【めんたいフランス】魔法のかかったような美味しさ。僕の世界を広げてくれた街の名物パン屋さん:パリッコ『今週のハマりメシ』第199回

取材・文・撮影/パリッコ

ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

数ヶ月前のある休日の昼。地元エリアのひとつである西武新宿線の上石神駅近くにある好きな飲食店に、一家のランチをテイクアウトしに行った。が、あいにくその日は臨時休業。

突然当てが外れてしまったので、ひとまず妻に電話をしてみる。すると娘が「パンが食べたい気分」とのことで、そういえば駅の近くに昔ながらの街のパン屋さんがあったなと思いだし、初めて入ってみたのが「藤ノ木」だった。

「ホームベーカリー 藤ノ木」「ホームベーカリー 藤ノ木」
結論から言ってしまうと、これが衝撃の出会いとなった。色とりどりのパンたちは、一見よくある街のパン屋さん的な素朴さながら、なにを食べても魔法がかかっているかのように美味しい。自宅からの最寄駅でないとはいえ、なぜ今まで入ったことがなかったんだと後悔するとともに、一瞬で藤ノ木のとりこになってしまった。以降我が家では週末ごとに、ランチの候補に必ず藤ノ木が登場するようになった。

肉厚なとんかつが口中を幸せで満たしてくれるカツサンド。極太のフランクフルトを薄目の生地で巻いた肉肉しさ満点の「ジャイアントBoo」。酒のつまみにも極上の、キッシュやタルティーヌ類。定番のコロッケパンやカレーパン。フルーツやフィリングを自分好みに選べる「フルーツコッペ」や、生ドーナツなどのスイーツ系。とにかくどれも驚くべきクオリティで、いつ行っても大人気なのも納得だ。

以来何度も通っているうち、あくまで僕の個人的な、現段階でのトップ2と言えるメニューが明確になってきた。

買ってきた買ってきた
ずばり「めんたいフランス」(税込367円)と「フィッシュ」(税込302円)だ。

「めんたいフランス」と「フィッシュ」「めんたいフランス」と「フィッシュ」
晴れた日に公園の木陰のテーブルで、よく冷えたビールでも飲みながら藤ノ木のパンをほおばる。これは、上石神井から遠くない場所に住んでいる者の特権とも言える極上の時間だろう。

いただきますいただきます
まずはフィッシュから。あまりにシンプルなネーミングだが、いわゆるタルタルフィッシュフライサンド。コッペパンの切り口に巨大な白身魚のフライと、チーズ、タルタルソース、レタスが挟まれている。

はみ出すフィッシュフライはみ出すフィッシュフライ
その構成から、味の方向性として想像してもらいやすいのは、マクドナルドの「フィレオフィッシュ」だ。それの、極上手作りバージョンというか。ふわっと甘いパンと、ざくりとした衣が心地いいフライ、シャキシャキのレタス。その食感のハーモニーが素晴らしく、やがてチーズのコクと、自家製タルタルソースの華やかさと、淡白ながらきっちりと旨味のある白身魚の味が融合しだすと、もう極上。

しかも、決して嫌いではない、というかむしろ大好物なのに引き合いに出してしまって面目ないが、マックのフィレオフィッシュ換算で、2個ぶん以上のボリュームがあると思われ、遠慮なくかぶりついてその味を堪能できるのがたまらない。

藤ノ木があれば、僕は何度だってこの興奮を味わうことができる。ありがとうございます。

さらにビッグなめんたいフランスさらにビッグなめんたいフランス
そして、めんたいフランス。正直に言って、僅差ではあるけれども、僕の藤ノ木ランキング第1位はこいつだ。

ちなみに僕は、バゲットなどのフランスパン類は、「硬いから」というバカみたいな理由で、そんなに好きなほうではない。ではなぜ買ってみたのかと聞かれると自分でもわからず、始めはただなんとなく、呼ばれたような気がしたからとしか言いようがない。ところが、これにハマった。

しっかりと硬いパンの中央に切り込みが入っていて、その断面にはこれでもかと明太ソースが塗られている。パンの上部にも、波型に明太ソース。また、手でちぎりやすいようにか、等間隔で横にも切り込みを入れてくれている心遣いが嬉しい。

惜しみない明太の量惜しみない明太の量
初めて食べた時は脳に衝撃が走ったような感覚だったが、その味を知ったうえで食べても毎回感動する。

バゲットの硬い皮で口のなかを傷つけないよう、慎重に慎重に奥歯に力を入れながら、ゆっくりと噛み締める。バリ、バリ、バリ......。するとまず感じるのは、強烈な香ばしさ。焼き立てのパンが並ぶオーブンを開けた瞬間の光景が脳裏に広がるようだ。

食感はカリカリから、サクサク、そしてふわりと徐々に変化してゆく。すると、じゅわりと潤沢に溢れるオイリーなバターの風味。さらに強めの塩気、明太子の香りと刺激が広がりだし、なんとも多層的でぜいたくな味だ。めんたいフランスって、こんなにもうまい食べものだったのか。当然、藤ノ木のものは特に、なんだろうけど。

練馬区の至宝練馬区の至宝

当然ワインに合うし、味がしっかりしていて明太子の主張も強いから、ビールでもチューハイでも本格焼酎でも日本酒でもなんでも合うはず。今日は軽めのビールを合わせたい気分だったのでバドワイザーの瓶を選んだが、これがぴったりだ。

あまりにもクセになる味なので、うっかりしているとバゲットをひとりで1本、勢いで食べきってしまうことさえあり、さすがにそれはカロリー過多だろうから、毎回注意しながら食べる必要がある。

この味を知って以来、ホームパーティーやイベントの差し入れに、頻繁にこのパンを買ってゆくようになった。先日はとあるラジオ収録のゲストに呼んでいただき、ビールに合うおすすめのおつまみを教えてほしいと言われたので、わざわざ当日に買って持っていったらパーソナリティーの方もスタッフさんたちもとても喜んでくれていた。

ただ、今、とても寂しいことがひとつだけある。藤ノ木は、8月中旬から10月上旬まで、店舗改装のためお休みされるのだそう。パワーアップして戻ってきてくれるのはとても喜ばしいことだけど、今から1ヶ月半ほど、あのめんたいフランスが食べられないなんて......。

そもそもフランスパンなどほぼ食べる習慣のなかった僕をここまで変えてしまった藤ノ木。おそろしい店だ。

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  • パリッコ

    パリッコ

    ぱりっこ

    1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
    著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
    公式X【@paricco】

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