって、可愛くてしょうがないなって気になっちゃって。すげえバカだから(笑)。

―ははは。わかる気がします。難しそうに見えますけど、人懐っこそうな。

青山 そうなんですよ。まぁこっちもうだつ上がらないし、基本的にペコペコして(笑)。見かけ倒しで、悪人ヅラなんで…。

―そこがまた油断させてるんでは(笑)。お酒飲んで、酔っ払って記憶なくしても、暴れるタイプではなく人がよくなるんですね? 

青山 喧嘩とかは一切ないですよ。自損したり、何日間もどっか行ったりとかはしてるけど。

―自損って(笑)。まぁでも基本はピースフルで。創作のモチベーションだったり、ベースには音楽やアートの影響があるんですか?

青山 そういうのもあるんでしょうけどね。なんか、昔すぎて忘れちゃったなって感じですよね。ほんと、名古屋のモラルのない下町に育ったので、まぁ…ひでえ町だったんですよ。東京でいう浅草のもっと栄えてない版みたいな。

「自分に対する破壊衝動はあるんです」

―モラルのない下町(笑)。

青山 町中なんですけど…やくざと怖い人と、じじいとばばあとホステスしかいないみたいな。本当に普通のおっさんにカツアゲされたり、タクシーの運ちゃんからシンナー買ったりとかね。そんな町だったから。

―自分もそっちのやんちゃなほうだったんですか?

青山 悪いことは…暴力とかはないんだけど、割と機転が利くほうだったので、一斗缶を手に入れるのが上手だったり、結構ちやほやされて(笑)。

―重宝がられるタイプだ(笑)。策略家というか軍師タイプみたいな。元々、ファッションが好きで、カッコいいとかオシャレに敏感だとかは。

青山 実は、ファッションは全然で。一生、同じジーパン履いて…今も普段、本当にドカジャンとか作って、もらったものとかずっと同じもの着てたり。大森さんと背が全く一緒なんで、ある時から服をもらうようになって。こんな変な服着れるかよとか言ってたけど、それしかないから着てたら、急にオシャレって言われるようになって(笑)。

―大森さんにお下がりもらってたんですか(笑)。

青山 そうです。服好きでいっぱい持ってるから。「これ着る?」「うん」みたいな。いっつも同じ服着てるじゃんって言われて「それ、なんかこだわってんの?」って話だったんですけど。いや、そういうわけじゃなく、怖くて服屋とかがあんまり入れないのでって。そしたらすごいくれるようになって。

―(笑)僕も服屋は苦手なほうで。喋りかけられるのとか、ほっといてって感じ。時々、コーディネートを提案されたり、勘弁してくれって。

青山 ほんと、すげえ緊張感でいくから、こんなもの買う気なかったのにみたいな変なもの買っていつも失敗しちゃうとか。だから俺、美容室も行けないからずっと自分で切って。

―そうなんですね。それでカッコよく見えるからいいですけど。

青山 さすがにね、30年以上切ってるから、自分で。だから最近ですよ、まだこんな整ったのは。30代なんて歯抜けでしたしね(笑)。

―一見でお会いすると、当然オシャレでセンスに敏感なイメージを持たれるでしょうけど。

青山 いやいや、全然もう。自分で金歯作って、アロンアルファで付けてね。そしたらほとんど差し歯なので、どんどん取れてきちゃって。酔っ払って飲み込んじゃって、ああ、金の塊飲んじゃって高いのにな…とかって。

―だいぶヤンチャというか。やっぱりアブナい魅力が…(笑)。

青山 自分に対する破壊衝動はあるんですよ、常に。それが外に向かないというか。

―ほんと自損なんですね(笑)。それが端から見てたら目が離せないというか。

青山 雰囲気モノですよね、言っちゃえば(笑)。

●続編⇒語っていいとも! 第55回ゲスト・青山正隆「右近はすごい可愛くて。初めておっさん心がくすぐられるというか…」

(撮影/塔下智士)

■青山正隆(あおやま・まさたか) 1971年5月23日、愛知県生まれ。日大芸術学部に入学し、その後、海外で彫金と出会い、国内で修行を積む。05年にはジュエリーブランド「BIGBLACKMARIA」を立ち上げ、代表兼デザイナーとして活動。現在は浜田ケンジとのユニット「The死んだBIRD」でボーカル、大森南朋との共同ブランド「SALABA」でデザイナーを務めるなど活躍の幅を広げている。