ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

最近、仕事の都合でちょくちょく両国に行っている。

先日も両国の駅前で簡単な打ち合わせがあり、終わった時間がちょうど昼どきだった。今まであまり縁のなかった街だが、当然飲食店はいくらでもあってわくわくする。どれ、どこか両国らしい店でお昼でも食べて帰ろうと歩いていたら、立ち飲みの「晩杯屋」がなんと午前11時から営業中で、考えるより先に体が吸い込まれてしまっていた。

「晩杯屋 両国店」 「晩杯屋 両国店」
晩杯屋、特に酒好きであればごぞんじの方も多いことだろう。東京を中心に展開する立ち飲みチェーンで、近年は兵庫や大阪にも出店するなど勢いのある店だ。

特徴はなんといっても、信じがたい激安さ。「煮込み」が税込150円、「サバフライ or コロッケ」が130円、「牛サーロイン焼肉」でさえ310円とい、この時代になにかがバグっているとしか思えない。

「ホッピーセット(白)」 「ホッピーセット(白)」
考えるより先に体が注文していた「ホッピーセット(白)」(490円)が到着し、そのナカの濃さに顔をほころばせつつぐびりとやる。両国昼ホッピー、最高。続いて僕の大定番で、考えるより先に(以下略)「煮込み(豆腐のみ)」(110円)もやってきた。

「煮込み(豆腐のみ)」 「煮込み(豆腐のみ)」
酒のつまみらしいしょっぱさともつの風味がよく染み込んだ、煮込みの豆腐だけ。ストイックながら豆腐好きの僕としてはこれ以上ないつまみで、もはやなにも言うことはない。

そうやってしばらくは、もはや"自動運転"とも言える昼飲みを楽しんでいたが、ここで思い出す。そういえば僕は、お昼ごはんが食べたかったんだ。

あらためて店内の短冊メニューを見回してみると、今まで意識したことがなかったものの、「ご飯セット」というメニューがあるじゃないか。しかも300円と、晩杯屋らしいリーズナブルさ。よし、これを頼んで、無数にあるつまみをおかずととらえ、現在の自分を最も満足させられる定食を作りあげてやろう。僕にとって今からこの店は、定食屋だ。

「ご飯セット」 「ご飯セット」
セットの内容は、見るからに美味しそうな熱々ごはんと、青菜のおひたし、それから、お椀のつゆがみそ汁ではなく、あら汁というのがいい。ひと口すすってみると、さすが鮮魚の品ぞろえも豊富な店だから、いろんな魚のだしが濃すぎるくらいに出ていてものすごく美味しい。もうこれだけで「あら汁定食」として完結しているくらいだ。

が、さらに楽しむべく、メニューの検討に入る。

本日のオススメ 本日のオススメ
あらためてメニューを眺めてみると、目の前に広がりすぎているな、晩杯屋定食の可能性。煮込み定食、コロッケ定食、納豆オムレツ定食、からあげ定食、刺身定食、さば塩定食......。どれもこれもアリすぎるし、たとえば煮込みとご飯セットを合わせた金額が450円。知らなかった。晩杯屋がこんなにも定食屋だったなんて!

などとひとしきり悩みつつ、僕が最終的にたどり着いた選択肢は「天丼」。というのも、僕は晩杯屋の、おまけにちくわがのった野菜かきあげ、「野菜天」が、とりわけ好きなのだ。

野菜天丼ですでにじゅうぶんではあると思うけど、メニューには他に「おくら天ぷら」「ネギ天」「まいたけ天」「ちくわいそべ揚げ」と天ぷら類がある。どれかもうひとつ合わせてみるのも楽しいだろう。どれにしようかな......と悩んでいたら、ある一品の可能性が突然浮上してきた。「揚げにんにく」。天ぷらではなさそうだけど、揚げものではある。完全に酒のつまみとしか見たことのないこいつをごはんと合わせるの、いい気がする。しかも値段がメニューのなかでも最安で、なんと90円だ。

野菜天丼に揚げにんにく添え。これでいこう。

「野菜天」 「野菜天」
久しぶりに会った気がする野菜天は、こんなにだったっけ!? と驚くくらいに標高が高い。調理人さんの腕前にもよるのかもしれない。見るからにからりと揚がってうまそうだ。

さらに揚げにんにくが届いて驚いたのは、値段からはとても信じられないそのボリューム。

「揚げにんにく」 「揚げにんにく」
こんがりきつね色に揚がったそれをひと粒、添えられたみそにつけて食べてみると、問答無用でホッピーがすすむ。これは究極のつまみのひとつだな。

では今日の目的を遂行してゆこう。少し平らにならしたごはんの上に、野菜天をどん! しょうゆじゅわー! ははは、なんだかインパクトがありすぎて冗談みたいな光景だ。

オブジェのようでもある オブジェのようでもある
あまりにも食べにくいのでいったん野菜天を崩して盛りなおし、にんにくも添えてやれば、はい完成。パリッコオリジナル、晩杯屋天丼。

晩杯屋天丼 晩杯屋天丼
ざっくざくの野菜天は、一般的な天丼のたれでなくシンプルな醤油で食べるところが酒場スタイルで、そのせいか玉ねぎの甘みがものすごく際立っている。ちらほらと混じるにんじんやねぎも嬉しい。白メシとともにかっこめば、昇天しそうなほどのうまさだ。

揚げにんにくとごはんがまた想像以上に合う。炒めていないからしつこすぎない、和風ガーリックライスとでも言うか。がつがつと無心でほおばった。

あらためて計算してみると、ご飯セット、野菜天、揚げにんにくで合計、540円。

ホッピーの濃いナカを追加し、今日の自分の思いつきを自画自賛しつつ飲む、幸せな昼下がりだった。

【『パリッコ連載 今週のハマりメシ』は毎週金曜日更新!】

パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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