「医療・臨床」とのつながりを持つためのパイプとして、SNSは大きな役割を果たした 「医療・臨床」とのつながりを持つためのパイプとして、SNSは大きな役割を果たした

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第47話

研究活動に必要不可欠なワクチン接種者の血清と、感染回復後の血清。G2P-Japanは、まさに「蜘蛛の糸」をたぐるようにしてそれらを手に入れてきた。いつ来てもおかしくない「次のパンデミック」に備えるためにも、臨床と連携するためのネットワークを確立しておくことは重要な課題だ。

前編はこちらから

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■エピソード2:テレビやツイッターで大暴れの倉持先生

前編で紹介したような経緯があって、G2P-Japanは、ワクチン接種者の血清を使った実験することが可能になった。しかしもうひとつ、新型コロナ変異株の研究をより意味のあるものにしていくために、どうしても入手したい、入手しなければならないものがあった。それは、「感染した人の、回復した後の血清」である。

新しく出現した変異株には、ワクチン接種で獲得した中和抗体が効かないかもしれない――。それを検証するために入手に努めたのが、前編で紹介した、ワクチン接種者の血清であった。しかしそれとほぼ時を同じくして、もうひとつ似て非なるトピックが浮上していた。それは、「変異株に感染して獲得する中和抗体は、ワクチン接種で獲得する中和抗体とは別モノかもしれない」というものである。

ちょっとややこしい話ではあるが、当時使用されていたプロトタイプのメッセンジャーRNAワクチンは、武漢株をベースに作られたものである。その接種で獲得された中和抗体が、ベータ株などの新しく出てきた変異株に効きづらい、ということは、専門的に言うと、「武漢株とベータ株の『抗原性(免疫を誘導する性質)』が違う」ということを意味する。

これは裏を返せば、ベータ株の感染で獲得された中和抗体は、武漢株に効きづらい、ということになる。つまり、ベータ株などの変異株に感染した人が獲得する中和抗体は、プロトタイプのワクチン接種で獲得するものとは異質である、ということである。

これをさらに発展させて考えると、感染した変異株や接種したワクチンなど、「ウイルスの『株』の違い」によって獲得される中和抗体のレパートリーが異なること、そしてそれが、次に感染した新しい変異株に対する感染のしやすさや、感染した時の重症化予防効果に影響を与えるのではないか? という可能性が浮上する。

この疑問を科学的に検証するためには、「変異株に感染した人の、回復後の血清」を集める必要がある。これは実は、ワクチン接種者の血清を集めるよりもかなりハードルが高い。

なぜなら、ワクチン接種者の血清の場合には、ワクチン接種の3~4週後に採血できればそれでOKなのに対し、「変異株に感染した人の、回復後の血清」の場合には、ひとりの感染者から、①発症している時の鼻咽頭スワブ(綿棒で鼻の奥をぐいぐいやるやつ)や痰(たん)と、②回復後の血清、のふたつの異なる試料をセットで取得する必要があるからだ。①を使って感染した変異株を調べ、②を使って中和抗体の機能を調べる。どちらが欠けても、この研究に必要な検体の条件を満たすことはできない。

――集めるのがこんなにもややこしく面倒な検体の収集を、いったいどこの誰に頼めるのだろうか? ここで光明となったのも、やはりSNSであった。G2P-Japanとしての最初の論文(6話)やそれに続く論文(45話)を立て続けに発表することで、2021年の半ば頃には、「G2P-Japan」の文字が、ウェブニュースや新聞記事、テレビのニュースにも取り上げられ始めていた。

それと時をほぼ同じくして、新型コロナの流行状況や感染対策について、夕方のテレビニュースに頻繁に登場してコメントをしたり、ツイッター(現X)で過激な(?)発言を繰り返していたのが、インターパーク倉持呼吸器内科の倉持仁(くらもち・じん)院長である。

倉持先生との面識はなかったが、ツイッター(現X)の発言からも、新型コロナ禍への問題意識が高いことは明らかだった。その発言で時折炎上はしていたものの、科学に理解のある情熱的な先生なのだろう、というポジティブなイメージを持った私は、面識がないながらも、ツイッター(現X)のダイレクトメールで接触を試みた。

倉持先生は、すぐに前向きな回答をくれた。そして、鉄を熱いうちに打つために、私はすぐにアポを取り、栃木県宇都宮市にあるインターパーク倉持呼吸内科を直接訪問し、現在の状況と、協力をお願いしたい内容を伝えた。

これは後で知った話なのだが、この時に私が求めていた、複数の情報が紐づいている必要のある、質(①スワブや痰と②血清)や時期(①発症時と②回復後)がバラバラの検体を、大学病院のような総合病院で収集するのはきわめて難しいようだった。

なぜなら、①と②で担当する診療科が違うからである。①は、新型コロナの場合には救急診療科の場合が多いようである。それに対して②は、呼吸器内科や感染症内科が担当になる。さらに、検査のための採血の場合などには、検査部がそれを保管していたりする。これらの情報をすべて紐づけて、総合病院の中で一元的に管理することをお願いするのはとてもハードルが高い。

さらにもうひとつ、病院の忙しさも大きなファクターであった。これまでの流行動態を見ても明らかなように、流行が拡大して医療がパンクする繁忙期と、流行が落ち着いて感染者がいない閑期のどちらかしかなかった。検体提供をお願いしても、前者の時期だと「忙しくてそれどころじゃない」、後者の時期だと「患者がいないからそもそも集められない」となる。

それが、インターパーク倉持呼吸器内科の場合、院長が頻繁にメディアに出ていたこともあり、地元での知名度も高く、患者さんがたくさん集まる中核病院として機能していた。僥倖だったのは、「呼吸器内科」であるので、①発症時の痰と②回復後の血清という、質も時期も異なる検体が一元管理されていた。

そしてなにより、倉持院長の熱意と科学への理解から、外来で通院されていた患者さんにもお願いいただくことで、回復後にも通院いただき、たくさんの血清を収集してもらうことが可能となった。流行が急拡大して多忙の極みであると思われる時期でも快く対応してくれて、検体を定期的に提供いただけるようになった。

■SNSの功罪と、「次のパンデミック」に備えるためにお願いしたいこと

SNSには、「有益な情報の提供・収集」と「インフォデミックの拡散」という功罪ふたつの側面があるが、基礎研究者ばかりのG2P-Japanにとって、「医療・臨床」とのつながりを持つためのパイプとして、SNSが大きな役割を果たしたのはまぎれもない事実である。

言い換えれば、G2P-Japanは、藁をも掴むように、吊り橋を渡るようにしてその活動を続けてきたともいえる。あるいは、その土台にあったのはG2P-Japanそのものの熱意とモチベーションであって、その発露としてSNSが活用された、ということもできるかもしれない。

「次のパンデミック」に備えるためには、私が専門とするような基礎研究だけでは不充分であり、医療・臨床とのつながりが不可欠である。今回のコラムで紹介した新型コロナ禍の中でのG2P-Japanの経験を「次のパンデミック」の教訓とするためには、今のうちに、きちんとしたネットワークを確立しておかなければならない。今回たぐった蜘蛛の糸を張り巡らせることで、蜘蛛の巣のようにネットワークを広げておく必要がある。

......というわけで、もしこのコラムの読者の中にお医者様がおられましたら、ぜひ遠慮なくご連絡ください。「次のパンデミック」への備えとして、G2P-Japanのネットワーキングにご協力いただけますととても嬉しいです!

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佐藤 佳

佐藤 佳さとう・けい

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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