ワルチング・マチルダ~メルボルン、ゴールドコースト、シドニー(3)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

文・写真/佐藤 佳

ゴールドコーストのホテルからの夕景。滞在中、ほとんど曇りか雨だったが、この瞬間だけ晴れてくれた。ゴールドコーストのホテルからの夕景。滞在中、ほとんど曇りか雨だったが、この瞬間だけ晴れてくれた。

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第149話

メルボルンで撃沈したカンガルー肉をゴールゴコーストでは美味しく食べることに成功。次のシドニーでは念願のエミューを食す!

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ゴールドコーストへ

次の用務のために、メルボルンから飛行機で2時間ほどかけてゴールドコーストに向かう。ゴールドコーストは、オーストラリア・クイーンズランド州の州都ブリスベンから車で1時間ほどのところにある、いわゆるリゾートスポットである。

「ゴールドコーストはリゾート」と聞いていたのだが、あいにく天候に恵まれず。滞在中はほとんどが曇天、あるいは時折雨さえ降っていた。

メルボルンを離れ、ゴールドコーストに到着した瞬間こそ、湿気を含んだ南国の空気をかすかに感じたが、滞在中の気温はずっと20度を下回るほどで、外出の時にはパーカーかスプリングコートを羽織らなければならないほどだった。

ゴールドコーストへは、グリフィス大学での講演のために訪れた。大学までの道すがら、送迎の車窓から街並みを眺めていると、そこはやはりリゾートである。フロリダとかグアムとか(どちらも行ったことないけど)、そういう感じのリゾートのニュアンスを至るところからムンムンと感じる。

滞在先のホテルがある地区の名前は「サーファーズパラダイス」。ズンズン響くクラブのような音楽がそこかしこから聴こえてきて、あいにくの天候の中ですら、「よくこんなところで研究(仕事)ができるな」と思わなくもなかった。

グリフィス大学での講演も滞りなく済ませ、ホテルに戻る。肌寒く悪天候のリゾートほど、気持ちのアガらない場所もなかなかない。結局、空いた時間を縫って、周囲の散策に出かけることもなく、用務で出かける以外の時間はホテルで過ごした。

最終日の夜には、グリフィス大学でホストをつとめてくれたひとたちと、サーファーズパラダイスにあるブラジル料理屋で、いろいろな肉料理を食べた。ビーフやポークのシュラスコはもちろん、カンガルーとクロコダイルのバーベキューを食べることができた。

カンガルー肉はメルボルンでチャレンジし撃沈していたが(147話)、ここで食べたカンガルー肉は、焼く前にタレによく漬け込まれていたのか、とても柔らかく、また滋味深くおいしかった。

クロコダイル肉のバーベキューは、3年前の南アフリカ(15話)でも食したことがある。しかし、同席した南アフリカ人によると、南アフリカのクロコダイルとオーストラリアのそれは種が違うらしい。

ここで食べたクロコダイル肉はぶりぶりと歯ごたえがあり、またハーブソースに漬け込まれていたのか、とてもおいしく食べた。

(左)カンガルー肉のバーベキュー。これは普通においしかった。(右)クロコダイル肉のバーベキュー。これもやはり普通においしかった(左)カンガルー肉のバーベキュー。これは普通においしかった。(右)クロコダイル肉のバーベキュー。これもやはり普通においしかった

滞在中、すこしだけ晴れ間が見えた隙を狙って、部屋のミニバーからコロナビールを取り出し、パーカーを羽織って、部屋のベランダでそれを飲みながら仕事をしてみたりした。

本来ならもっと南国の空気を感じながら、ピニャコラーダなんかを飲んだりしながらゆったりした気持ちで仕事をしたかったのだが、そんな目論見はもろくも崩れ去ったのであった。

そして、シドニーへ

そして、ゴールドコーストから飛行機で1時間半。今回の出張の最後の目的地、シドニーへ。8年ぶりのシドニーである。

前回の訪問からの8年間、特にパンデミックによる渡航制限が明けて以降、ヨーロッパの街を訪問する経験が増えた。そのせいか記憶よりも、欧米感、西洋感、外国感が薄く、逆に思っていたよりもアジア感が強い。

そして坂が多い。坂道の多さ以外の率直な印象は、「白人が作った、四季があるシンガポール」という感じ。この日もゴールドコーストに続いて、イギリスのような冴えない天気が続いていた。

ここでの用務は、シドニー大学でエドワード・ホームズ(Edward Holmes、エディー)教授と研究打ち合わせをすること。エディーとは、新型コロナパンデミックの前に一度、東京で会ったことがある。

しかしそれよりも、パンデミックの中でのそれそれの研究活動を理解していたことが、今回の訪問につながった大きな理由である。エディーはパンデミックの最初期から、特に新型コロナの起源にまつわる研究を進めてきた、新型コロナ研究の世界的中心人物のひとりである。そしてエディーは、私たちG2P-Japanの活動を高く評価してくれていた。

(左)エディーの教授室に飾ってあったパネル。通称「Proximal Origin論文」は、新型コロナの起源に言及する重要な総説論文で、2020年の閲覧数1位の論文になった。しかし一方で、陰謀論者たちの非難の的にもなっている。(右)私とエディー。「鼎泰豊(ディンタイホン)」で小籠包を食べた。(左)エディーの教授室に飾ってあったパネル。通称「Proximal Origin論文」は、新型コロナの起源に言及する重要な総説論文で、2020年の閲覧数1位の論文になった。しかし一方で、陰謀論者たちの非難の的にもなっている。(右)私とエディー。「鼎泰豊(ディンタイホン)」で小籠包を食べた。

ちなみにエディーは、76話120話に登場するトミー(香港大学)の師匠でもある。というかむしろ、私にトミーを紹介してくれたのがエディーだったのだ。

私が滞在するホテルでエディーと合流し、都心にあるレストランでランチをとりながら会話は始まった。エディーからは「おいしいレストランを予約した」と聞いていたのだが、行ってみるとそこは、日本でもよく見かける、小籠包がおいしい中華料理レストラン「鼎泰豊(ディンタイホン)」だった。

特に前フリのような雑談を交わすことはほとんどなく、エディーはおもむろにMacBookを開き、本題たる共同研究に関わる話を始めた。

私もどちらかと言えば、中身のない雑談を好む方ではない。なので、レストランでいきなり研究の話を始める彼の質朴たる姿勢に、好感を強くした。彼の話に耳を傾け、時には相槌を打ったり質問を交えたりしながら、そして小籠包をつまみながらサイエンスの話に花を咲かせた。

食事の後は、彼の研究室に場所を移し、さらにいろいろな話を続けた。共同研究の話だけではなく、ウサギのミクソーマウイルスの話(147話)やオーストラリア入植時の天然痘の話(148話)、そして新型コロナパンデミックのことなど、ウイルスにまつわるいろいろな話をした。

そしてエディーが、夕食にも連れて行ってくれるということになった。そこで私は、「良い感じのレストランなんかじゃなくていいので、私はどうしてもエミューが食べたい」とワガママを言った。

カンガルーとクロコダイルは、メルボルンとゴールドコーストで食べることができた(147話148話)。しかしどうしても、エミューにはたどり着けなかったのだ。エディーは半ば呆れた感じだったが、シドニーでそれをサーブする店を探してくれて、「ザ・ロックス(The Rocks)」という観光地にあるパブを見つけてくれた。

そのパブで私は、エディーたちと一緒に、「エミュー肉とカンガルー肉のピザ」と「クロコダイル肉のピザ」を食べた。正直、肉そのものの味はよくわからなかったが、どのピザもとてもおいしく、また飲んでいる「XPA」というビールともとてもよく合った。

「クロコダイル肉のピザ」(左)と「エミュー肉とカンガルー肉のピザ」(右)。事前に聞いていた通り、エミューの肉は赤身だった!「クロコダイル肉のピザ」(左)と「エミュー肉とカンガルー肉のピザ」(右)。事前に聞いていた通り、エミューの肉は赤身だった!

このパブでもやはり、ウイルスと宿主の進化の話に終始した。そして、聞けばなんとこの日は、イギリス人であるエディーがシドニーにやってきてちょうど12年目の記念日だったのだというではないか!

そんな記念日に、私のエゴに付き合わせてしまい、そしてこんなオーストラリアンジビエみたいな食事に付き合わせてしまって申し訳ないとも思ったが、エディーもこれらの肉を食べたのは初めてだったそうで、そういう意味でも貴重な時間となった。

食事を終えて、握手をして、エディーと別れる。しかし私は、この2ヵ月後に日本で開催する国際学会に彼を招待していた。ふた月後に日本で再会することを期して、私たちは別れた。頭が活性化する、とても楽しく興奮する時間だった。

――しかし、実は今回の出張、エディーと話をするまで、いつもの海外出張のヒリヒリする冒険的な感覚というか、緊張感がなかなか湧かなかった。海外出張がふた月ぶりだったから?、などとも思っていたが、どうもそれだけではないような気がする。

帰りの空港に向かう道すがら、それがいったいなぜだったのか、すこし記憶をたどったりしてみる。そしてそこで、あるひとつの古い話を思い出した。

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  • 佐藤 佳

    佐藤 佳

    さとう・けい

    東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(日経サイエンス)が発売中。
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