佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――世界中が混沌としています。そんな世界を正しく捉える報道とは、どうしたら見極められるのでしょうか?
佐藤 トランプに関して言えば、重要なのは宗教への理解と彼の持つ「使命感」の感覚。これが分かるか、分からないかで見え方は変わります。
――トランプは佐藤さんと同じカルバン派ですね。
佐藤 そうです。それからイスラエルにおいては、ユダヤ教と、ユダヤ人はそもそもどういう人々なのか、その理解が必要です。合理性などとは違う要因で動く人たちですからね。
――日本では「イスラエルのネタニヤフ首相を、なぜ民主的な手続きで排除できないんだ?」という意見が溢れています。
佐藤 そんな単純な話ではありません。
――そうすると、「民主的」や「人道」という単語を使って説明するコラムニストやコメンテーターは、実は何も理解していない方々だと。
佐藤 その通りです。これからの日本外交にとっての最重要課題は、とにかく平和を維持することなんです。平和を維持するためにアングロ・サクソン型の人権、自由、民主主義をある程度、抑制しないとならない局面に来ています。
ウクライナを見ればわかりますが、戦争が始まってからウクライナの民主主義は後退しています。ゼレンスキー大統領は5月までの任期を過ぎても居座っています。報道は新聞とテレビも事前検閲が導入されています。そして18~60歳の男子は出国禁止です。経済も腐敗しきっています。
戦争が始まると人権、自由、民主主義、市場経済、全て水準が落ちるんです。戦争によってそれらのレベルが上がったなんて聞いたことがありません。
ということは、我々にとって重要なのは東アジアの平和を維持することとなります。もはや世界レベルでは平和が崩れています。ヨーロッパ、中東の平和の担保は日本にはできないんです。しかし、東アジアに関していえば、プレーヤーとして日本が地域の平和を担保できます。
――国内向けにはそうですが、国外向けにはどうですか?
佐藤 重要なのは北朝鮮、中国、ロシアと共存していく戦略です。
――その3か国は全て、日本を滅ぼす力を持っています。
佐藤 その戦略を進めていくためには、日米同盟の見方を変える必要があります。日本にとって、アングロサクソンと二度と戦争しないことが死活的かつ重要な点です。そのために米国と同盟を組んでいます。同盟になれば攻めてきませんから。
――すると、日本は中露北に「アメリカと戦争をしても、かつての日本のように国土が焼野原になるだけですよ」と話しかける。
佐藤 その通りです。日本がアメリカと同盟関係にあるのは、あの国が戦争に強いからです。
――なるほど。ただ、その日本を率いる岸田首相は、8月14日に自民党総裁選に立候補しないと表明して止めちゃいました。
佐藤 そうですね。あの人はなかなか権力を手放さないと思っていたので、私には意外でした。
――それはなぜですか?
佐藤 その方が中長期的に自分の影響力を残すことができたというのが、岸田さんの考え方だと思います。
ところで、日本人少女に対する不同意性功罪で沖縄の米兵が逮捕、起訴されたことを、外務省は沖縄県庁に伝えませんでした。
――はい。沖縄県民は怒っています。
佐藤 この対応は日本政府の不作為でした。警察、外務省は、被害者の人権が重要だから、沖縄県に伝える必要を感じていなかったと言っています。
しかし、これは沖縄への構造化された差別が関係しています。差別が構造化している場合は、差別者は自分が差別者であることを認識していません。今回のように自覚がないから、他者から言われて初めて気が付くんです。
この種の鈍感さは、次の政権になっても続くでしょう。日本の安全保障上、いまもっとも重視しなくてはならないのが沖縄ですが、そのことを日本の政治エリートが理解していません。
――それをふまえると、新首相の下、総選挙で自民党が負けてしまうと日本はどうなってしまうんですか?
佐藤 自民党が負け、政権交代が起こるとは考えられませんが、あえて頭の体操をしてみましょう。国政選挙で立憲民主党が共産党と一緒になり、第一党になったとしますよね。
――日本が立憲共産党政権となる。
佐藤 そうなると、外資は外国に逃げます。政権に共産党が入って来ると、金が逃げて、あっという間にNISAが下がります。すると、若者たちの持っている資産は減少しますよね。これは当然大ブーイングになります。自分の財布から金が抜かれるとなれば、皆、絶対に反対しますよ。
――なるほど。ところで、岸田政権が存続すると、広島ガスがロシアから天然ガスを買っているおかげで、日露関係は良好とのことでした。
しかし、佐藤さんのメルマガ「インテリジェンスの教室」では、プーチンと北朝鮮の関係に触れていました。以下のパートの分析を読むとあれ?と思います。
『プーチン氏は最後に文化や学術面でのロ朝協力の重要性を説く。
【もちろん、私たちは両国間の人道的協力を発展させる。私たちは、ロシアと朝鮮の大学間の学術交流を強化する予定である。相互の観光旅行、文化、教育、青少年、スポーツ交流をさらに拡大する。国や民族間のコミュニケーションを「人間らしく」するものはすべて、信頼と相互理解を強化する。
私は、私たちの共同努力によって二国間交流をさらに高いレベルに引き上げることができ、それがロシアと朝鮮の互恵的で対等な協力関係の発展、両国の主権の強化、貿易・経済関係の深化、人道的分野での交流の発展、ひいては両国民の幸福の向上に寄与すると確信している】
<中略>
本稿を読むと、プーチン氏が北朝鮮の国際的地位を向上させることがロシアの国益に適うと考えていることがよくわかる』
とあります。その一連の行動のひとつが、ロシアの対日圧力が強化されていると見ていいのですか?
佐藤 ロシアと北朝鮮の関係が日露関係の悪化には直結しません。日露のエネルギー協力は以前と同様に進んでいきます。
――7月にドイツとスペインが、北海道で航空自衛隊と共同演習を行ないました。それに対して、6月末にロシアが、NATO加盟国との共同訓練に対して抗議しました。これは、真剣に抗議しているのですか?
佐藤 北海道には米軍基地はありません。冷戦時もありませんでした。なぜなら、米軍基地をロシアの近くに置くと、偶発的な衝突が起こりかねないからです。
だから、ロシアから見ると「なんでNATO加盟軍を北海道に連れて来るんだよ」となります。あそこはオホーツク海であって、北大西洋ではないですからね。
――要はここまでやるのはやめろと、線引きを求めている?
佐藤 その通りです。
――来年、数百億円をかけた複合型リゾート施設が択捉島(えとろふとう)にできるらしいです。
佐藤 国後島(くなしりとう)、択捉の場合は日本には関係ありません。そこは、日本が安倍政権時代にも返還要求をしなくなったからです。
北方領土と言っても、歯舞群島(はぼまいぐんとう)、色丹島(しこたんとう)なのか、国後・択捉なのか、区別が必要です。
――国後と択捉はもう、あきらめられている。
佐藤 もし歯舞・色丹にロシアの要人が来るとか、大きなインフラを整備するとなれば、「ここは将来、日本に渡される土地だぞ」「何だって?」と争いの火種になりかねません。
だから、ここはほとんどインフラ整備してないし、歯舞諸島に至っては無人島のままにしていますよね。
――そうですね。
佐藤 それは、ロシアがいずれ日本に引き渡す可能性があると考えているからなのです。
次回へ続く。次回の配信は2024年8月30日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。