【#佐藤優のシン世界地図探索132】多党化した日本、政治風景の変容①

取材・文/小峯隆生

自公連立は崩壊。新たに自民・維新連立がスタート。日本は多党化時代に入った(写真:共同)自公連立は崩壊。新たに自民・維新連立がスタート。日本は多党化時代に入った(写真:共同)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

*  *  *

――自民党総裁が高市早苗さんに替わり、日本の国内政治が大激変しました。自民党の公明党との破局は失敗ではなく、確信犯ですか?

佐藤 いえ、公明の連立離脱は自民党もあり得ないと思っていたはずです。

――あり得ないことが起こってしまった......。しかし、裏金族のひとりを副幹事長にして、高市総裁は「キズモノ」と紹介していました。

佐藤 萩生田光一氏ですね。立憲民主党の野田佳彦代表にそう紹介していましたね。でも、それは軽いと思いませんか? 自民党総裁としての公式の発言ですよ。レストランに例えると、「今度こいつをシェフとして雇うことにしたけれど、昔、食中毒を起こしたことがある」と言っているようなものです。

――はい。

佐藤 そしてその翌日には、連立拡大の含みをもたせて、国民民主党と極秘協議しています。しかし、極秘にもかかわらず、次の日には表に出てしまいました。情報管理を含めた全てが終わっていますよ。

――自民党は魂が動き回っているだけなので、秘密も保てなくなっている。

佐藤 このありさまでは核兵器開発はできませんよね。

――できませんし、外交交渉も秘密が保たれず、他国から信用されません。

佐藤 高市総裁は人を怒らせる天才ですよ。国民民主と接近したかと思えば、いまは維新と連立と組む流れになっています。その維新は政治資金も厳しいしうえに、維新と公明党は戦争状態ですからね。

――素晴らし過ぎる展開です。

佐藤 いま彼女は全能感に浸っているんだと思いますね。

――何を考えているんでしょう......。

佐藤 そんなことを言っているレベルでないですよ。そんな状態で日本の国を指導していると思うと恐ろしいです。

――確かに。そんな多党化の中で、最近一番感動したのが、石破首相の戦後80年談話です。

《海軍の永野修身軍令部総長は、開戦を手術にたとえ、
「相当の心配はありますが、この大病を癒すには、大決心をもって、国難排除に決意するほかありません」
「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である」
と述べ、東條英機陸軍大臣も、近衛文麿首相に対し、
「人間、たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」と迫ったとされています》

以前の連載で佐藤さんが自民党の『菊と刀』説を話していましたが、これが自民党の原点ですよね。

佐藤 そうです。「主観的願望で客観情勢が変わる」という、一種の念力主義ですね。だから、念力というものの想定が必要なんです。

――生成AIだなんだと言う前に、念力なんですね。

佐藤 AIの時代だからこそ、うまくいっているのかもしれませんよ。

――そりゃまた何でですか?

佐藤 生成AIに全ての判断を投げてしまって、皆、自分の頭で考える習慣がなくなっています。

――その方々は日本国を御指導する立場にいらっしゃいます。

佐藤 朝日新聞のコメントプラスに書きましたが、中隊長レベルの話が面白いんですよ。

――これですね。

《この鼎談おける加藤陽子氏(東京大学大学院教授)の以下の指摘が鋭いです。

<総裁選出時の「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言が問題視されましたが、これは軍隊の中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない>(10月15日「朝日新聞」デジタル版)

中隊長レベルの統率力で国家を運営すると大敗北します。特に心配なのが外交です。予定通り10月27日にアメリカのトランプ大統領が訪日することになると、高市早苗自民党総裁が首相になるにせよ、現在野党の政治家がこのポストにせよ、日本の新首相は準備不足で日米首脳会談に臨むことになります。日本外交でかつてなかった危機が目の前に迫っています。

現在の自民党執行部は、根拠のない全能感を持っていて、「気合いで外交は何とかなる」と考えているとしか思えません。まさに中隊長レベルの発想です》

翌日のマスコミ発表でのテーマ曲は、「軍艦マーチ」の華々しい始まりではなくなりますね。

佐藤 そうです。中隊長レベルで、しかも負けている軍隊ですからね。だから、現場の指揮官が死ぬ気でやるしかないと。

――永田町玉砕です。

佐藤 すごいですよね。気合いでイケると思っているんですから。学校で模試をひとつも受けずに、難関大学に合格すると思っている、一番トンマな受験生と同じですよ。

――受験は翌年、次のチャンスがあります。しかし国家指導において、敗戦は国の滅亡です。

佐藤 だから、維新の要求を丸呑みして、維新と一緒になろうとしているんですよ。「とりあえず権力を手放したくない」と言っているも同然です。

――とにもかくにも、日本は多党化の時代に突入しました。英仏独も多党化になっています。日本はどこの国のタイプの多党化になるのですか?

佐藤 デンマークやベルギーですね。ベルギーのように5~6党で連立しないとならないので、内閣ができるまでの連立交渉で数ヵ月かかります。

――日本もそうなると組閣は来年以降に......。

佐藤 だから、新内閣ができるまで石破内閣が数ヵ月続いてもいいんですよ。

――素晴らしい政治風景です。

佐藤 総選挙をやったわけでもなく、臨時国会であれば首班指名しなくてもいいんですから。

――そうなんですか!?

佐藤 自民党内で首相を辞めると言っても、国会で首相を辞めると言わない限り内閣は続きます。公明党は石破内閣をよくわかっているわけですから、石破内閣のまま、トランプ来日やASEANに対応すればいいんですよ。しかし、そのシナリオはなくなり、10月21日に国会で高市さんが首相に指名されました。

――総理(首相)と総裁を分離していれば、国難はこれ以上ひどくならなかったのでしょうか?

佐藤 そう思います。緊急避難で考えなければなりませんでした。高市さんが首相になりましたが、トランプを御せると思いますか?

――石破首相はうまくやっていましたが......。トランプとしてはどちらがいいんですか?

佐藤 高市さんですよ。弱った政権のほうが交渉しやすく、全部、押し付けることができますから。

――ああ、何でもいうことを聞くしかできない......。

佐藤 丸呑みしか選択肢はないですね。

――維新に続いてトランプの要求までも。

佐藤 トランプも中間選挙を控えていて、金が欲しいタイミングです。だから、高市さんは「おっしゃるものは全部買います」みたいな話になるでしょうね。

――それ、日本国内の多党制より怖いかもです。

佐藤 トランプからは何が飛び出してくるかわかりませんから。

――その行く末はその昔、安倍首相が言っていた「自国で貨幣を作っている国は輪転機を回せば金を刷れるから、金不足になることはない」ですね。

佐藤 そうです。しかし、高市さんは自民党の中で珍しく財政規律を重視しない人なので、MMT(現代貨幣理論)になりますよ。

――MANY MANY 高市、MMTになると。

佐藤 MMTの破壊力は以前も話しましたが、すごい話になっているということです。

――確かに。

佐藤 トランプは、自分にとって役に立つか立たないかで相手を判断します。アメリカの期待を全部丸呑みにすれば「いい奴じゃん」となります。しかし、日本の国益としては「それでいいのか?」ってことですよね。

次回へ続く。次回の配信は2025年10月31日(金)予定です。

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  • 佐藤優

    佐藤優

    さとう・まさる

    作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

  • 小峯隆生

    小峯隆生

    こみね・たかお

    1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、元筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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