「水道水の味」「一円玉の重さ」「造花の匂い」などを説明する動画が話題の鈴木ジェロニモさん
2023年6月「水道水の味を説明する」という動画がSNS上で話題になった。「美味い」で始まり、「舌の両サイドが味を探してる」「口の形に一回なって無くなる」など、独特のワードセンスで水道水の味をひたすら説明していくものだ。
ピン芸人で歌人の鈴木ジェロニモさんによるこの動画は、お笑いファンのみならず文学界にまで広がり、大きな反響を受けてシリーズ化もされ、そしてこのたび書籍版が出版された。そこで、鈴木ジェロニモさんに本書『水道水の味を説明する』を説明してもらった。
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――帯には詩人の故・谷川俊太郎さんのコメントがあり、解説は歌人の穂村弘さんが書いています。そんなビッグネームにも注目されている、この「説明」をし始めたきっかけは?
鈴木 もともと、自分が『R-1グランプリ』の予選などで披露していた「空耳ボイパ」というネタを投稿するためにYouTubeチャンネルを作っていたのですが、想定よりも伸びず、何か別の企画をやろうかと考えていたときに、ふと「短歌の『評』を、短歌ではない別のものでやるのはどうだろう」と思いついたんです。
――短歌の「評」とは?
鈴木 何人かで一首ずつ短歌を作って持ち寄ったりして、それぞれの短歌に対して、「こういう情景が湧いた」というような感想を言っていくものです。
それを、短歌ではなく、誰もが触れたことのあるものでやってみようと考え、思いついたのが「水道水の味」に対して「評」を行なうというものでした。
――そしてあの3分ほどの動画ができたんですね。
鈴木 実際には20~30分くらいずっとカメラを回しっ放しにして、何回も水道水を飲んで思いついたことを言い続けました。最中は「何してるんだろう、俺。この動画どうなるんだろう......」と不安だったんですが、撮影した素材を編集し始めたときに「もしかしたら面白くなるかも?」って予感がありました。
そうしたら1分の1でバズりまして。最初は単発のつもりだったんですけど、「いろんなものを説明してほしい」という声もあったので、じゃあテーマを変えてシリーズにしてみようって、最初の1本を投稿した後に決めました。
――その後、「一円玉の重さ」「造花の匂い」などを説明していきます。毎回、選ぶテーマが絶妙ですよね。
鈴木 例えば、「カレーの味」なんかだと「辛い」とか「〇〇が効いている」とか、説明の想像がつきますが、「一円玉の重さ」なんて「軽い」としか言いようがないし、「造花の匂い」も「ない」としか言いようがない。その「説明しようがないものを説明する」という誰もやっていない白紙の領域にあるテーマを選んでいます。
――今回、本にしてみてどう感じましたか?
鈴木 YouTubeではリーチできない層にリーチできているのがうれしいです。それこそ、いとうせいこうさんがXにこの本をポストしてくださって、本という形にする意味を強く感じました。
――うれしかった感想はありますか?
鈴木 たくさんありますが、「絵本を読むみたいに読んだ」と言っていただけたときは、かなりうれしかったです。自分がやっている「説明」は、ある意味で幼さを伴うことだとも思っているので、「初めて言葉に触れた人の本」みたいな存在になったらいいなと思っています。
――動画や本にとどまらず、「説明」というライブイベントも行なわれています。
鈴木 ライブでは、僕が説明したものが何を指しているのか、ゲストにクイズ形式で出題しています。流れでゲストの方が説明することもあるのですが、多くの場合、断定形なんですよね。「〇〇をしている」とか。
ただ、その言い方は僕に合っていただけで、それぞれに合った説明の形があるんじゃないかなって思います。僕の体形に合ったシャツだから僕に似合っているのであって、その人にはその人に合ったシャツがある、みたいな。その人の本当の言葉として発言することが、本当の意味でその人の説明だなって思うことがあります。
週プレを手に持って集中して説明する鈴木ジェロニモさん
――なるほど。鈴木ジェロニモさんは芸人でありながら歌人でもあります。最近、芸人の間で短歌ブームが起きているそうですが、短歌とお笑いの相性についてはどう思いますか?
鈴木 まず、短歌には大喜利的な要素もあって、「お題(テーマ)に対して、短い言葉で人の感情を動かす」というのはお笑い芸人も乗っかりやすい要素だと感じます。ただ、当然、短歌の目的は笑いだけではないので、相性が良い部分も悪い部分もあると思います。
また、これは穂村弘さんとも話した内容なのですが、5・7・5・7・7の短歌に対して、5・7・5の俳句がテレビで成功し続けている理由は、最後が5音だからなんじゃないかって思うんです。逆に言えば、短歌は最後の7音が3点リーダーみたいな余白を生んでいる。
例えば、「コーヒーを、こぼしたよ」なら5音でオチがわかりやすいけど、「コーヒーを、こぼしたんだな」と言った途端、余韻のせいでその裏に複雑な感情がある気がしてしまう。
これがテレビ的にはわかりづらいのかもしれません。自分の短歌を見直すと、面白い短歌というか、クスッとなってほしいなと思いながら作った短歌は、最後の7・7を9・5に分けてることが多かったんです。
5音で終わるほうがお笑いっぽいリズムになって心地よいと無意識のうちに感じていたんだなと気づきました。
――それでは最後に、むちゃぶりですみませんが、週プレを説明していただけますか?
鈴木 わかりました。(雑誌を手に持ちながら)......なめらか......。(表紙を眺めて)光っている......光を、集めている......奥が光っている......固い......固い、柔らかい板......。(上から見て)段差がある......薄い段差が、重なっている......機械が、手で作っている......。(パラパラと中身を見ながら)人がいる......奥行きを束ねている......紫のにおい......風を始めている......。(曲げながら)曲がる......曲がるために固い......閉じている......閉じる力がおとなしい......。(表紙に戻って)本当に笑っている......本当に笑ったときの色......。以上です。
――ありがとうと言わせてください!
■鈴木ジェロニモ(すずき・じぇろにも)
1994年生まれ、栃木県さくら市出身。プロダクション人力舎所属。『R-1グランプリ2023』、『ABCお笑いグランプリ2024』準決勝進出。『ラヴィット!』(TBS系)の「第2回耳心地いい-1GP」準優勝。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞最終選考。ボイスパーカッションを取り入れたネタが特徴的。2022年より短歌のライブイベント「ジェロニモ短歌賞」を主宰。2023年にプチ歌集『晴れていたら絶景』(私家版)を刊行
■『水道水の味を説明する』 ナナロク社 1650円(税込)
2023年6月にYouTubeに投稿された「水道水の味を説明する」という動画が話題になったお笑い芸人で歌人の鈴木ジェロニモの「説明」をまとめた本。本書には「水道水の味」「一円玉の重さ」「造花の匂い」「まばたき」「東京の部屋」「この本の厚さ」の説明が収容されている。動画で見るのももちろん面白いが、本の形式で、ページをめくって読む説明も面白い。文字の配置やフォント、体裁にもこだわりを感じる一冊
『水道水の味を説明する』ナナロク社 1650円(税込)