旅人マリーシャたびびとまりーしゃ
平川真梨子。旅のコラムニスト。バックパッカー歴12年、125ヵ国訪問。地球5周分くらいの旅。2014年より『旅人マリーシャの世界一周紀行』を連載。
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世界の宿シリーズ第四弾は、世界でも珍しい4段ベッドが登場! 今回は南米の宿にまつわる話。やはり旅人はこんな宿に縁がある。
私が2014年にスタートした世界一周の旅はまず治安の良いオセアニアでの肩慣らしから始まり、本格的に冒険色が強くなったのは南米からだった。
イグアスの滝やペリトモレノ氷河、イースター島、ウユニ塩湖、マチュピチュ遺跡など、スケールの大きい大自然や世界遺産。そして生まれて初めて食べる料理や民族によって異なる国民性、ポルトガル語やスペイン語圏での生活習慣や言葉の壁など、その全てはまだピカピカのバックパッカー一年生だった私の全神経を刺激した。
南米旅1ヵ国目のブラジルで泊まったのは「フライデーズホステル」という安宿(現在閉業)。安いのには理由があって、部屋のクオリティはもちろん、安宿は治安の良くない場所にあることが多い。この宿もラパ地区というライブハウスやバーなどナイトライフが盛んな飲み屋街にあった。
しかし私にとってはこれがアタリで、リオのカーニバル期間中で周辺には屋台がいっぱい。警備のパトカーも常駐し、通常なら危険な夜遊びもガンガンいけた(もちろんスリなどのリスクはあるので、犠牲となっても良いカメラと最小限のお金をポケットにつめて)。
私は朝までカイピリーニャ三昧でフラフラになるまで踊り狂ったけれど、宿はスグそこ。そのままベッドにダイブできるし、遊んでる途中は何度もトイレに駆け込むことができた(これ重要)。
連日のお祭り騒ぎでは宿前が人混みで溢れることも。疲れている時は窓から、盛り上がる人々やラブラブなゲイカップルを高みの見物をし、その雰囲気を楽しんだ。また近くには「セラロンの階段」や「カリオカ水道橋」があり、しっかり観光名所を押さえられるのも嬉しかった。
私が泊まった部屋はベッドと手洗い場だけの個室で、蛍光灯の光は陰気臭かったけれど、泥のように眠るだけだったので問題なし。
共有スペースのリビングではテレビでカーニバルの中継を見たり、キッチンではベネズエラ家族から国民的料理アレパ(トウモロコシ粉のパンのサンドウィッチ)をご馳走になったり、宿スタッフたちはアルゼンチン人のマルセロや、イケメン青年マティアス、それからフランス人のチビ(という名前の長身男子)など、世界の陽気なキャラがいっぱいで、毎日がとても色濃かった。
入国ビザが必要だったブラジルも、現在は日本を含む4ヵ国は免除。地球の裏側だけれども、以前より気軽に行けるのはありがたい。カーニバル期間であればまた夜遊びエリアの安宿に泊まりたいものだ。
ブラジルで「案外安全かも!?」と調子に乗っていた私は、アルゼンチンで見事に洗礼を受けた。
「南米のパリ」として知られる首都ブエノスアイレスは欧風建築や街並みが美しく、肉とワインとタンゴが名物。あんなことがなければ最高な旅ができたのに――。
この街に来て2日目。バックパックを背負い旅友と昼間の「7月9日大通り」を歩いていると、かの有名なケチャップ強盗に襲われた(わざとケチャップなどをかけて衣類などを汚し、助けるフリをして荷物を奪う手口)。あっという間に強盗集団に囲まれ貴重品を奪われてしまった。
とにかく助けが必要な私たちは、藁(わら)をもすがる思いで日本人宿を訪れた。日本人の旅人なら誰もが知る「上野山荘別館」だ(現在閉業)。治安の良くないエリアにあり、セキュリティのためか予約なしでは追い返されるとの噂。震える指でインターホンを鳴らすと、その先の声はオーナー代理で宿番をしていた旅人。緊急事態を察し招き入れてくれた。
空きベッドはなかったが、インターネットを借りて日本に連絡したり、クレジットカードを止めたりとトラブル時の応急処置ができて本当に助かった。
海外でアクシデントが起きた時、同じ国民同士だと言葉も通じるし、より親身になってくれる。海外経験のためにと日本人宿を避けていた私だったが、こんな時ばかりは日本人だらけの空間に心底安心し、これをきっかけに積極的に泊まるようになった。
後日の宿泊を約束して、私は元々予約していた「IDEAL SOCIAL Hostel」という、今度は世界から旅人が集まる安宿に移動した。
「今さっき強盗に遭ってしまって、本当に申し訳ないんですけどあとでお金を用意するのでひとまずチェックインさせてもらえますか?」
受付で無理なお願いをしていると、
「君も? 俺も! 俺も!」
なんとそこには他にも強盗に襲われた各国の旅人がいた。全部で8人も!
ロビーは強盗トークで持ちきり。なんでもこの日は計画停電があったため、そこを狙ったのか異常なほど犯罪だらけだったらしい。宿のロッカーの鍵を盗られた人もいて、電ノコで火花を散らしながら施錠部分を破壊したりと宿側は大変だっただろうが、被害者たちを受け入れ懸命にフォローしてくれた。
また現地宿泊客からも温かい励ましを受けた。アルゼンチン人にとって欠かせないものと言えばマテ茶。伝統的なひょうたん型のコップに茶葉を入れ、鉄製のストロー(ボンビージャ)で飲むのがお決まりだ。
「アミーゴ(友達)なんだから同じボンビージャ(鉄製ストロー)で飲むのよ」
マテ茶は「ロンダ」と呼ばれる回し飲みが基本マナーで、親しい仲や信頼関係を示す。私は彼女らにアミーゴとして迎えられ、回ってくるマテ茶を何度もすすった。緑茶より少し苦いマテ茶は、恐怖で強張っていた私の心と身体の緊張を和らげてくれた。
神経をすり減らした一日だったが、やっと少し眠りにつけそうだ。その時、私は男子ドミトリーのドアの隙間からとんでもないものを発見!
「1、2、3......、えええ! 4段ベッド!?」
そこには落ちたらひとたまりもない高さに組み立てられたスチールベッドがあった。なんと柵もないチャレンジングな設計。
4段目の高さから落ちるのも怖いが、上から落ちてくるかもしれない下段に寝るのも怖い。実際登った人の話だとあまりにも高くて揺れるし、壁に張り付くしかなく眠れる気がしないとのこと。
日本ではなかなかお目にかかれない......というか世界125ヵ国でもここでしか見たことのない世にも珍しいベッドだった。(どこで売ってるんだか)
女子ドミトリーに4段ベッドはなく、私は2段ベッドの下段で強盗被害を振り返ってはメソメソと泣いた。
ブエノスアイレスでは何もできなかったので、いつかリベンジの旅をしたいと思っている。その時はまたこの宿のドアを叩いてみよう。
平川真梨子。旅のコラムニスト。バックパッカー歴12年、125ヵ国訪問。地球5周分くらいの旅。2014年より『旅人マリーシャの世界一周紀行』を連載。
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