昨年末から新型コロナの新変異株「JN.1」が全世界で大流行している。昨年末から新型コロナの新変異株「JN.1」が全世界で大流行している。

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第28話

年末年始にかけて、全世界で流行が急拡大している新型コロナウイルスの変異株「JN.1」。実はその親株は、昨年8月に週プレNEWSでもいち早く取り上げた「BA.2.86」だという。では、なぜ親株が大流行せず、その子孫が感染を大きく広げることになったのか? また、その動向から見えてきた、大流行する変異株のある特徴とは?

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■年の瀬の新型コロナの進化のおさらい

2023年の年の瀬。ビートルズの「Here Comes The Sun」などを聴きながら、ここ数年の年の瀬を振り返っていると、ふとあることに気づいた。

年の瀬には、新型コロナの流行に強く関連する、ウイルスの進化に大きなイベントがあることが多いようである。そもそも、「中国の武漢で、謎の肺炎が流行っている」という最初の報告がWHO(世界保健機関)に届けられたのが、2019年の大晦日。

2019年12月30日、中国の武漢市衛生健康委員会が医療機関に向けて出したとみられる、原因不明の肺炎への取り組みに関する緊急通知。2019年12月30日、中国の武漢市衛生健康委員会が医療機関に向けて出したとみられる、原因不明の肺炎への取り組みに関する緊急通知。

「パンデミック元年」は2020年だが、新型コロナウイルス感染症の正式名称が「COVID-19」と2019年に由来するのは、2019年のうちにWHOに報告があったから。つまり、2019年にはすでに人間社会に出現・侵入していたからだ。

ここで、「年末」とかけて思い浮かぶことを書き出してみる。

2019年末。中国で、新型コロナウイルスが出現。
2020年末。イギリスで、アルファ株が出現(と、mRNAワクチン接種開始)。
2021年末。南アフリカで、オミクロンBA.1株が出現。
2022年末。アメリカで、オミクロンXBB.1.5株が出現。
2023年末。フランス(?)で、オミクロンJN.1株が出現。

今回のコラムではまず、ワクチンが広く接種された後の、2021年以降の状況をそれぞれ深掘りしてみる。

■2021年末:オミクロンBA.1株の出現

2021年の末(11月末)に、オミクロンBA.1株が突如出現した理由については諸説ある。その中でも私は、以下の説が有力だと考えている。

デルタ株までは、「感染力」が強い株が有利だった。しかし、急速に進んだワクチン接種によって、新型コロナに対する免疫を持った人の割合が急増。それによってウイルスは、流行を広げるためには、「強い『感染力』」という特性だけではなく、「新型コロナに対する免疫から逃避する力(=免疫逃避力)」という特性を獲得する必要性がでてきた、というものだ。

また、オミクロンBA.1株出現時のG2P-Japanの奮闘ぶりについては、この連載コラムでも触れたことがある(第16話)。余談だが、これが「もう」2年前なのか、「まだ」2年前なのか。いずれにせよ、はるか昔の出来事のように感じられる......。

■2022年末:オミクロンXBB.1.5株の出現

次に、2022年末。流行拡大したXBB.1.5株の前に理解しておくべきは、その親株にあたるXBB株。こちらについては過去のコラムで詳しく解説しているので、そちらを参照いただきたい(第3話)。

まず重要なのは、親株たるXBB株が最初に見つかったのは、2022年の夏の終わり頃だった、ということ。そして当時は、まったく別系統の変異株である「BQ系統」と勢力争いをしていて、どちらが優勢になるかはまだ読めない状況にあった。ただし、われわれG2P-Japanなどの研究によって、親株であるXBB株の時点で、その「免疫逃避力」はほぼ最強レベル(当時)にあることはわかっていた。

その状況が一変したのが、12月のアメリカでの、XBB.1.5株の出現である。2022年の末に突如出現したXBB.1.5株は、アメリカで感染を急拡大させた。

親株たるXBB株に比べて、XBB.1.5株は、スパイクタンパク質にたったひとつの変異をプラスしている。「F486P」という変異だ。2023年始めのG2P-Japanスクランブルプロジェクトによって、このF486Pという変異が、ウイルスの「感染力」を上昇させるものであることが明らかになっている。

つまり、XBB株のほぼ最強レベル(当時)の「免疫逃避力」をベースにした、「F486P変異の獲得による『感染力』の向上」が、XBB.1.5株の流行拡大のキーだった、と考えられる。

■2023年末:オミクロンJN.1株の出現

そして、2023年末。その主役たるJN.1株の親株は、2023年の8月の終わりに突然見つかった、BA.2.86株。ちなみに「JN.1」とは、「BA.2.86.1.1」が改名されたものであり、れっきとしたBA.2.86株の子孫株である(なお、変異株のネーミングルールについては、第3話を参照)。

JN.1株やBA.2.86株は、それまでの流行の主流だったXBB系統とはまったく異なる、BA.2株直系の子孫株。その親株に相当するBA.2株に比べて、スパイクタンパク質に30以上もの変異を一気に獲得していることから、「これはもう『オミクロン』じゃなくない?」などとSNSで騒がれたりもした(第4話)。

余談だが、2023年8月当時、BA.2.86株の出現については、世界各国でそれを報じていた。しかし、感染症法5類に移行した後だったこともあるのか、日本では、「新型コロナについてのニュースを報じることが禁じられているんじゃないか」というくらい、大手既成メディアからの報道がなかった。

私の理解では、BA.2.86株について本邦で初めて報じたのは、私が取材対応した『週刊プレイボーイ』の記事である。世間の潜在的な注目度が高かったのであろう、敏腕ライターのK氏によって書かれたこの記事(「オミクロン株出現以来の大進化! コロナの新しい変異株「BA.2.86」はマジでヤバい!?」)は、かなり広く読まれたようである。

閑話休題。BA.2.86株は、実は出現当初に懸念されていたほどハデに流行拡大することはなかった。しかしそれが、やはり年の瀬にさしかかり、スパイクタンパク質に「L455S」というひとつの変異をプラスする。これによってJN.1株へと改名・進化すると、爆発的に流行拡大を始める。2023年11月から年末にかけて、フランスで流行が急拡大し、一気に主流の株へと躍り出た。

われわれの最新の研究結果によると、前年のXBB.1.5株のF486P変異とは違い、JN.1株のL455S変異は、ウイルスの「感染力」には大きな影響は与えないようだ。一方、この変異によって、「免疫逃避力」がかなり向上している。つまり、「L455S変異の獲得による『免疫逃避力』の向上」が、JN.1株の流行拡大へのキーのようである。

■「年の瀬の進化」から推測できること

まだ2022年末と2023年末の2例でしかないが、このふたつの流行にはいくつかの共通点が読み取れる。

その1。それぞれの親株(ベースとなる変異株。2022年のXBB株と、2023年のBA.2.86株)は、その時に主流だった株(2022年のBA.5株と、2023年のXBB系統株)とはかなり異なる配列を持っている。

その2。この「親株」に相当する変異株は、その年の晩夏に出現する。

その3。この「親株」そのものが、いきなり大流行することはない。

その4。この「親株」のスパイクタンパク質に、ひとつの「プラスアルファ」の変異、つまり、2022年のXBB株にとっての「F486P」、2023年のBA.2.86株にとっての「L455S」が入ることをきっかけに、流行が急拡大する。

その5。「プラスアルファ」の変異は、「感染力」の向上(XBB.1.5株にとってのF486P変異)、あるいは、「免疫逃避力」の向上(JN.1株にとってのL455S変異)に貢献する。

そしてその6。この「プラスアルファ」の変異が獲得されるのが、ちょうど年の瀬にあたる。

最後に念のため。これはあくまでケーススタディ、あるいは、科学的知見に基づいた私個人の「推測・私見」であり、「予言」や「法則」のようなものではないことには、くれぐれも留意いただきたい。

■「延長戦」に突入した新型コロナ禍、2024年は......。

このコラムを書いている2023年12月29日現在、日本は第10波の入り口にいる。インフルエンザや溶連菌などに加えて、新型コロナの感染も急拡大している。都内では連日、東京消防庁から救急車ひっ迫アラートが出ている。そのような「確証」をもって、大手既成メディアもようやく、JN.1株の流行拡大を報じ始めた。

"8割おじさん"こと西浦博先生(京都大学)は、過去の著書かインタビューの中で、新型コロナの流行の波を野球のイニングに喩えていた。第1波が収束したタイミングあたりで、「まだまだ1回の表裏が終わったところ。これから2回、3回と『流行と対策』が続いていく」というようなことを述べていた。

それがついに、10回表、である。延長戦にもつれこんでしまった新型コロナ禍であるが、はたして2024年はどうなるのだろうか。そして、2024年の年の瀬にも、23年や22年と同様に、新たな変異株による流行拡大イベントが起きてしまうのであろうか......。

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佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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